第4話 闇堕ち
◇ ◇ side:ソラ
ヒーローにナリアのことを伝えた。でも、助けに来てくれる気配がない。もう僕は彼女の共犯者として定着しつつある。顔を隠さないと満足に買い物もできない。
「ナリア、帰ってきたよ」
「おかえり」
もうこの関係にも慣れてきた。彼女の近くでは金属製品を使えないけど、それがどうしたという話である。帰ったら、最近新しく買ったペーパーナイフで料理を作ってやろう。そう思っていた僕らの間に無粋な闖入者が現れた。
「粘液弾!」
黒い塊に包まれた人が同じく黒い何かに包まれた大男の後ろから何か丸いものを投げてきた。それを手で払ったナリアに液状の何かがかかる。そんな彼女へと大男が大きな黒い槌を振り下ろした。
この状況は僕が望んだものであったはずだ。なのに、素直に喜べない。彼女はかかった液体がへばり付いて手を粘着弾を払った状態から動けずにいる。その顔には恐怖が浮かんでいた。
恐怖した目が助けを求めるように僕を見る。その瞬間、彼女の瞳は悲しみ・憎悪。なんとも形容し難い感情が宿る。何か不味い気がする。
――バチッバチッ
空気が軋むような音とともに、視界の端で光が弾けた。次の瞬間、全身を駆け巡る灼けつくような痛み。
「ギャーー!!」
僕とは思えない絶叫が木霊する。気絶したくてもどうしてか僕の体は意識を保ち続けた。ねえ、どうして?
「ねえ、ソラ? 私のことを裏切っていないよね。勘違いだよね?」
「ハア、ハア」
裏切り? どうして彼女がそう思った? 僕は確かにヒーローに密告はしたけど、ヒーローたちは動いてくれなかったはずなのに。まさか――
――ドサッ
ああ、彼女は知っている。首がおかしい方向に向いているけど、諜報で有名なヒーローハイドさんだ。そうか。今更、来たのか。
「ぼ、僕が裏切るなんてできるはずがないでしょ? 僕はナリアの親友なんだよ?」
過ごしているうちに僕は彼女が友を求めているのではと仮説を立てた。だから、聞いている曲も友達に関するものが多くて、彼女の寝室には人形が置かれているんだ。
「次、裏切ったら許さないよ」
――チクッ
ゆっくり、ゆっくりと粘液から抜け出した彼女は僕の手にナイフを握らせてそう言った。ああ、僕にヒーローを殺させるつもりなんですね。彼女の指は巨漢の大男へと向けられていた。確かに彼だけが襲ってきた3人の中で生きている。
(ごめん)
心の中で許されないと分かりつつも謝ってその胸へとナイフを突き立てた。抵抗するような反発からズプリとナイフが沈んでいく。
「僕がナリアを裏切ることはないよ」
吐き気を抑えながら、頑張って彼女へと答えてみせた。僕のどこが広い心を持つヒーローなんだろう。ソラという名前が泣いている気がする。いや、ソラは空っぽって意味だったのかも。今の僕には悪である彼女が空っぽを埋めている。
僕たちは気づけなかった。襲撃者は三人じゃなくて、四人であったと。クイックはソラとナリアが家に入ったのを見て、這うようにして麻痺が解けた後に街へと向かった。
「伝えないと。ソラは嘘をつきやがった。パラライズの射程は50m以上じゃないか」
ヒーローたちは初めて怪我まみれになった彼女の報告を受けて、驚き恐怖することになる。超一流の逃げのヒーローが死にかけたと。そして彼らは知った。ナリアに能力を麻痺させる力はないこと。麻痺攻撃の有効範囲は想定以上に広いこと。そして、何より重要なのはソラがタングストを殺し、パラライズの共犯者であったという情報だった。
◇ ◇ side:ナリア
少し気が動転しすぎたかもしれない。ソラの後ろから
「ねえ、ソラ。ごめんね、言い過ぎた。ソラだって驚いていたのに」
「ナリアが僕が裏切っていないって分かってくれたなら、大丈夫だよ」
うん、分かってる。ソラは裏切っていないもんね。黒いゴムの槌を振ってきた怖い人を倒してくれたもん。でもね。私、分からないの。どうしてソラは私が触れると堪えるような顔をするの?
「私のこと嫌い?」
「嫌うはずがないでしょ」
分からない。分からないけど。
「言えるようになったら、教えてね」
ソラは曖昧に頷いてトイレへと向かった。この日から、ソラが私に優しくなった。そんな気がする。
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