第1章 「最初の一歩」
エピソード1:二つの笑顔と一つの写真立てのある家
私は、嵐よりも静寂のほうがうるさい家に生まれた。
笑い声でさえ、誰かが途中で忘れた思い出のように響く。
ひび割れた屋根、軋む木のドア、そして仏壇の上にあるたった一枚の写真立て――
そこには、私が「お父さん」と呼ぶこともなかった男の人が写っていた。
毎朝、ママはその前に静かに座っていた。
「パパにおはようって言ってね、ヒカリ」
その声は、強さと哀しみの間で揺れていた。
写真の中の人が一度も笑い返してくれないことに、私は三歳で気づいた。
ママはいつも「あなたが赤ちゃんだったときに、パパは静かに眠るように亡くなった」と言った。
でも、おばあちゃんは「理不尽だった」と呟いていた。
死というものの意味はわからなかった。
でも、私たちの誕生日に風船はなくて、白いお餅に小さなローソク一本、
それから涙で終わるお祈りだけだったことは覚えてる。
ママは、親の反対を押し切ってパパと結婚した。
それ以来、家族は誰も彼女を受け入れてくれなかった。
パパが亡くなってからは、まるで障子を閉じるように音もなく背を向けられた。
残ったのは――私と、ママと、おばあちゃんだけ。
おばあちゃんは、手がいつも震えていたけど、心はまっすぐだった。
ママがご飯を抜いてまでお金を節約していると、新聞を丸めて軽く叩いたりした。
三人だけの、でもあたたかい世界。
「神様は見てるよ、ヒカリ。私たちには見えなくても、ちゃんと見てる。」
――私は信じていた。
心から、信じていた。
あの冬までは。
薪も尽きて、家の中に風が泥棒のように入ってきた。
台所では、ママが凍った指を一本のろうそくの火にかざしていた。
私は眠ったふりをしていたけど、見ていた。
唇を噛みしめて血をにじませる姿も、袖でそっと涙を拭う姿も。
駆け寄りたかった。
でも、足が床に縫い付けられたみたいに動かなかった。
その夜、私は虫食いだらけの毛布の下で、祈ることをやめた。
ただ、耳を澄ませていた。
風の音。
母のすすり泣き。
神様の沈黙。
壁の方を向いて、小さく呟いた。
「神様が本当に見てるなら……どうしてママは、まだこんなに壊れそうなの?」
朝には、枕が濡れていた。
でも、誰にも言わなかった。
その夜――
私の心の中の、どこか小さな部分が…静かに死んだ気がした。
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