授業──宗一


 俺は、教師の仮面を外す。


「三河さん、単刀直入に聞く。……“人を殺したくなったこと”はあるか?」


 生徒指導室。

 誰もいない。

 この会話を誰かに聞かれたら、俺は終わりだ。


 女生徒──環は、少しも動じずに答える。


「ええ……先生も、でしょ?」


 ──同類か。


「俺の生徒から、殺人犯だけは出したくないんだが?」


 環の顔が、能面のように無表情になる。


 ──この娘、本当に危険だ。


「ほら」


 予備のメモ帳を差し出す。

 環は、じっと俺を見つめる。


 ──質問に答えろ、と目が訴えてくる。


「殺したくなったら、これに書け。分かったな? とにかく馬鹿なことはするなよ」


「先生は、どう書いてるんですか?」


「三河、何を……」


 細い親指が、俺の頸動脈を狙う。

 反射的に手首を掴む。


「痴漢じゃない、正当防衛だぞ。いい加減にしろ」


 環は、薄く笑った。

 教室で見せる無邪気な顔とは、まるで別人だ。


 舌打ちし、自分のメモ帳を開いて見せる。


 †††


 眠る女の両足を、鎖で柱に繋ぐ。

 じっと待つ。

 目覚めて騒ぐ彼女の腹を踏みつける。

 咳き込む女の肩口を、ハンマーで思い切り砕く……


 †††


 紙片の中で、犠牲者が嬲り殺されていく。


 環は、無表情のままページをめくる。

 能面は崩れない。


 とうとう、全ての現場を“臨場”してしまった。


「……何なんだ、君は?」


 能面を外し、環はおどけてみせる。


「えぇ? ただの女子高生ですよ~、JKですよ、JK」


 その笑顔に、影はない。


「“透明な存在”にでもなりたかったんじゃないだろうな? いいか、必ずだぞ。暗い衝動が湧いたら、必ず書き留めろ。絶対に、現実では殺すな」


 環は、静かに頷いた。


「分かってるな……あ、それ、防水だから。落として読まれたら、終わりだぞ」


「りょ~かい」


 胸がざわつく。


 環が指導室を出ていく。


 その背中を、見えなくなるまで見送った。

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