47 スカポライト:決断
それから数日後。場面は駅前で、早朝から人がゾロゾロと駅へと歩みを進める。その中に白いワイドブリムハットを被った、キャリーバッグ片手に早歩きをする女性がいた。ハイヒールがコツコツと鳴り、駅内に入った途端に女性は顔を見上げた。
その女性の正体はマヒルで、マヒルはこれからどこか遠くへ旅にでも出るのか大荷物。
(遂にここまで来ちゃったわ…。)
そして再び足を速めた。
(もう綺瑠関係の事に関わるつもりもないし、だからと言ってここにいるのも危険…。思い切って遠くへ出る事にしたけれど…。)
どうやらマヒルが仕事を辞めたのは、全ての関わりを絶って新天地へと向かうためのようだ。暫く歩くとコインロッカーの前を通り、ふと足を止めるマヒル。コインロッカーを見つめる。
(でも…このまま行っていいのかしら。せめて綺瑠達にマキコって人の事を知らせた方が…)
そこまで考えたが、マヒルは首を横に振った。
(いやいや!そこまでしてあげる義理、私にはないし。第一あの男に関わるとロクな事がない!…ただ…)
マヒルの脳裏を過ぎったのは、あの波止場で再会した数成といつも小学校で遊んでいるエリコ。それを考えると眉を困らせた。
(あの男に復讐する為だけに、関係のない人間が巻き込まれるだなんて気分が悪いだけ。)
すると困らせた眉を急に釣らせ、コインロッカーへ歩き出す。そしてキャリーバッグをロッカーに詰めると、肩にショルダーバッグを下げた手ぶらの状態で走り出した。駅を出てタクシー乗り場まで走ると、丁度止まっていたタクシーに乗り込む。急いだ様子のマヒルに驚いた様子を見せた運転手だったが、その間もなくマヒルは言った。
「車出してください。」
「あ、はい。」
運転手は何事かと思いつつアクセルを踏むと、マヒルは真摯な様子でいる。
(罪から逃げる為に朝から出てきたって言うのに、捕まるリスクを冒してまであの男に手を貸そうとするなんて…本当に馬鹿。)
そうマイナスな事を考えおきながら、前向きな姿勢でいた。
一方、白原家の家の前では。広也と進也は丁度外に出ており、学校へ登校する時間だった。
「行ってきますっす~!」
進也は元気よく手を振るが、玄関扉の前には誰もいない。進也はいつも出かける時は、誰もそこに立っていなくとも挨拶をする。広也はそんな進也をスルーして進むが、進也は走って追いついて来た。進也はいつになくご機嫌である。
「兄貴兄貴!もうすぐ結婚式っすね!」
「偽のな」
「それでも美味しい料理が食べれるんすよ!?最高っす!」
進也は食べられればそれでいいのか、本当の目的をほぼ見失っている様子だった。それが進也らしいと言っちゃらしいので、広也は特別つっこむ事はしない。
「お前はまずテスト勉強しろ」
「それは嫌っす。」
進也は笑顔のまま言うので、広也は呆れた様子を見せる。進也に勉強をさせるなど、到底できまい。そんな二人の横に、一台のタクシーが止まった。どうやらマヒルが乗ったタクシーの様だ。二人はそれに気づかずに歩き、マヒルは慌てて会計をしている。
すると二人は公園の前を通ると、広也は公園を見て言った。
「便所行ってくる」
「え~家でしなかったんすか?それともすぐ来ちゃったんすか?おじいちゃんっすね兄貴は~。」
進也が呆れた様子で煽っていると、広也は怒りを見せる。
「黙れッテナ!」
そう言って公園のトイレではなく、ここから五十メートル離れたコンビニのトイレへと駆け込んだ広也。進也はそれを見守っていると、そこへマヒルがやってくる。マヒルは走って追いかけてきた為か、息を切らせていた。
「ちょっとあなた…!」
進也はその声に気づいて振り返ると、マヒルを見て戦慄する。同時に進也は茶封筒の脅しの内容を思い出した。マヒルが自分達を狙っている…そう考えると進也は青ざめる。
「ま…マヒルっす…!」
「ちょ…私の事…知ってんの…?」
それはお互い様であるが。進也は本人確認が取れた瞬間、恐怖を覚えた顔で逃げ出した。マヒルはそれに焦りを感じると追いかける。
「待って!話を聞いて欲しいの!!」
「見ざる言わざる聞かざるっす~!!」
「三猿ちゃうわぁ!!」
謎の掛け合いが行われたが、進也の足は非常に早くてマヒルでは到底追いつけない。マヒルは進也の遠くなる後ろ姿を見つめながら思う。
(なんて速さ…!と言うかもう片方どこ行った…?)
どうやらマヒルは、広也がトイレへ行った所は見ていないらしい。進也は必死に逃げている途中で、友人の数成に会う。数成は進也達を待っていたのか、走ってくる進也を見て言った。
「おはよう進也、今日は早いじゃないか。いつも広也がトイレやら喉渇いただので遅く…」
と言った所で、進也は数成を横切ってしまう。
「今お取り込み中っす~!!」
「は?」
数成は首を傾げてしまうが、正面から走ってくるマヒルに気づいた。マヒルは数成があの日の少年と気づいていないのか言う。
「あ、あの…!今、髪を結んだ学生が通らなかった?どっち行った…?」
息を切らせながらマヒルが聞くと、数成は進也が向かった道の逆側を指差して即答。
「あっちです。」
「ありがとう!」
マヒルがそう言って逆の道を走っていくと、数成は不機嫌な表情。それから溜息を吐き、呆れた表情で学校へ歩みを進めた。
(朝から何やってんだか。)
一方コンビニの方では。広也がトイレを終えて外へ出ると、進也がいなくて怒りを浮かべる。
「アイツ…! オレ様を放っておくなど調子に乗り過ぎだッテナッ!」
事情を知らないので仕方がないのだが。「ったく!」と声を漏らしている内に苛立ちを落ち着ける広也。するとそこへ、走ってヘトヘトになったマヒルと出会う。マヒルは正面が見えておらず、俯きながらも歩いていた。
(嘘でしょ…戻ってきた…!)
マヒルは絶望が拭えずにいると、広也はマヒルに気づく。
「お前は…!」
広也の声にマヒルが反応すると顔を上げた。目的の人物にたどり着いた為か、マヒルは笑顔を見せる。
「やっと見つけたぁ!」
「あ?」
広也は声色を暗くしてマヒルを睨むと、マヒルは息を整える時間を貰う。広也も律儀に待っていると、息を整えたマヒルが言った。
「あなた、綺瑠と一緒に住んでる子でしょ。綺瑠に伝えたい事があって。」
それでも広也は警戒した様子を解かない。そんな事は予想の範疇だったのか、マヒルは表情を歪めることもなかった。
「本郷さんが捕まって、あなた達を狙う人間はもういないって思っているでしょ。それは違うから。」
その言葉にやっと広也は反応を見せる。
「…マキコって女が、コトネって言う女を使って復讐しに来るわ。二人が結婚式する事も既に知ってるから…綺瑠に伝えといて。」
「…そんな事を教えて どういう風の吹き回しだ? 」
広也が聞くと、それも予想できていたのか思わず笑みを浮かべて鼻で息をつく。
「ただの気まぐれよ。」
「怪しいな」
「いいわよ怪しくても。でもま、言いたい事は言ったから。」
そう言ってマヒルはバッグを漁って携帯を探した。携帯を取り出した瞬間、マヒルのバッグから小銭入れが落ちる。同時にがま口が開き、アスファルトに大量の小銭がぶちまけられた。マヒルは反射的に声を出す。
「あぁ!!」
しかし広也はその小銭に反応する。広也の脳裏に、数成が沈められたあの事件が浮かんだ。数成の場所を示した小銭と、マヒルの持つ大量の小銭が重なった。
(あの道を示す事が出来るのは数成自身か 数成をその場所へ運んだ人間以外に考えられねぇ… まさかこの女が…?)
広也はマヒルの方を見ると、マヒルは広也に視線に気づく。マヒルは小銭を拾う様子もなく言った。
「あら、欲しかったらあげるわ。私に小銭は似合わないから。」
「待てよ」
広也は咄嗟に呼び止める。
「…お前か 数成を沈めた奴は」
その言葉にマヒルは反応しつつ俯いた。
(…やっぱそうなるか。誤魔化そうにも、本郷さんやあの時の少年が証人になるだろうし…。あー、人生終わったな。)
マヒルは目を閉じて諦めた様子を見せる。すると広也は更に続けた。
「…俺の友人への道を示したのもお前か」
意外な言葉に、閉じていた目を開くマヒル。それから広也の方を見た。広也の真摯で真っ直ぐな瞳がマヒルを見据える。そんな様子を見ると嘘つく気も起きないのか、マヒルは言った。
「そうね。偶然にも、手元に小銭があったから。」
「なぜそんな事をした お陰でお前の事を証言する人間が生き残ったんだぞ」
広也が相手側に立って話を進めると、マヒルは思わず鼻で笑う。
「関係ない人間を巻き込めるわけないでしょ。」
人間らしい心を持っている事を意外に思ったのか、広也は目を丸くした。しかしそうなると、美夜が見てきた未来にいるマヒルの事を考える。マヒルは結婚式場に現れ、美夜の首筋にナイフを向けたのだ。関係ない人間を巻き込めないと言いつつ、なぜあの時は美夜に刃物を向けられたのか…広也は謎だった。
「じゃあ仮に お前が関係のない人間に刃物を向けるとしたら…その時はどんな時だ?」
質問の意図が読めずにマヒルは目を丸くしたものの、すぐに想像ができたのか一笑。それから空を見上げて言う。
「もう逃げ切れないと思った時かな。」
マヒルはヒナツとの関わりが深くなり過ぎて、逃げ切れない状態を想像していた。広也はそこまで想像は及ばなかったが頷く。
「…そっか」
そう言って沈黙するので、マヒルは変に思って目を丸くする。会話が終わったのに、広也は警察を呼ぶ仕草など一切見せないからだ。マヒルは思わず聞く。
「警察に通報しないの?」
「なんでだよ」
広也の言葉に拍子抜けしたのか、マヒルは瞬乾をいくつかした。マヒルはラッキーと思ったのか、そのまま立ち去ろうとする。それを見た広也は言った。
「どうしてなのか オレの友人がなーんも覚えてないって言ってるし」
マヒルはその言葉を聞くと一瞬足を止めたが、やがて歩き出す。歩きながらマヒルは笑みを浮かべていた。そして携帯でタクシーを呼ぶマヒル。広也もすぐに方向転換すると、学校への道を歩き出すのであった。
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