46 オブシディアン:不思議
それから約一ヶ月ほどが経った。白原家には海が来ており、玄関先で璃沙と対面していた。綺瑠や美夜は仕事で出かけ、広也と進也は学校のようだ。璃沙は海からある事を知らされ、驚いた様子を見せている。
「なんだって!?マヒルが小学校に来てない!?」
「ええ、そうなのよ。偽式の話だって、そのマヒル先生が聞いて相手方に流さないと成立しない作戦なんでしょ?だから…マヒル先生に伝わってないとなると作戦を決行できないんじゃないかしら。」
海は困った様子でそう言った。予測外の出来事に璃沙に焦りが浮かぶ。
「偽式まであと一週間だし、敵サイドが偽式の存在を知らないんじゃ作戦どころじゃない。それ以前に、マヒルはなんで急に…?」
「急に小学校教諭を辞めるって言い出したらしくて…唐突みたいなのよ。」
思わず璃沙は頭を抱えた。するとリビングの方へ向かい、棚の中から先日進也が貰った茶封筒を取り出す。そして再び玄関先へ戻った。
(こんな手紙が来てから、一ヶ月も何事もなく過ぎた。何かが変だ。)
そしてマヒルの盗撮写真の一枚、家に入る瞬間の写真を見つめて人差し指をこめかみに当てた。
(悪いが…家を調べさせてもらう。)
どうやらネットに繋いでマヒルの家を探り出すようだ。海は何をしているのかさっぱりで首を傾げていると、探し終えたのか手を下ろす。
「家の場所はわかったが、さて…悪事を働いた女を心配する理由が私にはあるのか…。」
「何があったの?」
海が聞くと、璃沙は首を横に振った。
「わからない。でも、一ヶ月前にマヒルの盗撮写真が送られてきてな。もしかしたらマヒルのストーカーがいるかもしれないって…。」
海はそれを聞くと浮かない様子を見せていたが、やがて言う。
「可能性もあるけど…罠かもしれないわ。」
「ああ、だから綺瑠にも相談してみる。」
「ええ、そうした方がいいわ。」
一方、綺瑠の方では。綺瑠は仕事終わりに美夜と一緒に、とある一軒家を訪ねていた。その家は新築とも言えない古いとも言えない見た目の家。その家の表札には【本郷】とあり、綺瑠はインターフォンを押そうとすると…。
ガタンガタンッという激しい音と、大人の男性の怒鳴り声が聞こえてくる。それと反発する見知った声。やがて玄関の扉が開き、呆れた顔をしたリョウキが出てきた。リョウキは頬でも殴られたのか、アザを作っていた。
「リョウキくん!」
と真っ先に心配したのは美夜。リョウキは二人がいるのに気づくと目を丸くし、やがて緊張した様子で美夜の方に来た。
「み、美夜さん…!」
「こらこら、僕もいるよ。」
綺瑠が笑顔で言うと、リョウキはそっぽ向く。それに苦笑いの美夜は、続いてリョウキに言った。
「遅くなっちゃったけど、お見舞いに来たの。エリコちゃんを助けてくれたお礼も兼ねて。」
「…姪を助けただけだ。他人の美夜さんがお礼してどうする。」
ごもっともな事を言われ、美夜は苦笑を崩せない。すると綺瑠は言った。
「ヒナツちゃんの事はもう大丈夫なの?あ、そう言えば高校卒業後の就職先決まった?良かったら僕が紹介…」
とそこまで言うと、リョウキが言葉を阻むように言う。
「姉貴の事はもういいよ。それより美夜さん。」
リョウキにそう声をかけられたのでリョウキの方を見る美夜。
「近々この男と結婚するって本当か?」
その言葉を聞くと美夜は眉を困らせる。リョウキは今まで二人の結婚を反対してきており、綺瑠にも酷い言葉を投げかけてきたからだ。
「ええ。リョウキくんは嫌かもしれないけれど、私は綺瑠さんを愛しているから。」
美夜の言葉を聞くと、リョウキは視線を逸らしてつまらなそうな顔。美夜はどんな言葉が返ってくるのかと思っていると、リョウキは言う。
「まあ…、美夜さんが幸せになれんなら……いいか。」
意外とあっさりした反応に、美夜は驚いたのか目を丸くした。綺瑠も不思議そうな表情を見せている。
「あれ、すんなりだね。」
「それは今までお前が性根の悪い男だと思ってたからだ。でも、俺が警戒してるほどでもないのかなって思った。美夜さんを任せられるって思ったから…」
リョウキがそこまで言うと、綺瑠は目を丸くしたまま黙り込む。それからリョウキの頭を撫でた。リョウキは不快だったのか叩き落とすが、綺瑠は目を丸くした状態で言う。
「まだ高校生の子供が一丁前に「美夜を任せられる」って…どういう意味?」
そう言われるとリョウキは恥ずかしそうに顔を赤くして、そっぽ向いた。
「黙れ。前のお前はそのくらい頼りなく見えたんだよ!」
「あっそう。」
二人のやり取りに美夜は微笑ましくて笑っていると、綺瑠にメールが送られる。綺瑠はそれに気づいて確認すると「え…」と呟いた。能天気な綺瑠が驚いた声を漏らすなど只事ではないと感じた美夜。
「どうかしたんですか?」
「え?璃沙からなんだけどさ。マヒルちゃんが小学校の先生辞めちゃってたんだって。だからあの作戦が…」
そこまで言うと、リョウキが反応する。
「マヒルって、あの金に目がない女か?」
「そう!って、リョウキくんはヒナツちゃん経由で知ってるのか。」
綺瑠がそう言うと、リョウキは頷いた。そして考えた様子で言う。
「そう言えばエリコを助けたあの日、あの女がいた。」
「え!?」
美夜はあの一件にマヒルが関わっていたと思うと青ざめた。しかしリョウキは続ける。
「「エリコを助けて欲しい」って言ってた。姉貴に脅されてたみたいで。」
それは初耳なのか、美夜は驚いた様子。綺瑠も納得したような顔を見せた。
「ああ。なんであの日リョウキくんがいたんだろうって思ったら、そういう事だったんだ。」
美夜はマヒルが教師を辞めてしまった理由が気がかりであるものの、目的を見失わないように考えないようにした。
(翻弄されてはダメよ…。今は偽の結婚式を相手側に伝えるのが先決だわ。)
すると綺瑠は美夜の不安を理解しているのか笑みを浮かべる。
「大丈夫。ちゃんとコトネちゃんの就業先に情報を回しておいたから、あっち側には伝わっているはず。」
綺瑠の言葉に美夜は安心して頷くと、リョウキは関係ない話と思って立ち去った。綺瑠がリョウキを呼び止めようと手を伸ばしたが、それを美夜が止める。
「美夜?」
「これ以上話したら、巻き込んじゃうかもしれないわ。」
「そっか、そうだね。」
こうして二人はマヒルの状況を気にしつつも、特に詮索しない事を選んだ。
一方、マキコの所では。マキコはカフェでお茶を嗜んでおり、携帯でメールが来ていないか確認していた。しかし何も来ていないのを確認すると溜息。
(マヒルさん、いつまで私を待たせる気かしら?中学生を捕獲せず、一ヶ月も「準備中」って…。それとも私が彼らに送った手紙のせいで、遂に捕まっちゃったのかしら?)
進也に渡されたあの手紙は、どうやらマキコが仕組んだものの様だ。その上マキコでさえマヒルの安否がわからない様子。マキコは一口紅茶を飲むと窓から街の様子を眺める。
(遂に二人の結婚式が始まるのね。…コトネさん、楽しみにしているでしょう。彼の一番幸せな瞬間に、不幸に落とすって…ずっと言ってましたもの。)
偽の結婚式の情報もしっかり届いている様で、コトネもマキコも向かう気がある様だ。マキコはマヒルの安否がわからない事を気にした様子もなく、携帯の待受を確認。二人の女性が写っている写メだった。一人はマキコで、もう一人はヒカリだった。どうやらマキコはヒカリの知り合いらしい。マキコは笑みを浮かべる事もなく言った。
(…もう少しね、ヒカリ。)
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