28 ピンクトパーズ=潔白
美夜が心配で追いかけてきた綺瑠は玄関へ向かうと、美夜の靴がない事に気づく。外へ出ると、綺瑠の車に寄りかかって座り込む美夜を発見した。今は夜中なので、上着がなければ少し寒いくらいだろう。綺瑠は美夜に駆け寄った。
「美夜!」
美夜は不機嫌な顔をしていたが、綺瑠の顔を見ると少しは和らいだ。綺瑠は自身が着ていた上着を、美夜の肩に羽織らせると言う。
「僕はいつも、美夜を傷つけてしまうね。璃沙の事もそうだし、どの未来でも美夜が幸せな結婚式を挙げられないのも僕が原因。…本当にごめんね美夜。いつも苦労をかけてしまっているね…。」
美夜はそれを聞くと、綺瑠に抱きついた。飛びつくように抱きついたので、しゃがんでいた綺瑠は思わず尻餅を着いた。美夜は綺瑠の胸に顔を埋めながらも言う。
「綺瑠さん!」
そう言ってから間を空け、美夜は言った。
「…監禁…してもいいですよ。」
「え?」
綺瑠は驚いた様子になると、美夜は続ける。
「だって綺瑠さん、そのままにしたら別の誰かの物になってしまいそうなんですもの…」
美夜は泣きそうな声を抑えながら言っていた。それほどまでに綺瑠の愛情が薄れるのが嫌なのか、美夜は辛そうだ。すると綺瑠は美夜に微笑む。
「美夜の自由を縛るような事は、もうしないよ。そう約束したもの。」
「なぜですか!?」
あの時は頼まなくても軟禁してきたのに、今は頼んでもそうしてはくれない綺瑠に美夜は焦りを覚えていた。綺瑠は優しく美夜に微笑みながら、美夜の頭を撫でた。答えてくれない綺瑠に美夜がムスっとしていると、綺瑠は通常の表情になる。綺瑠は夜空を見上げて言った。
「僕、今日は変なんだ。」
美夜がそれに反応をすると、綺瑠は続ける。
「璃沙を見てると、胸の中で込み上げてくるものがあるんだ。変なんだ、昨日までそんな事なかったのに。」
すると美夜は耳を塞いだ。
「聞きたくないです…」
「聞いて欲しい。」
綺瑠が即答するので、美夜は目を強く瞑りながらも耳を塞ぐ手を少しだけ緩めた。綺瑠はそれも確認せずに続ける。
「僕にはその正体がわからないんだ。…遊園地で璃沙に告白された。美夜がムスっとしちゃうのは、璃沙が僕の事を思うのは、僕の態度が悪いせいなんだって事も知った。そうしたら、もっとそれが大きくなった。」
璃沙が綺瑠に思いを伝えた事、それによって綺瑠が何かを感じている事、聞きたくない話だった。美夜が涙を流すと、綺瑠は続ける。
「昨日までは絶対になかったんだ、こんな感情。だから美夜に聞きたい。
昨晩、何があったの?美夜はヒナツちゃんの家に行ってたはずなのに帰ってきていて、璃沙は元気をなくしていて、僕は璃沙に変な感情を抱えてる。」
綺瑠の言葉で美夜は綺瑠の気持ちの正体を掴めた気がして、目を見開く。美夜の瞳は、希望を見出したように光を帯びた。
(そうか…!綺瑠さんは璃沙さんに好意を抱いているんじゃないんだわ。裏綺瑠さんの璃沙さんへの怒り、表の綺瑠さんが璃沙さんへ抱く好意。
その二つが摩擦を起こして、違和感を抱えているだけなんだわ。)
綺瑠は切ない表情を浮かべ、自身の胸に手を当てていた。美夜はそれを眺めながらも思う。
(璃沙さんの事、表の綺瑠さんにも言ったら…綺瑠さんは璃沙さんに構わなくなるのかしら?…いいえ、その前に裏の綺瑠さんと代わってしまっているわね。)
「ごめんなさい…私の口からは言えないんです…。裏の綺瑠さんが、隠している事なので…。」
そう言われると、綺瑠は納得したように目を閉じた。
「そっか。…じゃあこの感情は、あっちの僕が感じているものでいいのかな?璃沙の事、どう思っているんだろう…」
美夜はそれに黙り込むと、口を開いた。
「裏綺瑠さん…璃沙さんの事を嫌っているみたいです。」
綺瑠はそれに驚いた様子でいた。綺瑠は眉を潜めて考え込むと、ブツブツと呟く。
「いつも璃沙が叱るから?怒りが頂点に達しちゃったとか…?いやでも、だとしてもこの感情は異常だな…。」
すると美夜は安心したのか、やっと笑みを浮かべて安堵の溜息。
(良かった…綺瑠さん、璃沙さんに心を奪われた訳じゃないのね。)
美夜は再び綺瑠の体を強く抱きしめると、綺瑠は目を丸くした。美夜の幸せそうな表情を見ると、綺瑠は安心したのか優しい笑みを見せる。
そして、こっそりと玄関の扉を開いて美夜達の方を見る者達がいた。そう、璃沙と広也と進也だ。三人は二人を見守りながらも、二人の話を聞いていた。
「それと、もう一つ美夜に言っておきたい事があって…」
綺瑠の言葉に美夜が反応すると、綺瑠は再び切ない表情を見せた。美夜は首を傾げると、綺瑠は言う。
「僕は…本当に美夜が一番なのか、わからなくなってきたんだ。」
突然の衝撃的な告白、美夜は目を剥いて呆然とした。玄関で聞いている三人も反応を見せると、綺瑠は続ける。
「僕は美夜が大好き、それは確かだ。だけど僕は、家族が全員大好きで。美夜がとか、一番なんて選べない…そんな気がしてきたんだ。」
すると美夜は綺瑠の服を強く握り締める。信じられないような表情を浮かべ、瞳を潤ませていた。
「私は…綺瑠さんが一番ですよ。綺瑠さんが…」
美夜の言葉に頷きながらも、綺瑠は続けた。
「あっちの僕は、きっと美夜が一番なんだと思う。でも僕はわからない…わからなくなってきちゃった。」
美夜は、綺瑠の服を下に引っ張るようにして握る。丁度ボタン辺りを握っていた為か、ブチッとボタンが取れて綺瑠の胸が見える。その綺瑠の胸元には、いつ付けられたのかわからない傷跡があった。美夜は苦しいのか、喉を締めたような声を出した。
「どうして…?どうして急にそう思うようになってしまったんですか…?」
綺瑠はそれを聞くと言う。
「僕の家族に対する行動は、まるで恋人にするようなものだって指摘されてね。考えたんだ、僕は本当に美夜を恋人だと思えてるのかって。」
それを聞いていた広也は、綺瑠の急な心変わりの理由に気づいたのか眉を潜めた。
「そっか…」
「どうしたっすか?」
進也が聞くと、広也は続ける。
「多分綺瑠のヤツ 自身のスタイルを周囲に否定され続けたせいで自信失くしてんだ 一時的なものだろうから 時間が解決してくれると思うが」
「でも綺瑠ってその程度で自信失くす人じゃないっすよ。常に我の道を歩く男っすよ。」
進也がそう言うと、璃沙は否定した。
「いや。綺瑠は他人の話なら無視するだろうが、大好きな家族に言われ続けたら行動を省みる男だ。」
「それに璃沙の件もあるし… 精神的にかなり参ってんのも原因じゃねぇか?」
それを聞いて進也はしゅんとしてしまう。璃沙は原因が自分にもあるのだと思うと返す言葉もなく、黙り込んでいた。広也は落ち込んだ様子の進也を気にかけていると、進也は口を開く。
「なんか…最近暗い事続きっす。」
一方、綺瑠は俯いてしまうと、美夜の握りしめる手を下ろした。美夜は綺瑠を見つめると、綺瑠は呟く。
「…結婚の話は一度白紙にしよう。恋人としての距離も、暫く離してもいいかな?…僕は、こんな気持ちじゃ付き合いを続けられない。気持ちを整理したいんだ。」
突き放されたと感じた美夜はショックを受け、手が震えた。大粒の涙がボタボタと落ちる。綺瑠は俯いていた顔を上げ、弱々しい笑みを美夜へ向ける。
「でも美夜の事が嫌いになったとか、そんな事は絶対にないよ。僕は美夜の事が大好きだから。」
美夜が泣いているのに対し、綺瑠は優しく笑みながらも美夜の涙を拭く。美夜はそんな綺瑠を見つめながら、心の中で思う。
(これじゃ…未来で綺瑠さんを失うのと同じ……こんなの嫌だ……!)
美夜がそう思っていると、美夜の容姿に異変が出た。黒く染まる髪、赤くなる瞳。美夜は再びやり直すために、時を遡ろうとしていた。綺瑠はそれを見て、切ない表情を浮かべて言う。
「どうして、戻ろうとするの…?」
それを見て、思わず璃沙達も美夜の方まで駆け寄ってくる。綺瑠は三人を見ると驚いた。
「璃沙に広也に進也…!」
璃沙と広也は眉を潜めてそれを眺めていたが、進也は顔を歪めて泣きそうにしていた。
「行かないで欲しいっす美夜…!」
それに対して美夜は進也の方を見ると、進也は美夜に飛びついた。
「ダメっす美夜!俺達置いて過去に帰らないで欲しいっすよ!美夜がいなくなったら、俺達の家族が一人欠けるっす!みんな寂しい思いをするんすよ!!」
進也は涙を流して声を枯らしていた。しかしそんな進也に目もくれず、美夜は俯く。
「でも…綺瑠さんと一緒に居れない未来なんて…」
「綺瑠は一緒にいるっすよ!美夜は綺瑠に嫌われてないっすよ!どうしてすぐに巻き戻そうとするんすか!!美夜は綺瑠と恋人であればそれ以外はどうでもいいんすか!?俺達なんか要らないっすかっ!?」
そう言われると、美夜はやっと我に戻る。
今まで、何度も時を遡ってきた美夜。美夜は思い出した、時を遡る直前の皆の顔を。
綺瑠と璃沙が亡くなった未来では、進也と広也だけが取り残された。
(その時の進也くんは笑顔で見送ってくれたけど、きっと今の様に悲しかったはず。まだ中学生の二人を残して、私は時を遡って…)
更には本郷の家にて、綺瑠が毒を飲んだ時の事も思い出す。綺瑠が目の前で亡くなったショックで、愕然としていたエリコを。
(エリコちゃんはあの後、どうなったんだろう…。未来に取り残されたみんなは、進也くん達は、今と同じ気持ち…なのかな。)
美夜は取り残されるみんなの事を考えると、容姿が普段通りに戻った。それに綺瑠や璃沙が目を丸くすると、美夜は進也を見つめて微笑み、それから優しく抱きしめた。
「そんな事ないよ。でもね…『綺瑠さんと幸せな結婚を』と何度も遡っていたら、綺瑠さんと私の事しか考えられなくなっていた。ごめんなさい。」
美夜は何度も何度も綺瑠の凄惨な死を目の当たりにしながら、綺瑠を救う為に…幸せな結婚式を挙げるために遡ってきた。その中で時を遡る理由が『結婚式を無事に終える為』となっていたせいか徐々に心の余裕を失い、普段から大事にしていた家族の事を忘れかけていた様だった。それを思い出させてくれた進也に感謝するのと同時に、非常に申し訳なく感じている美夜。
美夜の言葉で進也は顔を見上げると、美夜は涙を静かに流した。頬を伝った涙は、進也の服にこぼれ落ちて染みる。
「私、わかってた。何度結婚しようとしても、本郷さん達が邪魔するんだって。」
美夜はそこまで言うと、声を震えさせて悔しそうな顔をした。
「私達って本当は…結婚しちゃ駄目なんだって…!今まで通りに過ごすしかないんだって…!私と綺瑠さんの幸せな未来なんてないんだって…!」
美夜が泣き崩れると、進也は美夜の頭を撫でた。璃沙や綺瑠は返す言葉を考えていると、広也は言う。
「早まった判断はすんなよ 綺瑠も今はだいぶ精神がやられてる お互い落ち着いたら またこの話はしようや」
そう言われると、美夜は小さく頷いた。綺瑠も広也に言う。
「ありがとう広也。じゃ、家に入ろうみんな。冷えちゃうよ。」
それに対し、広也は悪態をつきながら言う。
「あん? こんな寒ぃカッコしてよく言うぜ」
その言葉に笑ってしまう綺瑠。周りに気を遣う綺瑠を、美夜は見つめていた。綺瑠の服の間から見えるその傷を、美夜は見つめていたのだった。
(綺瑠さんは私を恋人と思っていないんじゃなく、家族の愛と混同しているだけだわ。そして綺瑠さんが、その双方の違いがわからないのは…仕方のない事なのよね。
そうよ。綺瑠さんにある無数の『傷』が、綺瑠さんをそういう人間にしただけなんだから。)
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