27 インカローズ:情熱
美夜はリッカの話を聞いた後、リッカと別れていた。再び公園で一人になると、美夜は溜息をつく。そして綺瑠の元カノ達について考えていた。
(本郷さんが綺瑠さんや私を殺害しようとする目的…。海さんを陥れる為に綺瑠さんを殺害しようと企てているってリッカさん言ってたわ。大体本郷さん自身が言っていた内容と一致している。きっとリッカさんは、本当にこの事を知らせたくて来た善い人ね。)
聞いた内容は自分が持つ情報と殆ど変わらなかったが、それはリッカが誠実に話してくれた事を証明していると言える。初対面であるがリッカは安全であると美夜は判断した。美夜は公園のベンチから離れ、家に帰る事にする。
(本郷さんはまた何か練っているはず。他にもあと三人、私達を狙う人がいる事…しっかり肝に銘じておかないと。)
気を引き締めた表情の美夜。そんな事を考えながらも、帰り道を歩いた。
一方、遊園地にて。綺瑠と璃沙は観覧車に乗っている。綺瑠達の乗る個室は中くらいの高さを回っており、外の景色と並べるほどの高さだった。綺瑠は一眼レフカメラを携えており、璃沙を入れて景色を撮影していた。
「今の季節は山が綺麗だね。」
璃沙は興味なさそうに横目で眺めながらも言う。
「夢月と一緒に乗った時も同じ事やってたろ。」
夢月と同じように扱われていると感じた璃沙は、あまりいい気分ではなさそうだ。綺瑠は十枚ほど撮影を終えてからニッコリ笑顔を見せる。
「うん!同じ景色でも、どんな季節でも、僕は好きだよ。特に、好きな子と見る景色は最高じゃない?」
そう言われ、璃沙は強く反応した。璃沙は夢月と重ねられていると思うと不機嫌な表情を浮かべる。
「まだそんな事言ってられるんだな…」
「ん?」
と言って綺瑠は目を丸くすると、ずっと不機嫌な璃沙の表情を見て悩んだ顔。綺瑠は璃沙が元気になると思って連れ出したのだが、何の成果も出ないと流石にまずさを覚える。璃沙は言った。
「好きな子とか…美夜にしか言っちゃ駄目だろ…普通…」
「そうかな?」
綺瑠が首を傾げて言うので、璃沙はわからず屋な綺瑠に呆れて黙り込んでしまう。璃沙は膝に両手を乗せており、その手を強く握っていた。
「ガキっぽいなお前。」
璃沙が俯いて言う。次に璃沙は顔を上げ、綺瑠を真剣な表情で見つめた。
「私がお前を家族としてだけじゃなく…異性としても愛してるって言っても、私に同じ事言えるのかよ。」
そう言われると、綺瑠は呆然とした表情になる。
「え…」
流石に驚いたのか、常に余裕そうな雰囲気を崩し焦りを覚えた表情を見せた。空かさず璃沙は立ち上がり、綺瑠に詰め寄る。
(この際、綺瑠の気持ちをハッキリさせておかないと。私の為にならないし、美夜の為にもよくない。
いや…)
綺瑠は璃沙の真剣な目を見つめたまま、まだ信じられないのか呆然としている。それどころか自分をからかっているかもしれないとさえ思っているのが現状だ。沈黙の中、璃沙は考えていた。
(いっそ、綺瑠に突き放された方がいい。そうじゃないと、私は美夜の幸せを考えられなくなる。)
璃沙は綺瑠の顎を持ってクイッと自分に向けると、目と鼻の先まで顔を近づけた。綺瑠は呟く。
「璃沙…」
璃沙は綺瑠に口付けをし、その言葉を塞いだ。言葉を塞がれた綺瑠は目を剥いて呆然とし、抵抗もせずにジッとしていた。暫くして、繋がれていた柔らかい感触がゆっくりと離れる。
「お前散々言ってきたろ。『家族だから抱きしめていい?』とか、『チューしていい?』とか。全部、全部してやるよ。」
そして璃沙は二度目の口付けをする。綺瑠が一切言葉を発さない為、璃沙は再び離してから聞いた。
「なあ綺瑠、お前はどうなんだ?私はな、美夜を押しのけてでもお前が欲しいって思う。」
綺瑠はそれを聞いた途端、綺瑠は我に返る。そして綺瑠は反射的に璃沙を突き飛ばしてしまった。璃沙が転ぶと、綺瑠は反射的に突き飛ばした事に気づいて謝る。
「あっ…ごめん璃沙…体が勝手に…!」
しかし、璃沙は間髪も入れずに言った。
「美夜も同じだ。お前が欲しいから、私を遠ざけようとする。」
綺瑠はそれに反応する。同時に思い出していた、今朝の不機嫌な表情を浮かべる美夜を。
(美夜も璃沙も、僕を独り占めしたいの…?)
綺瑠はそう考えると、徐々に罪悪感に満ちていく。どんなに責められても飄々としている綺瑠にしては珍しい姿だ。璃沙は立ち上がると、座っている綺瑠を見下して更に追い打ちをかけた。
「今、私と美夜の関係は崩壊寸前だ。お前がそういう態度とってなきゃ、私達はこうなってないんだよ。」
すると綺瑠はか細く呟く。
「…僕のせいで、美夜と璃沙が…」
今朝の二人の劣悪な雰囲気を、綺瑠も感じてはいた。普段なら仲良さそうにお喋りする二人が、今日は一度も会話をしていない。それは綺瑠にとって、異常な光景だった。そのせいか、広也と進也の元気が無いのも気づいている。だからこそ璃沙を元気にしようと思っていたのに、その原因が自分と来た。綺瑠は反省せざるを得ない状況に陥っていた。
綺瑠は両手で頭を抱えて俯く。綺瑠の瞳のハイライトが、徐々に消えていった。それは、これから『ひっくり返る』前兆だった。
「二人を引き裂いてごめん…僕が家族を壊したんだね…、僕が…。」
綺瑠の目は焦点が定まっておらず、両手は震えていた。その手で自身の髪をグシャリと掴むと、綺瑠は急に声を上げた。
「うあああああっ!!」
その声に璃沙は驚いたのか身体をビクッとさせると、綺瑠は顔を上げて璃沙を睨みつけた。どうやらその表情は、裏の綺瑠のものの様だ。
「なんで!?なんで君は『彼』を傷つけるっ!?なんで壊そうとするんだよッ!」
声を裏返しながらも訴える綺瑠。璃沙は比較的落ち着いた様子で答えた。
「なんだよ、そうやってまた主人格が得た記憶を葬るつもりか?だから綺瑠はいつまで経っても変われないんだよ。精々家に帰ったら美夜にヨシヨシしてもらうんだな。」
「好きなんて嘘つきやがって!」
綺瑠が言い放つと、璃沙は眉を潜めて思わず手を出してしまう。璃沙は綺瑠の頬を強くビンタした。予想外の展開に綺瑠が呆然としてしまうと、璃沙は綺瑠を睨みつけて言う。
「嘘な訳ないだろ!馬鹿野郎!!」
綺瑠は殴られたまま、横目で璃沙の表情を確認した。璃沙は綺瑠に拒まれたせいか涙を流している。綺瑠はそれを見ながらも、璃沙に言った。
「それは嘘だよ。だって璃沙、君は僕が嫌いだからね。」
「は?」
璃沙が言うと、綺瑠は急に落ち着いた様子になって言う。
「あっちの僕は好き、でもこんな弄れた僕の事は嫌いでしょ。僕を見るといつも怒ってる、璃沙は。」
璃沙はそれを黙って聞いていたが、やがて言った。
「私は純粋に、どちらの綺瑠も好きなんだよ。確かにお前はガキっぽくて生意気だけど、嫌いじゃない。ただ、お前が周りに迷惑をかけるから怒ってるだけであって…」
「嘘だ!」
綺瑠は必死な様子でそう言い放った。その違和感ある様子に、璃沙は眉を潜めてしまう。綺瑠は拳を握り締めており、その拳は震えていた。そして綺瑠は力なく呟く。
「やめて…」
璃沙は潜めた眉を緩めると、綺瑠はボロボロと涙を流して言った。
「どっちも愛さないで…!」
綺瑠はそう言って座り込むと、涙を手で拭いながら続ける。
「僕、愛されたら好きになっちゃう…!両方愛されたの、美夜が初めてだったのに…!美夜以外を好きになったら駄目なのに…!」
それを呆れた様に細目で見ている璃沙。
(お前はメンヘラか。いいや、そうじゃなきゃ何十人も彼女作れない…か。)
「関係ない。それでも私は…」
璃沙が言うと、綺瑠は涙を拭き終えた。それから綺瑠は冷たく言う。
「美夜を殺そうとした癖に、よく僕に告白ができるね。」
璃沙はそれに反応をすると、ご最もと思ったのか口を噤んだ。綺瑠は璃沙の顔を確認してから、窓の外の景色へ視線を向けた。観覧車は一番高い場所まで来ており、景色一面が果てしない青空になっていた。そんな空を遠く眺める綺瑠。
「そう考えれば、僕は君を好きにならない。」
そうして流れる沈黙。沈黙の末に、璃沙は言った。
「…そうかよ。」
(フラれた…)
璃沙は気を落とした表情で、冷静にもそう思うのであった。
その日の夜。白原家では皆が夕食の時間で集まっていた。静かな食卓、進也は微妙な表情をして言った。
「綺瑠に璃沙、今日は何かあったっすか?」
そう言われると、綺瑠は驚いた様に目を丸くした。綺瑠は若干、頬をピンクにしている。
「えっ、あ、ああ。ちょっと色々あってね…」
綺瑠はそう言って味噌汁をすすると、美夜は怪しそうに二人を眺めた。璃沙は溜息をつくと言う。
「何もない。」
すると綺瑠はお椀を置いて言った。
「何もあるでしょ…!」
照れている様子の綺瑠を見て、璃沙は微妙な反応を隠せない。璃沙は細目になりながらも思う。
(綺瑠のやつ、どこまで覚えてどれを忘れたらこんな反応になるんだ…?)
嫉妬している様子の美夜を、進也は眺めていた。いてもいられないような空気に進也は、落ち込んだ表情を浮かべる。
「美夜が嫌そうな顔してるっす…」
それを聞いた綺瑠は目を丸くし、美夜に向かって聞く。
「どうかした?」
美夜は黙っていたが、やがて口を開いた。
「綺瑠さんは私の婚約者なのに、どうして璃沙さんを見て頬を赤らめるのかなって。」
「えっ」
綺瑠はそう言うと、リビングに飾ってある鏡で自分の顔を確認。自身の頬が少しピンクに染まっているのを知ると、綺瑠はウィンクをして言う。
「璃沙が格好良かったんだよ、ドキッと来る事をされちゃったんだ。」
それを聞いていた璃沙は、思わず顔を真っ青にして唖然とした。
(エェ…それを言うかよ普通…!格好良かったって、別にキスの事だろ!やめろ綺瑠!本当にコイツは馬鹿!)
美夜は暗くなりながらも言う。
「ドキっと来る事って?」
「そりゃもう、」
綺瑠はそう言って、自身の唇に指を添えて言った。
「チューとか。」
綺瑠の悪気のない笑みは、美夜にとっては不快そのものだった。璃沙も驚いた呆然とし、進也と広也も呆然としている。広也は呆れていた。
(ここまで良識知らずだと何のフォローもできねぇな…)
美夜はそれを聞いて拳を握ると、席を立って言った。
「綺瑠さん最低っ!」
そう言って美夜は、走ってリビングを出てしまう。綺瑠は慌てて席を立った。
「美夜!?」
すると広也は頭が痛そうな顔をしつつも言う。
「こンのバカッ…!」
綺瑠は美夜の気持ちを全く理解していないのか、眉を困らせ焦った。
「ま、まさか嫉妬された?だって僕、璃沙を抱きしめてないよ!?」
流石の進也にもわかるのか、顔を真っ赤にしながら言う。
「ギューよりキっ…キキ、キスの方がダメに決まってるじゃないっすか!」
「そうなの?」
綺瑠がポカンとして言うと、広也は頭を抱えながら俯いた。
「コイツは今までどう人とコミュニケーションを取ってきたんだ…? 友達とか」
「だって友達と暮らしたりなんてしないでしょ!?」
綺瑠が答えると、更に広也と進也は溜息をついてしまう。手に負えない…と言いたげだ。広也は呆れを通り越して嫌悪を浮かべる。
「普通家族にキスはしねぇんだよ 恋人だけだろ」
しかし綺瑠は言う。
「僕の家ではチューもギューも普通だったよ。」
「それが普通じゃないんだよッ」
広也が言ったが、綺瑠の耳にはあまり入っていない様子。綺瑠はリビングを出ながら言った。
「とりあえず、美夜が心配だから行ってくるよ。」
そう言って美夜の元へ向かう綺瑠。今現在、美夜が心配で追いかける所だけが評価できる。広也は呆れた表情を浮かべていた。
「あー オレの話 アイツ聞いてたか?」
「どうっすかねー。」
進也が言うと、璃沙は沈黙したまま。広也や進也は璃沙を見るので、璃沙は二人から視線を逸らしつつも二人の視線を気にしていた。広也は言う。
「でさ 綺瑠とキスしたってマジか?」
(来たよ…)
璃沙は逃げ切れないような表情を見せると、進也は俯いて言った。
「やっぱ…璃沙は綺瑠の事…」
そう言われると、璃沙は進也の表情を見た。不安そうな進也の表情を見て、璃沙は申し訳なく思って進也の頭を無理に撫でた。進也が顔を上げると、璃沙は軽く溜息をついてから言う。
「ごめん、不安にさせる様な事ばかり起こして。…話すよ、今日の事。」
そう言われ、進也の表情はそのままだったが小さく頷く。広也も頷くと、璃沙は今日あった出来事を全て二人に話すのであった。
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