13 ロードナイト:友愛
璃沙のメモリーになら、あの日の記録があるはず。そう踏んだ広也は璃沙のメモリーを体内から取り出した。広也が胸に、璃沙のメモリーを当てて呟く。
「璃沙…見させてもらうからな」
すると進也は言った。
「俺も美夜も見るっすよ!」
「あ?」
広也が言うと、美夜は膨れた様子で言う。
「広也くんはいいなぁ。生物の記憶や、機械の記録を、自分の脳に流す事ができちゃうもの。」
「兄貴の【能力】は相変わらずチートっす!俺なんかただの怪力っすよ!?」
そう、広也の能力は生物や機械の記憶やデータに干渉できてしまうもの。見る事も書き換える事もできてしまうようだ。広也は嫌悪丸出しの顔で言った。
「いや 美夜の未来や過去を行き来する能力もチートだと思うがな
進也の馬鹿力はパッとしねぇが 無いよりあった方がかなり便利だしな」
二人のブーイングは続く。広也は「仕方がない」と呆れ顔をすると、部屋を出て地下へ向かった。
「来いよ二人共 璃沙の研究室の道具で どうにかして画面に映すからよ」
すると、二人は目を光らせて広也についていった。しかし途中で、進也は気づいた顔をすると璃沙の方を見る。袋から半分出された状態で、フローリングに横たわる璃沙。進也は虚しさを覚えた顔をしたが、璃沙をソファーに座らせてから研究室へ向かった。
璃沙の研究室にて、広也は大きなモニターの前で機械のコードを繋げていた。広也は大人びている上に他の二人よりも機械に強いようだ。
「こっちだっけ…? ん? あー! わかんね!」
ただ、それでもわからない事が多いみたいだが。
「大口叩いてたっすけど、やっぱ兄貴は天才じゃないっす!」
進也が笑って言うと、広也は進也を睨みつける。
「うるせッテナッ!」
と、謎の語尾をつけつつ。進也はそんな広也に対して、笑っているだけ。
「こういう時に璃沙さんがいたら…」
思わず呟いてしまう美夜。それを聞いた広也は反応。美夜も失言をした事に気づいて俯くと、広也は作業する手を止めた。
「オレ達はもう…アイツ等の協力無しに歩いていかなきゃなんねぇんだ」
美夜は反省した様子をしていると、進也がやってくる。
「兄貴できたっすか?」
「もうすぐ…おし! できたァ!」
そう言うと広也は、璃沙のメモリーを特殊な機械へ挿入。モニターの電源を付けると、広也はその機械に触れながら言った。
「んじゃ あの日の記録まで飛ぶからな」
すると広也の目が、一瞬だけ赤く光った。モニターの画面は高速で早送りされる。進也は目を光らせた。
「流石兄貴っす!リモコン無しでも機械動かせちゃうんすね!」
「電子データを改竄できてしまう程ですもの、機械操作なんて楽ちんよね。」
二人が感心してそう言っても、広也は鼻にかける様子も見せない。この作業には集中が必要なのか、眉間にシワを寄せて広也は集中していた。そしてたった十数秒で目的のメモリーまでたどり着く。
「ここだ」
広也が言うと二人は切り替え、始まる映像に集中した。
――璃沙は火に包まれた式場へ入る。炎の眩しい明かりは璃沙の機能で明度調整されており、そのクオリティーはかなりのもの。綺麗に部屋を明瞭化させ、炎が無駄に暗く映る事もない。
このメモリーでは、璃沙の心までも聞こえてきた。
(クッソ…!GPSでは追えない…!)
璃沙はそう思いながらも、走って綺瑠を探していた。璃沙はロボットの為か、炎が当たってもも減っちゃらそう。
その時、近くの部屋が爆発を起こす。その爆発の中から、女性の悲鳴が聞こえた。
「キャアアッ!!」
(なんだ、女の声…!?)
璃沙が急いで部屋へ向かうと、そこには床に転がりながらも火に巻かれて蠢く人間の姿が。そこから女の声が聞こえるが、璃沙はそれが手遅れである事を悟った。炎に飲まれてすぐに動かなくなる、左腕に独特なブレスレットを付けた女性。
璃沙はそんな女性よりも、近くで見知った影が倒れているのに気づいた。綺瑠が火の近くで倒れているのだ。
「綺瑠!」
綺瑠は太ももにナイフが刺さっており、更には爆風に巻き込まれたのか気を失っていた。その上、頭をぶつけたのか血を流していた。璃沙は綺瑠のタキシードに引火している火を、手で払って消す。
「煙吸ってないか…?大丈夫かな…」
応急処置は後にして、まずは綺瑠を運ぶことにした。綺瑠を引っ張り出し、背負って火のない場所へと向かう。勿論煙を吸わぬよう、背をできるだけ低くして運んだ。しかしどこを見ても炎、炎、煙、煙。綺瑠を運んで進める場所などなかった。
璃沙がそれに焦りを覚えていると、綺瑠が気がづいたのか唸る。璃沙はそれに気づいた。
「気づいたか綺瑠、一体何が…!」
その時、綺瑠はか細く呟く。
「…『夢月(ムツキ)』ちゃん…?」
その言葉に、璃沙は強く反応を見せた。――
それを見ていた美夜は首を傾げた。
「夢月さん…?」
広也はその正体を知っているのか説明してくれる。
「璃沙を作った機械学者の女 …綺瑠の友達だった女だ」
「え…?」
美夜は目を丸くすると、広也は続けた。
「璃沙はその夢月って女と全く同じ容姿なんだよ 頭や目の色は変えているみたいだが…」
それを聞いた美夜は心当たりがあるのか反応する。美夜は先日、綺瑠からその女性の話を聞いた事を思い出した。
――「美夜と同じ【病気】を持っていた。あの子は寿命が短くなる代わりに、天才的な頭脳を持っていた。特に機械のね。だから璃沙みたいな素晴らしいロボットを作れたのさ。」――
(私と同じ病気を持った女性…そして…)
――「いい友達だった。でも、死んじゃった。美夜の寿命が短くなってるって思う度ね…その子の死に立ち会った日の事を思い出すんだ…」
「美夜も同じように亡くさなきゃならないのかなって…」――
美夜はあの日の綺瑠の表情が脳裏に浮かぶと思う。
(あの時の表情は、ただの友達に向けるものじゃない…。夢月さんって人は、綺瑠さんにとって特別な人だったんじゃ…)
広也の話を聞いた進也は言う。
「じゃあ、綺瑠は璃沙をその夢月って人と勘違いしてるって事っすか?もう亡くなってる人と?」
「そうだな
多分 既に限界なんだろう 現状の整理ができてないんだろうな」
それを聞いた美夜と進也は、気の毒そうな顔をした。
――そして映像の続きだ。璃沙はそう言われて悔しそうに口を噤んだ。
(美夜の次は夢月かよ…)
悔しいと同時に、璃沙は虚しそうである。綺瑠は弱りきったか細い声のまま続けた。
「危険だよ…夢月ちゃん…。僕の事はいいから、早く逃げて…?さっき神父さんが逃げたから、その人を追いかけて…」
「なんでお前は負傷してるんだよ。」
璃沙が不機嫌そうに聞いてみると、綺瑠は続ける。
「昔付き合ってた彼女がいて、刺してきたんだ…。僕と一緒に死にたいんだって…、断って逃げちゃった…」
「…そうか、厄介な元カノばっかだな。」
璃沙が言うと、綺瑠は璃沙の髪に顔を埋めた。
「夢月ちゃん……、僕、ずっと夢月ちゃんに言いたかった…。ごめんね…夢月ちゃん…僕は…夢月ちゃんを病気から救えなかった…。」
「別に気にしてない。早死にしちまう病気にかかってるんだから、仕方ないだろ。」
すると、璃沙は気づいた。
どこも瓦礫や炎で道が塞がっていて、出られない状況にあると。周囲を見渡すと、先程綺瑠が逃がしたと思われる神父も倒れていた。既に意識が無い様子。つまり、これから綺瑠も同じになるという事だった。
(嘘…出口がない…!このままじゃ綺瑠は…!)
璃沙は焦りを覚えていると、綺瑠は言う。
「夢月ちゃん、僕、好きな人ができてね…結婚するんだ…。美夜って言うんだけど、とってもいい子なんだよ…。」
「お前は喋るな、煙を吸ったら死ぬぞ!」
璃沙は焦りながら出口を探していたが、やはり見つからない。自分で飛び込んでいって、綺瑠を救えない無力さにギリっと歯を食いしばる。しかし、綺瑠は続けた。
「夢月ちゃん…、手、繋いでいいかな…?」
そう言われると璃沙は足を止めた。璃沙はふと綺瑠の顔を確認すると、綺瑠は既に深く目を閉じていた。その表情は煙を吸って熱に晒されているとは思えないほど穏やかで、微かにこちらに微笑みかけているようにも見える。
力を失ったように垂れる両腕に、璃沙は綺瑠の終わりを悟った。
「綺瑠…」
璃沙は悔しそうな顔をすると、火が一番遠い場所へ移動した。そこで綺瑠を膝枕すると、璃沙は綺瑠の手を握ってあげる。すると、綺瑠は微笑んだ。
「夢月ちゃん……相変わらず、夢月ちゃんの手は冷たいね…寒くないの…?」
璃沙は悔しくて、綺瑠を失う悲しみで涙を流していた。綺瑠の手に顔を近づけながら、嗚咽を抑えて言う。
「馬鹿っ…熱すぎるくらいだよ…!」
「夢月ちゃん…」
掠れ始めた綺瑠の声、璃沙は悲しみを交えた表情で綺瑠を見下ろした。綺瑠は途切れ途切れの声を出す。
「僕…前はね…夢月ちゃんの事…好き…だった……んだ……今なら……夢月ちゃ…の顔……見て…言え…るよ…」
そう言われると、璃沙は大粒の涙を綺瑠の頬に落とした。
(馬鹿…!だったら目を開けて言えや…!コイツはいっつも夢月の話をして、美夜を好きになったら美夜の話ばっかで…!)
璃沙は悔しそうに綺瑠の手を握った。
(頭の片隅にもいない、私の気持ちになれよ…馬鹿っ…!)
璃沙の涙は綺瑠の手に落ちた。それと同時に綺瑠の手も微笑みかけているような表情も、徐々に力が抜けていく。完全に動きが停止すると、璃沙は深い溜息。既に涙は止まっており、悲哀に満ちた瞳で綺瑠を見つめていた。
それから眠った子供に語りかけるように、落ち着いた様子で優しく呟く。
「お休み、私達のヒーロー。……私もお前と同じ気持ちだよ…奈江島。」
そう言うと、璃沙は綺瑠にキスをした。しかし、綺瑠の表情はピクリともしない。璃沙はまた一滴の涙を頬に伝わらせたが、やがて離れて綺瑠を見下ろした。
璃沙の哀愁漂う表情が、綺瑠の眠りに就いた表情が、業火の明かりに照らされる。
「なんだよ最期まで…」
璃沙は綺瑠を膝枕したまま、綺瑠の髪に触れた。
(お前がいないんじゃ…私は誰の命令を受けて生きればいいんだよ…)
すると、璃沙も深く目を閉じる。
(私もお前の隣で消えさせてくれよ…。主人のいない精密機械に、存在意義なんてないんだからさ……)
「夢月もそうなんだよ…私と同じで。」
そう呟くと、璃沙の体も一瞬にして停止し動かなくなる。
(綺瑠の事、愛してた…)――
ここで、記録は終わっていた。
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