07 アレキサンドライト:秘めた想い
家族会議の後、美夜と璃沙は二人だけで美夜の部屋で話をしていた。
美夜の部屋の家具はパステルピンクが基調。棚やタンス、クローゼットにベッドにカーテンに小物類までもその色で統一されており、異色を放つのは平凡な色をした机と椅子くらいか。女子らしい可愛い小物が沢山で、綺瑠とのツーショット写真を可愛くアレンジされた写真立てに収めていた。
璃沙はそんな女々しさ溢れる部屋にミニチェアを置き脚を組んで座っていた。美夜は自分の椅子があるので、その椅子に座りながら嬉しそうに話す。
「そしたら裏綺瑠さんがね、急に私を押し倒してきて…!きっ……きっ、キスされちゃったんです…!」
美夜は顔を真っ赤にすると、璃沙は思わず笑った。
「ったく、キスくらいならいつもしてるだろ。」
「でもでも、今日のはなんだか雰囲気が違ったんです!仮に場所がお部屋だったら、あのまま好きなようにされていたかもしれません…!」
美夜は恋バナに火がついている様子だった。美夜はこうなると、暫く惚気話が止まらないのだ。それを知っていても璃沙は美夜の話を嫌に思わず、笑みを浮かべながらも付き合っている。むしろ璃沙はさっき元気が無かった美夜が元気を取り戻して安心さえしていた。
「そりゃ居てもたってもいられなくなるだろ。綺瑠の事なんだから。」
「綺瑠さんって、草食系に見えて意外と肉食系ですからね…!あ、裏綺瑠さんが肉食系ってなだけで、普段の綺瑠さんは草食系なのか…!」
美夜はまた一つ綺瑠に対して理解を得られたと笑みを浮かべた。
「あっちの綺瑠は「愛」と聞くと我慢が利かなくなるらしいからな。」
璃沙の言葉に美夜は夢を見る様な瞳で両手を組み、組んだ両手を胸に当てた。
「普段の綺瑠さんにも、もっとガツガツ押されてみたいなぁ…普段の綺瑠さんはドキドキする事はしても「待て」ばかりで…。」
「裏の綺瑠がいつも言ってんぞ、表の綺瑠は結婚するまで、美夜の可愛い所を取って置いているんだ。って。」
璃沙からの情報に美夜は顔を真っ赤に染めてしまう。美夜は思わず椅子から立ってしまい、落ち着かない様子で部屋を歩き回った。その足取りは早く、同じ機動をグルグルと廻っている。
「じゃ、じゃあ普段の綺瑠さんも…!?だ、だめです、現実よりも先に妄想してしまうわ…!」
璃沙は「ははは」と笑っていると、美夜はふと気づいた顔を見せて璃沙の方に来た。
「り、璃沙さんはロボットだけど、恋したりしますか!?」
そう言われると心当たりがあるのか璃沙はドキッと来た様子に。璃沙は頬をピンクにすると、美夜はそのしおらしさに目を輝かせた。
「その様子は…!いるんですね、好きな人!お付き合いしているんですか!?」
美夜が興味津々に聴くと、璃沙は思わず美夜から視線を逸らす。
「付き合ってない。」
璃沙は若干突き放す様に言うので美夜は目を丸くしたが、消極的な反応と捉えた。すると璃沙を勇気づける為か、真面目な顔になる。
「アタックのみですよ、璃沙さん!私も沢山アタックして、やっと綺瑠さんに振り向いてもらえたんですから!」
璃沙はそれに強く反応。それから眉を困らせて微笑むと、美夜の顔を見て言った。
「美夜が頑張ってきたのは事実だな。結婚に興味のない綺瑠が、美夜と結婚したいって言い出したんだもんな。」
そう言われて美夜は嬉しそうに笑うと、璃沙は美夜の頭を優しく撫でる。
「ありがと美夜、私も頑張るよ。」
「応援してます!いつもいつも私の話ばかり聞いてもらっているので、璃沙さんの恋バナも沢山聞きたいです!」
美夜が笑顔で言うので、璃沙は何も言わずに静かに頷く。すると廊下から進也の声が聞こえた。
「美夜が観たがってた番組始まるっすよ!」
「そうだ!今日は見逃せない回だった…!璃沙さん、お先に失礼しますね!」
美夜は席を立ってさっさと部屋を出てしまう。璃沙はそれを見守っていたが、部屋に一人になると侘しい様子で溜息。璃沙は辛そうにしていた。
「駄目だ、私がアイツにアタックしちゃ…。」
璃沙はそう呟いて目を深く閉じると、過去を思い出していた。
――数年前、とある病院。
まだ学生くらいの美夜が、ベッドで横たわって動かない女性に向かって泣いていた。ベッドサイドモニターが隣にあるのに、既に女性の体からはそれらの器具が取り外されている。それは既にその女性がもう帰らない事を暗喩していた。
「お母さん!お母さん…!!逝かないでっ…!」
どうやらベッドの上にいるのは、美夜の母親の様だ。美夜の母親の容姿は肌が真っ白で髪が漆黒に染まっている。目を固く閉じて眠っており、いくら揺すっても動く気配もない。
それを部屋の外の小窓から見守っている、綺瑠と璃沙。綺瑠は言う。
「あの子が、今日から璃沙と僕が預かる子。」
璃沙は黙って見つめていると、綺瑠は病室を見て何か思い出す事があるのか眉を困らせた。
「あの子『も』、ここで大事な人に置いてかれたんだね…」
綺瑠はそう言って深く目を閉じ、何かを決心したのか真摯な表情で目を開いた。綺瑠は璃沙の方を見て言う。
「決めた。あの子を幸せにしてあげよう。僕ら二人で、必ず彼女を幸せにしてあげるんだ。彼女の幸せを第一に…。」――
それを思い出すと、璃沙は思う。
(私は綺瑠と約束したんだ、美夜の幸せを一番に行動するって。それが親代わりになる者の、努めなんだって…)
璃沙は深く閉じていた目を開いた。その時の目は遠い過去を思い出すように、どこか遠くを見つめているようだった。
(あの時は、てっきり私と綺瑠が夫婦みたいな関係になるのかと思ってた。
でも現実は違ったな。現実に抗ってアタックし続けた美夜が、綺瑠の心を掴んだんだ…)
璃沙は虚しそうな表情をしていたが、やがて部屋を出た。
(私は美夜の幸せを奪えない。美夜から綺瑠を…奪えない。)
一方、リビングにて。
美夜は恋愛ドラマを視聴していた。テレビの真ん前を独占し、適度な距離に置かれたソファーにも座らずハートのクッションを抱えてドラマを見ていた。
その後ろのソファーには携帯ゲームをしている広也と進也。二人は目的の番組を見終えた直後だった為か、その場でゲームをして遊んでいる様子だった。
進也はふと聞く。
「結婚いつなんすか?美夜。」
「え?えっと…」
美夜は恥ずかしそうにしていたが、落ち着いてから考えると言った。
「早めにしようかな。やっぱり綺瑠さんの彼女さん達に邪魔されない為には、早く結婚を挙げるのが一番。」
「そうっすか!早く式の美味しいご飯食べたいっす~!」
どうやら進也はそれが目的な様子。進也のそういう所は相変わらずなのか、美夜は楽しそうに笑う。続いて広也は言った。
「でも 式場のレイアウトとかドレスのデザインとか 美夜の職場の人に任せるんだろ」
美夜はそこまで気が回らなかったのか、面目ない表情を見せる。
「そ、そうだった。あんまり急がせちゃダメかな…?」
「ま レイアウトは式場に任せて ドレスのデザインだけ任せときゃいんじゃね 急ぐなら」
広也の提案に美夜は賛成なのか言った。
「そ、そうね…!これを観たら本郷さんに伝えとこ…」
「おうおう さっさと式場も決めちまえー」
広也は携帯ゲームに集中しながら始終棒声で言うので、美夜は掠れた笑いが出た。
「じゃあ俺は、式場に潜んでる綺瑠の元カノを成敗するっすよ~!」
進也はやる気満々なのかそう言うと、思わず笑ってしまう美夜。
「もう、必ずしも式に参列しているって訳じゃないでしょう?」
「あ、そうっすね!」
その瞬間、ドラマにてラブシーンが始まる。主役の男女が濃厚な口付けを交わすと、女性がベッドに押し倒される。それを見た美夜は、今日の出来事を思い出して赤面した。更にそれを見てしまった進也は、パンクするほど顔を真っ赤にする。
「わ…!わわ!恥ずかしい事してるっす!ヤバイっすよ兄貴ぃ!」
進也は広也を揺すっていると広也はゲーム画面が見えなくてイライラ。ずっと揺すられる為か、遂に怒りが爆発したのか怒鳴った。
「黙れ進也ァ!! 今いいところなんだッテナァ!」
と謎の語尾を使う広也。進也は泣きながら言った。
「兄貴キモイっす~!」
広也を貶している事はさておき、どうやら進也にラブシーンは刺激が強すぎた様子。美夜は夢中になっているのか、進也の声でかき消されている音を上げる。リビングに聞くのも恥ずかしい声が鳴り響くと、進也は限界なのか広也の服に顔を伏せた。
「部屋に帰るっすぅ!」
まるで母親に泣きつく子供の様だ。
「仕方ねぇな」
逆に広也は気になってもいないのか、淡々と部屋へ帰る。進也は広也を追いかけるが、少し気になるのかチラチラと見ながら去っていった。やはり好奇心には勝てないのだろう。
一方璃沙は、綺瑠の部屋の前まで来ていた。扉に掛かった『綺瑠』と書いてある表札の前で、緊張した様子でノックしようか迷っている。迷った末に、強く扉を叩いた。
「おい、いるか?」
「璃沙?入ってどうぞー。」
部屋の中の綺瑠に言われ、璃沙は部屋に入る。綺瑠は式場の紹介雑誌を眺めており、璃沙はそれに強く反応する。璃沙は胸が痛むのか胸で拳を握り、複雑な感情を織り交ぜた表情を見せた。綺瑠は背を向けている為に気づかず、雑誌を眺めたままだった。
「何か用?」
「え…」
璃沙が黙り込むと、綺瑠は気にして振り返る。璃沙はその視線に気づくと慌てて苦笑で繕った。
「いや、明後日久々に一緒にお出かけ…とか、どうかなって。ほ、ほら!美夜の寿命の事とか、色々二人だけで話し合いたい事もあるし…」
璃沙はそう言ってどんどん自信をなくして声を小さくすると、綺瑠の様子を伺う。綺瑠は眉を困らせた。
「ごめん、明後日は美夜とデートなんだ。暫く仕事も続くし…また今度。」
そう言われると璃沙の瞳に正気が失せる。綺瑠は雑誌に再度視線を落とした。
「それにさ、その話し合いなら美夜が仕事の日にでも家で話し合えるじゃない?何も外出しなくてもできると僕は思うな。」
璃沙は俯き、口を噤んで黙り込んでいた。璃沙はグッと自分の思いを押し殺し、やがて言う。
「そう…だな。ごめん、変な事言ったな。」
そう言って璃沙は、部屋を出た。綺瑠は璃沙が早々と部屋を出たのに、目を丸くする。
「…璃沙?」
しかしそこには璃沙の姿はもうない。綺瑠は変に思いながらも、あまり気にした様子もなく机に向かうのだった。
部屋を出た璃沙は廊下を歩きながら、悔しくて拳を握っていた。トボトボと歩きながら俯くと、ロボットなのに目から涙を流す。
(何をしてるんだ私は…。綺瑠は生物学者だから生き物にしか興味を抱かない、そんな事わかりきっているのに…。私は、興味のないロボットだから、アイツの隣には居れない事…わかってるのに…。
綺瑠はもう美夜のものなのに…どうしてこんな事、してしまうんだろう…。)
そう思いながら璃沙は地下にある研究部屋に帰ってしまった。
それから一時間後。
美夜はドラマを見終え、家のベランダに出ていた。既に暗くなった夜空には月や星が煌めいており、美夜を照らす明かりは背から差し込むリビングのライトだけだった。美夜は綺麗な空を見上げながらもヒナツに電話をかけていた。
『ドレスのデザインを急いで欲しいって?勿論よ!』
「本当ですか…!ご迷惑をおかけします、ありがとうございます!」
美夜は電話越しで頭を下げると、ヒナツは美夜の職場のいつもの姿を思い出すのか笑う。
『いいのいいのー!可愛い後輩の頼みは断れませんからねー!それに、誰かさんからたっくさんお金を頂く予定なので~』
「あはは…」
美夜が苦笑すると、ヒナツは続けた。
『そう言えば大ニュース!白原さんがデザインした服ね、
あのモデルの『音無 アン(オトナシ アン)』が気に入ったらしいの!アンが是非ともデザイナーさんとお話したいだって。白原さんも知ってるでしょ?音無アン。』
それを聞いた美夜は目を輝かせると喜んだ。
「本当ですか!?」
(以前と違う展開だわ…!以前はただ褒められただけだったのに、今回はなぜか話したがっている…!?)
美夜は驚きながらも嬉しそうだった。
『勿論!明日、来てくれるみたいなの!』
「えぇ…!緊張するなぁ…!」
美夜は本当に緊張した様子で言うと、モデルに会うという事もあってか髪型をチョンチョンと触りながらも気にする。緊張した様子の美夜にヒナツの笑い声が聞こえた。
『大丈夫大丈夫!結構気さくな人よ?!』
ヒナツの言葉に美夜は目を丸くした。
「本郷さんのお知り合いなんですか?」
『ええ。だから安心して、白原さんは明日来なさい!』
ヒナツの心強い後押しで美夜は深呼吸し、それから自信を持った笑顔を見せて「はい!」と返事するのであった。
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