過去からの暗号文

第三話 1

 誰にだって地雷というものはある。私にだって先さんにだってそれは当然に。

 私はたぶん他人よりもそういうことに気を付けている方だと自分では思っている。

 なにせ自分が特大の地雷を抱えているのだから。

 とはいえたとえ注意していたとしても踏んでしまうことがあるのが地雷というものなのだ。

 今回私が踏んづけたのもそんな地雷のひとつだった。


 いつも通りの教室でいつも通りの文芸部の部活動。そのはずだった。

 小説を書いている私と、そこから少し離れて座って本を読む先さん。

 ときどき話しかけてくる先さんの相手をしながら益体もない小説を書き続ける。

 そんな光景もすっかり日常になりつつある。

 だからこそ油断をしてしまったのかもしれない。 


 何を話しているときだったのかはよく思い出せない。

 たまたま話の流れでどこに住んでいるのかを話すことになったとかそんな流れだったと思う。

 先さんの暮らしについてちょっと質問した……、その質問が地雷を踏んづけることになるとも知らずに。

「言ってなかったっけ」と先さんは言った。

 珍しくほんの少し視線をそらしている。


「私、いろいろ有って両親とは縁を切っているんだ。今は……、伯父さんが保護者ってことになってる。あんまり迷惑かけられないから、一応自分で働いて一人暮らししてるんだけどさ」

 まあそれでもそれなりに負担にはなってると思うんだけどさ、と言って先さんは笑った。

 感情が伴っていない、無理に笑っているようなそんな笑い方だった。


 自分が先さんにそんな表情をさせてしまったことに思わず愕然としてしまう。

 その反応を見た先さんがさらに気まずそうに目線を泳がせ、結果二人で押し黙る羽目に陥った。

 我ながら失策続きで嫌になる。

 何か話題を変えなければと視線を彷徨わせる。


 とは言え教室には何もない。

 並ぶ机と椅子。黒板。掲示されているプリントたち。部活用のロッカー。

 ……部活用のロッカー?

 そういえばあれがあったな。

 先さんに断りを入れて席を立つとロッカーに向けて歩き出す。


 文芸部用のロッカーの中には大したものは入っていない。

 いつもは私のノートが入っているのだけれどそれもいまは机の上に……、しまった油断していた。

 思わず机の方を振り返るけれど、先さんは不思議そうにこちらを見るだけ。

 本人も前に行っていたけれど、本当に私の小説を無理に読もうとする気はないらしい。

 

 安心してロッカーに向き直る。

 中に入っているのは過去の文芸部の遺物ばかりだ。

 そのうちの部誌のバックナンバーに眼をやる。

 北高校では文化祭と体育祭が一年おきで交互に行われており、文化祭の時には文芸部も部誌を出す。

 去年は文化祭だったので、私も部誌によくわからない小説もどきを書いたりしたものだ。


 今回探していたのは去年の部誌ではない。第一私の小説もどきなんて見せる価値はないだろう。

 ロッカーの奥の部誌の山を漁って3年前の部誌を引っ張り出す。

 席に戻りながらページを手繰る。確かこの辺りに……。

 先さんの前に座りなおすと目的のページを開いて差し出した。

 

「これ、私が入学する前の部誌なんですけど……、ちょっとよくわからない暗号が載ってて。もしよかったらなんですけど解くのに協力してもらえませんか」

「暗号……、なんで私に?」

「私が小説を書いていることを見破った件とか、井坂君の文通の件とか、先さんまるで名探偵みたいだなって思ってて……。

 この部誌の暗号は卒業した先輩から、いつか解かれないといけない暗号だって言われていたので、もし先さんに協力してもらえれば私の代で解けるかもしれないって……」


 急にこんな話をされて先さんはちょっと驚いた様子だ。

 軽く目を見張っている。

 ただ話題を変えたいと思っていたのは先さんも一緒だっただろう。

「いいよ。やってみようか」と言ってくれたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る