第94話 選択の朝と、再びの羞恥
目を覚ました瞬間、私は自分がまた紙おむつを当てられ、幼児用のロンパースに包まれた姿であることを強烈に自覚した。昨日は自分で選んだパンツを履いて、少しだけ大人になれたと感じたはずだった。それなのに、夜が明けてみれば、私はまたいつもの赤ちゃん扱いに戻っていた。
(……やっぱり、私って、何も変わってないんだ……)
胸がじんと痛む。自分で決断したつもりだったのに、夜にはまたオムツを自分から望んでしまった。その事実が、自分自身の弱さや情けなさをこれでもかというほど見せつけてくる。
「つーちゃん、おはよう!」
奈々お姉ちゃんが無邪気に近づいてきて、明るい声で私を迎える。まだ3歳のはずなのに、いつの間にかしっかりとした口調になり、『お姉ちゃん』という役割を完璧にこなすようになっていた。小さな手が、私の背中を優しく撫でてくれる。その温もりが私の中の羞恥をさらに強くした。
「お姉ちゃん、おはよう……」
私は小さな声で応え、目を逸らした。奈々お姉ちゃんと母に守られる安心感と、それに伴う自分の無力感との間で気持ちは揺れ動いている。
「つばさ、そろそろ着替えましょう」
母が穏やかな声で言いながら、ロンパースのスナップを手際よく外していく。おむつを外される瞬間、いつもながら胸の奥がざわついた。
「いっぱい出てたね、つばさ。偉かったね」
「……うん」
母は優しく微笑むが、その笑顔の中に、昨日の出来事に対する戸惑いが微かに見え隠れしている気がした。いつものスポーツ用の下着とは全く違う、幼児的なパンツを私が自分で買ってきてしまった──母はきっと私に大人としての自覚を取り戻してほしいと願っているだろう。それを知りながら、私が選んだのは、幼すぎるパンツだった。
「つばさ……今日はどっちにする?」
母の声がわずかに緊張している。普段通りのスポーツ用下着か、それとも昨日買ったばかりの幼いパンツかを私に問いかけていた。母の内心ははっきりと分かる。スポーツ用の下着を選んでほしい──それが母の本音だった。
私は一瞬だけ迷った。昨日履いた『うさ耳アップリケのドット柄パンツ』の柔らかく甘い感触を思い出す。それは確かに大人らしいと思って選んだはずだったけれど、よく考えれば、それはどう見ても幼児のためのデザインだった。
迷った末、私はゆっくりと口を開いた。
「……いちごのラメ入り……パンツ……」
それは、昨日履いたものとはまた違う幼児的な柄のパンツだった。自分でもなぜそれを選んだのか分からない。大人になりたいと願いながら、なぜか私は、より幼い選択を重ねてしまったのだ。
母の表情が一瞬固まったが、すぐに優しい微笑みに戻った。
「わかった。じゃあ、今日はこれを履こうね」
母は小さく息を吐きながら、私が選んだパンツ──白地に赤いラメが縁取られたいちご柄、腰回りには繊細な透かしフリルが施された、明らかに幼すぎるデザインのパンツを丁寧に履かせてくれた。
(……ああ、また選んじゃった……)
自分で望んだ選択なのに、私は履かせてもらいながら後悔に近い感情を覚えてしまった。スポーツ用下着を選べば、少しでも母の期待に応えられたはずなのに──そう思いながらも、この幼すぎるパンツを選ばずにはいられなかった。
「つばさ、とっても似合ってるよ」
母は優しい声で褒めてくれた。私は微かに笑みを返したが、その言葉がさらに胸の痛みを強くする。自分がどんどん幼くなっていくような感覚が、胸を締めつけるほど強烈に襲ってきた。
着替えが終わり、体育館に向かうために家を出た。普段と変わらない道を歩きながら、私は自分の選択に対する羞恥と不安が止まらないことを自覚していた。
(今日の練習、大丈夫かな……昨日のとはまた違う柄だけど……)
ふと、体育館でのロッカールームの情景が頭をよぎった。いつも通りチームメイトと並んで着替える時、この幼すぎるパンツを見られてしまったらどうしよう──その不安が全身に広がり、足取りが重くなる。
(でも、もう引き返せない……私が自分で選んだんだもの……)
体育館に近づくにつれて、私は胸の奥に膨らんでくる羞恥心と闘いながら歩いていた。今さら引き返せないことは分かっている。すべて自分が選んだことなのだ。
私は体育館の扉をくぐり、中に入った。ロッカールームの前に立つと、心臓が再び強烈に鼓動を刻み始める。自分の選んだ幼いパンツが、スポーツ用の短パンを履いた時にどれだけ浮き上がってしまうのか──そのことを思うだけで、手が震えだす。
(……もう、後悔しても遅いよね……)
私は深呼吸をひとつして、ロッカールームの扉を開いた。チームメイトたちの明るい声が、遠くから聞こえてくる。
私の足取りは重く、まるで鉛を引きずるようだった。着替えの時間が迫っていることが、逃れようもない現実となって私の前に立ちはだかる。
それでも私は自分の選択に責任を持とうと、震える指で短パンを手に取った。幼すぎるパンツの存在を隠せるかどうかは分からない。だけどもう、このまま進むしかないのだと自分に強く言い聞かせながら、私は震える手で着替えを始めた。
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