第93話 帰宅、妹と母の驚愕
家の前に立った時、私は心臓が喉から飛び出そうなほど高鳴っているのを感じていた。両手に抱えた紙袋には、ついさっきまで決して買うはずのなかった、幼く可愛すぎるパンツたちが詰まっている。その存在が、今の私にとっては何より大きく、何より頼もしいものに思えてしまう。
(私……これでいいんだよね……)
心の中で何度も問いかけながら、震える指先で玄関のドアノブをゆっくりと回した。
「つーちゃん、おかえり!」
開けた瞬間、奈々お姉ちゃんがいつものように駆け寄ってきて、満面の笑顔で私を抱きしめてくれる。わずか3歳の小さな腕が、今の私にはとても大きく、暖かく感じられる。
「……ただいま、お姉ちゃん」
自分よりもずっと幼いはずの奈々を『お姉ちゃん』と呼ぶことは、まだどこか胸に引っかかるものがあった。それでもその呼び方に慣れてしまった自分がいることに気づき、心の中に複雑な感情が絡み合う。
母も奥から穏やかに微笑みながら出迎えてくれた。
「おかえりなさい、つばさ。今日も練習、お疲れ様」
「うん……」
私は曖昧に微笑み返すだけで、言葉を続けることができなかった。母の笑顔を見ると、紙袋の中身を伝えることへの勇気が急激にしぼんでしまう。
「さあ、つーちゃん。着替えようね」
奈々お姉ちゃんが、私の手を引いて部屋へと誘導する。最近では毎日こうして、奈々お姉ちゃんが私の練習着を脱がせ、ロンパースと紙おむつに着替えさせるようになっていた。最初は戸惑いもあったが、最近ではすっかりそれに馴染んでしまい、むしろその安心感を求めている自分がいることにも気づいていた。
(でも今日は……)
緊張が再び胸の中で膨らみ始める。今まではスポーツ用の下着を脱がせてオムツに当て替えられるのが日常だったけれど、今日は違う。私の下半身には『うさ耳アップリケのドット柄パンツ』が履かれている──それを見られた時、奈々お姉ちゃんはどんな反応をするだろうか。
練習着をゆっくりと脱がされる間、私は息を詰めてその瞬間を待っていた。そして次の瞬間、奈々お姉ちゃんが私の短パンを下ろし、下着を見た途端に動きを止めた。
「あれ……?」
奈々の小さな手が固まり、不思議そうにパンツをじっと見つめている。明らかに驚いた表情を浮かべる奈々の顔が、私の胸を不安で締めつける。
「つーちゃん、これ……パンツ? 朝のと違うよ……?」
「あ……えっと、それは……」
私は口ごもったまま、顔が熱くなるのを感じた。こんなに幼いパンツを履いて帰ったことを説明できるわけがない。奈々はすぐにそのことを母に伝えようと駆け出した。
「ママー! つーちゃんがね、いつものと違うパンツ履いてるよ!」
母はすぐに部屋にやってきて、私の下着を目にした瞬間、はっと息を呑んだ。母の表情が一瞬にして複雑に変化し、その目には明らかな戸惑いと、それ以上の危機感が浮かんでいた。
「つばさ、それは……?」
「ご、ごめんなさい……あの……私、勝手に買っちゃって……」
思わず目を逸らし、私は震える手でそばに置いた紙袋を掴んだ。
「ほかにも……あるんだ」
母の前に残りの5枚のパンツをおずおずと差し出す。うさ耳にくま刺繍、いちごラメにユニコーン、チェリーリボンにぴよ──幼すぎるデザインが並んだそれらを、母は驚きを隠さずに見つめた。
しかし、次の瞬間、母は明らかに戸惑いながらも、ゆっくりと微笑んだ。
「可愛いね……つばさが選んだんだね」
「うん……ごめんなさい、こんな幼いの……似合わないの分かってるけど……」
母の言葉に、私の胸の奥が熱くなった。否定されるどころか、母は私の選んだパンツを認めてくれた。そのことが、涙が出るほどの安堵感をもたらした。
「奈々も、これ可愛いと思うよ。つーちゃんが好きなら、いいよね?」
奈々お姉ちゃんも少し引きつった表情を見せつつ、それでも私を否定しないでくれた。その優しさが私の心をさらに緩ませ、思わず鼻の奥がツンと痛くなった。
「つばさ……今日はどうする? おむつ、当てる? それとも……」
母が慎重に問いかけてくる。その問いに私は少しだけ戸惑ったが、結局、小さく頷いた。
「……オムツ、当ててほしい」
結局、私は自分で『大人のパンツ』を選んだはずなのに、その日の終わりにはまた紙おむつを選んでしまった。奈々お姉ちゃんの小さな手に優しく導かれ、再び紙おむつとロンパースに包まれると、安堵感とともに微かな自己嫌悪が胸をよぎった。
(やっぱり私は、まだ赤ちゃんのままなのかな……)
その晩、布団の中でパンツを選んだ自分の行動を振り返った。自分は成長したはずだったのに、結局またオムツを選んでしまった──その矛盾した思いが心を苦しくさせる。
それでも母と奈々お姉ちゃんに受け入れてもらえたことは、私の中で大きな支えになっていた。
(明日は……ちゃんと選べるかな……)
私は小さく息を吐き、閉じた瞼の裏にあのパンツの可愛い柄を思い浮かべたまま、ゆっくりと眠りに落ちていった。
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