20. 一難去ってまた一難です
砦の前で待機していると、暫くして重厚な門扉がギギギ……と開いた。その奥から次々現れたのは甲冑の騎士たち。全部で二十人程だ。その先頭に今回の指揮官レゼク様がいる。
事前の打ち合わせでは、王宮から魔法師が一人派遣されると聞いていた。
厳つい騎士に混じって、一人だけ青いローブの男性がいる。彼がその王宮魔法師だろう。
僕はローブの魔法師を見て、ひそかに安堵した。良かった、全然知らない人だ……
レゼク様という前例があったので、王都からやってくる魔法師が知り合いだったらどうしよう……と不安だったんだよね。
ほっとしていると、レゼク様がわざわざこちらにやってきて、声をかけてくれた。
「ギルドの協力に感謝する。君達の働きには期待しているから頼んだぞ」
「足手まといにならないように、頑張ります!」
レゼク様の淡々とした挨拶に、丁寧に一礼を返す。事務的な態度には、一切の私情は見られない。レゼク様らしい、と思う。
戦闘において指揮系統の遵守は重要だ。ラーシュもそこは弁えているようで、無言で頭を下げた。
「出発する」
レゼク様の合図で、王宮魔法師が懐から水晶のような石を取り出した。星を閉じ込めたかのようなその輝きに、僕は思わず感嘆の声を上げた。
「わぁ、良い魔石……」
「すげえ高そうなやつだな」
ラーシュと小声で囁きあう。その間も、僕の視線は魔石に釘付けだ。
石の内側で魔力がキラキラ輝いているのは、純度が高い証拠だ。国家所属ともなれば、あんなアイテムを贅沢に使えるらしい……ちょっと羨ましい。
王宮魔法師は、魔法を展開しながら魔石をかざした。彼はここにいる全員の転移を担当する。だが、地竜のいる森に全員連れていくには大量の魔力が必要だ。
よって、転移魔法は純度の高い魔石で補完し、自分の魔力は討伐のために温存しておくのだろう。
やがて、僕らの足元に巨大な魔方陣が出現し、一際強い光を放って、ふっと消えた。
直後、僕らは深い森の中にいた。
────斥候と合流し、速やかに目標地点へと移動する。なるべく物音を立てず、僕らは黙々と行軍した。
それにしても森の中がやけに静かだ。
鳥や虫の声がしても、すぐに途切れてしまう。生き物たちが何かに怯えているような────奇妙な静寂。
何となく胸騒ぎを覚えて、落ち着かない。だが微かな不安は、目的地に到着した事で意識の底に沈んだ。
「着いたぞ、地竜の巣だ」
レゼク様の合図で、全員が足を止めた。
森が途切れ、その奥に赤茶けた大きな岩場が姿を見せる。目を凝らすと、窪みになった岩場の中央に、十匹ほどの地竜がたむろしていた。
馬より一回り大きい。褐色の鱗に覆われた巨大蜥蜴──地竜は、おそろしい見た目の割にさほど脅威ではない。
ただし、獲物を求めて村を襲う事があり、増えすぎる前に討伐して数を減らすべき、とされていた。
口から魔獣特有の青い炎をチロチロと吐きながら、地竜は思い思いに休んでいる。淀んだ空気が漂い、日が高いのに薄暗さを覚えた。
僕は改めて自分の周囲を見回した。これだけの面子が揃っていれば、そうそう遅れは取らないだろう。緊張を逃がそうと、深く息を吐く。
騎士が静かに持ち場についた。一呼吸置いて、後方に控えていた王宮魔法師が、青いローブを翻して雷撃の魔法を放つ。
それが戦闘開始の嚆矢となった。
カッと白い光が迸って、耳をつんざくような轟音が響き渡る。雷に巻き込まれた数匹の地竜が、焦げた体を晒して動かなくなった。絶命した魔獣は、血痕だけを残し、紫の靄となって跡形もなく消えてしまう。
跳ね起きた残りの魔獣が、警戒するように周囲を睥睨した。だが、彼らが僕達を発見した時には、すでに騎士達が襲いかかっていた。
一匹、二匹と魔獣が倒れていく。ラーシュは見事な剣さばきで着実に仕留めていった。向こうでは、レゼク様が部下に指示を飛ばしながら、地竜を屠っていくのが見える。
形勢不利を察したのか、奥にいた一匹が、エラのように突き出た部分をカタカタ……と執拗に鳴らした。
威嚇のようなその音こそ、鳥の魔獣を呼び寄せる合図だ。程なく、木々の上から中型の鳥の魔獣──虚鳥が姿を現した。
暗い灰色の翼を羽ばたかせ、青白い光を放つ目で下界を見下ろす虚鳥の群。彼らは、人間達に狙いを定めるように上空を旋回した。
数はそう多くない。一、二、三……五羽。僕だけでも何とかなりそうだ。
「虚鳥は僕が対応します、お任せください!」
「頼んだぞ!」
僕に応じながら、王宮魔法師は地竜に雷撃を放った。閃光が迸り、直撃した地竜が吹き飛ぶ。それを横目で見ながら、僕は魔力を練り上げた。
魔法の完成と共に、腕を一振りして、風の刃を空中に放つ。不可視の刃は、群れの先頭にいた虚鳥に肉薄、音もなく魔獣の頚をスパッと切断した。
次いで、その横にいた一羽の翼を切り裂く。
ギャアッという断末魔が響き、灰色の羽根が舞う。飛べなくなった魔獣が、真っ逆さまに地上に落ちて絶命し、毒々しい紫の霧になって消えた。
続けて風魔法を数回、上空に向けて放った。地上の騎士に近づけさせるものか、と気合いを入れる。
続けて、残り三体のうち、二体を叩き落とす。
気づけば、騎士団やラーシュ、王宮魔法師の奮闘で、主たる討伐目標だった地竜のほとんどが片付いていた。最後に残った虚鳥は暫く上空に留まっていたけれど、敗北を悟ったのか、諦めたように遠くへ去っていった。
「終わったようですね……」
「お疲れさま。マール君と言ったっけ。君、若いのにいい腕してるなぁ。在野にしておくのはもったいないね」
「あの、ありがとうございます……」
王宮魔法師に直々に誉められて恐縮する。彼は笑って、「じゃあ、おれは副官と帰還の打ち合わせがあるから」と片手を上げ、返り血を拭うレゼク様の所に行った。
ハーネでの最後の依頼が、無事終わった。ほっとしたような、寂しいような複雑な気分だ。
疲れがどっときて、深呼吸する。顔を上げると、ラーシュが「お疲れさん」と手を振りながら、こっちに歩いてきた。
彼はあれだけ動いてたのに、相変わらずピンピンしている。体力オバケは健在だ。いつもと変わらないラーシュに何だか気が抜けて、微笑み返そうとした、その時だった。
ゾッとするような凶悪な気配に、全身が総毛立つ。
「黒獅子だッ!!!」
刹那、森から飛び出してきたのは、巨大な黒い獅子───高位ランクのおそるべき魔獣だった。
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