19. 最後のお仕事がんばります
騎士団との魔獣討伐は、十日後に決まった。
それはそれとして。
砦の副官レゼク様は、激務の合間を縫って、僕のところに毎日通いつめていた。なおかつ手土産も欠かさない。それも、菓子とか小箱とか、毎回違うものを持ってくる。
意外にマメだなぁ……
毎日会えば、何となく分かってくる事もある。例えば、無表情だと思われた彼の瞳に、うっすら熱のようなものが宿っている事とか、僕が笑いかけると眩しそうに目を細める事とか。
そういう諸々に気づいてしまえば、いかに鈍感な僕といえども、彼の恋を認めざるを得ない。……相手が僕だというのが、いまだに信じられないけど。
実際、レゼク様は、とても誠実な方だと思う。弱みにつけこんで無理やり結婚を迫ったりしないし、あくまで紳士的に会いに来るだけだ。
ただ、僕としては、やはり求婚に乗り気ではなかった。やっとの思いで手に入れた自由。もう少しで手に入りそうな、魔法師としての独立。
それらを今更手放すなんて……と思ってしまうのだ。
早く断らなければ……そう焦る一方で、チャンスがほしいと切実に願った相手に、たった数日で「やっぱり無理です」とは言いにくい。タイミングが難しい。
でも、彼なら僕を大切にしてくれるんだろうな、と確信するくらいには、レゼク様はどこまでも生真面目だった。
道具のように扱われていた僕に、これほど愛情を傾けてくれる存在がいた、という事実にも少し救われた。
僕はどうしたらいいんだろう。恋愛初心者にはハードルが高すぎる。自分で対処すると言ったからには、フローラさんにも相談できない。困った。
──もう一つの問題は、ラーシュがレゼク様を威嚇しまくってる事だ。彼は、レゼク様が来る度に、僕にピタリと張り付いて、ガウガウと噛みつきそうな目で睨む。
「番犬みたいね」とフローラさんは笑ってたけど、僕は全く笑えない。なんせ彼らは、どちらが僕を送るかで揉めて、決闘で決着をつけようとしたのだ。イカれた男共に挟まれる身になってほしい。
僕にべったりくっついて邪魔する男を、レゼク様が快く思う訳がない。かくして二人はいっそう犬猿の仲。
正直に言う。こいつらちょっと面倒くさい。
カランコロンとドアベルが鳴った。扉を開けると、長身の騎士──レゼク様が立っていた。今日で彼が来るのは、連続六日目。
相変わらず修行僧のような空気を放ち、甘ったるい空気は皆無な無表情である。けれど、彼の茶色の瞳が、僕を見つけて僅かに緩んだ。
だが僕の隣には、剣呑な面持ちで待ち構えたラーシュが張りついている。帰れと言っても、彼は頑として聞かない。雷親父も驚く頑固ぶりだ。
「また来たんですか。騎士様って暇ですね」
「貴様もな」
嫌味を言うラーシュを睥睨して、レゼク様は「これは君に」とかわいらしい包みを差し出した。
「えぇと、ありがとうございます……」
「何だよそれ」
包みを一瞥して、ラーシュはげっそりしている。それはそうだ。いかにも女の子が好きそうな、かわいらしい包みだから。
確かにこの贈り物は、危ういかもしれない。今周囲に性別がバレたら非常に困る。一応、釘刺しておかないと……
注意を促そうと口を開きかけたが、先に、ラーシュが腹立たしげに抗議した。
「こいつは男だぞ。あんたいい加減にしろよ」
「男だろうが女だろうが関係ない。私とマール殿の関係に口を挟まないで貰おうか」
「あ?」
ガンを飛ばすな。ラーシュの服の裾をぐいっと引いて押し留め、僕はニコリと笑った。
「レゼク様、贈り物は十分頂きました。うちには食べきれなかった菓子がまだ残っておりますので、これ以上は頂けませんが、お心遣い感謝いたします」
「……そうか」
「あと、やっぱり女の子っぽすぎる物の扱いにも……少し困ってしまうんです」
「承知した」
丁寧に礼を言いつつお断りすると、レゼク様が軽く目を伏せた。何となくションボリしている。少し心が痛む。
レゼク様は不器用だけど、一生懸命だ。誠実だし、表情のない鉄仮面だが、それ以外に欠点らしい欠点もない。
彼は、伏せていた茶色の瞳を上げて、僕を真っ直ぐに見た。
「会えて良かった。多忙なので、これで失礼する」
騎士は静かに踵を返した。その背中に、ラーシュは思い切り舌を出す。対照的だな……思っていると、じっとりした視線が僕に向けられた。
「お前、絆されてんじゃねえぞ……」
「そんなんじゃないですけど……」
苦い顔をしているラーシュに、つい眉を下げる。レゼク様は本当にいい人だから、対応に困ってるだけで別に絆されてはない、と思う。
いや、実は絆されてるのかな……うーんよく分からなくなってきた……
「はぁ……何であいつなんだよ。かわいい女の子にしとけよ。そんなら俺だって……」
「…………?」
「くっそう、何でもねえよ! お前がかわいくて、危なっかしいのが悪い!!」
ラーシュは怒った顔をして、僕の頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜると、プンスカしながら出ていった。別に僕はかわいくないと思うけど。ラーシュもレゼク様も、ちょっと目がおかしい。
そんなこんなで十日が過ぎ、とうとう魔獣討伐の日がやってきた。ハーネで受ける仕事は、今回で最後。頑張ろう。
早朝に準備を整え、気合いを入れていると、予想外の人物がうちにやってきた。
「……よお」
「ラーシュ、どうしたんですか?」
ポカンとしていると、「ギルドに頼んで俺も加えて貰った」と彼は言う。
「最近、弱い魔獣が増えた地域で、高ランクの魔獣が出没する事があるんだ。念のため俺も参加した方がいい、とギルドを説得した」
「それは初耳ですね。でも騎士団がいますし、今回の討伐は地竜ですが……」
地竜とは、大型の蜥蜴のような魔獣だ。動きが鈍く、数がいても手強い相手ではない。
ただし地竜には、敵に攻撃されると鳥の魔獣を呼び寄せる習性がある。空からの攻撃は少々厄介だ。そのため、風魔法が得意な僕に依頼が来たってわけだ。
「いーからいーから。念のためだろ、ほら行こうぜ」
「痛いですって」
バン、と背中を叩かれて、思わずよろめく。馬鹿力。だけど──最後の最後で、ラーシュと一緒に仕事できるのは、純粋に嬉しい。違う街に行ったら二度と会えないだろうから。
呪文を詠唱し、魔方陣を開くと、足元で青白い光が舞う。その一瞬の後、僕らは堅牢なガラナ砦の、鉄錆びた門扉の前に立っていた。
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