第三話 神崎大三郎という人


スカートをひらめかせて女が私の前に躍り出た。そしてスカートの裾をつまみ上げ、穏やかで優雅な礼をした。


「歓迎いたしますわ、神崎あやめさん。わたくしはこの学校の生徒会長をしているマーガレット・ストレヴァーですわ」


マーガレットはきらびやかなかんばせに微笑みを浮かべると私の両手を取る。


「留学も決まったことですし、早速ご自宅に参りましょう。この学校は全寮制ですし、暮らすには荷物が必要でしょう?」


校舎を飛行船なんてものにしている時点で大方察しはついたが、やはり生徒はこの船に乗りっぱなしらしい。留学生になると宣言してしまったことだし、と諦めてマーガレットに身をゆだねる。


「マーガレット・ストレヴァー、地上に参ります。『出発魔法シベスティン』」


ふわりと体が浮いたと思ったら、そのまま重力に従って物凄い勢いで落ちていく。覚悟はしていたが衝撃が強い。マーガレットの両手を強く握りしめる。薄らと瞳を開けると、飛行船がどんどん遠のいていく。


(どういう仕組みなんだ、あれ)


一度目よりは冷静でいれた。特に失敗することもなく、マーガレットはスマートに地面へと降り立った。先ほどまでいた丘の上ではなく、住宅街のど真ん中。顔を上げると見慣れた門扉があった。


「……あ、私んち?」

「ここがあやめさんのお宅ですのね。素敵なお屋敷ではありませんこと」


着地したのは元居た場所でなく私の住む家の前。空から降りてきたところをもし見られていたら変な目で見られると思ったが、周囲に人はいなかった。


「どうぞ」


門扉をくぐり、前庭を通る。玄関の扉を開けて、「戻りました」と声をかけると、落ち着いたトーンで出迎えの声が聞こえた。


「すみません、井川さん。お茶を淹れてくれませんか」

「はいはい。……あら、あやめさん、お友達ですか?」


廊下から顔を出した井川清子いかわきよこさんが、マーガレットの姿を見て目を丸くする。友達というか、知り合いというかと口をまごつかせているとマーガレットが自己紹介をした。


「マーガレット・ストレヴァーと申します」

「どうも、初めまして。家政婦の井川です」

「えっと、井川さん。お祖父さまは?」

「お部屋にいらっしゃいますよ」


井川さんは私が生まれたときから住み込みで家政婦をしてくれている。生まれて初めて私が連れてきた友達に嬉しそうな顔をしているが、その女とは一時間ほど前に初めて会ったばかりだと言ったらどんな顔をするだろう。井川さんにマーガレットを任せて自室に荷物を置き、さらに奥まった場所にある祖父の部屋の前で立ち止まる。


「お祖父さま、少しいいですか?」

「……あやめか。どうした、客か」

「ええと、魔法学校ファンタジア・イテルの生徒さん……です?」


自分で言っていて緊張してしまった。寡黙な祖父との距離感はいつまでたってもつかめず、いまだに敬語を使ってしまうくらいなのに。魔法学校なんて現代ではおよそ聞かない単語を現実主義の祖父に話すのは、口から心臓が飛び出そうなくらい緊張した。


「そうか……では、ケイシーには会えたんだな」

「はい、会いました……」


祖父の口からケイシーの名前が出てきて安堵すると同時に、障子が開いた。中から出てきた祖父の顔はいつもより険しさがなくなっている気がする。


「お前がファンタジア・イテルの生徒を連れてきた、ということは、留学するということでいいんだな」

「はい……あの、お祖父さま。どういうことか説明していただけませんか」


ケイシーやマーガレットの説明だけでは理解できない。祖父は腕組みをして考え込んだ後、自室に飾ってあった写真立てを見せてくる。それはケイシーに見せられたものとまったく同じ写真だった。


「……私も、かつては魔法学校にいた。お前は信じられないだろうがな。」

「お祖父さまとケイシー……学園長は、同級生だったんですよね」

「そうだ。民子たみこ……ばあさんと会ったのも、魔法学校でだった」


初耳だった。他界してしまった祖母と祖父の出会いを今まで聞いたことはなかったけれど、その穏やかな微笑みが嘘でないことを物語っていた。お墓参りで祖母の眠る墓石に向ける微笑みとそっくりだったから。


「あの魔法学校は、いいところだ。あそこなら、お前もきっと笑顔になれる。だからケイシーにお前を任せることにした」

「それで私は、あの飛行船に?」


祖父が頷き、写真立てをもとに戻した。


「客人と話している。準備をしなさい。ファンタジア・イテルは、楽しいが少々大変でもある」


客間に向かう祖父を尻目に、私は自室に戻った。押し入れから使っていないボストンバッグを引き摺り出して、その中に服や小物を詰める。少し迷ったけど、高校のテキストは持っていかないことにした。苦い思い出しかない高校を引きずるのは嫌だった。


「……魔法学校かあ……」


今、まさに私の人生は変わろうとしているのかもしれない。でもその予感も、実感も、私にはぜんぜん湧かなかった。六畳の和室に家具と使わない物が残された。


「そうだ、お祖母ちゃんに挨拶しないと」


昔、祖母が使っていた部屋に仏壇が置いてある。その前に正座して、穏やかに微笑む祖母の写真を見つめた。


「お祖母ちゃん。私、これから魔法学校行ってくる。よくわかんないけど、お祖父さまがいいところだって言ってたし、大丈夫……なのかな」


記憶の中の祖母はいつも優しかった。あの人も魔法学校にいたのだと思うと、少しだけ魔法学校が楽しみになるような気がした。


「魔法とか意味わかんないけど……この喉が、普通に戻るかもしれないんだって。だから、行ってくる。行ってきます」


祖父の写真に頭を下げて、ボストンバッグを持って客間へ戻る。祖父とマーガレットが談笑していた。


「ああ、あやめさん。もう準備はお済みですの?」

「はい。これで全部です」

「それでは、飛行船に戻りましょう。大三郎さん、ご馳走様でした」

「孫をよろしく頼む。あやめ、気を付けていってきなさい」


祖父に挨拶をして、井川さんに留守を伝える。マーガレットと一緒に家を出た。


「素敵なお祖父さまですわね」

「……いい人だとは思います。厳しいけれど、優しいから……」


祖父の気遣いに感謝しておくことにして家を後にした。

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