第二話 声が出ないのはどうして



わからないことが多すぎて矢継ぎ早に質問を浴びせてしまう。ケイシーはそれに嫌な顔一つしないでにこやかに答えてくれた。


「まず、この飛行船から説明しましょう。この飛行船は、魔法学校ファンタジア・イテル。世界を旅する移動型の魔法学校です!」

(……学校?)


声に出しておうむ返しをしたつもりが、口が軽く動いただけで終わった。全身から温度という温度が抜け落ちて、体が一気に冷えていく。ここが学校ということは、すなわち私は……声を出せない、ということで。


「全校生徒は百二十二人。あなたを合わせて百二十三人ですね」

(……私を、合わせて?)


まるで私がその魔法学校とやらに入学するような口ぶりだった。問い詰めようにも声がでないから、聞くことができない。口をはくはくさせている私を見かねてか、隣で立っていた金髪の女がケイシーの肩を叩いた。


「学園長、この子は……」

「ああ、そうでしたそうでした。学校では声が出せないんでしたね」


ケイシーはなんでもないように言って、その腰に刺さっていた木の棒を抜く。地味だが繊細な装飾が施されているそれを振ると、重厚感あるメモ帳のようなものと万年筆が杖の先端から飛び出てきた。


「応急処置程度ですが、今はそれで会話しましょう」


これも魔法だろうか。ということは、ケイシーが振りかざした木の棒は魔法の杖……そこまで考えて思考をやめた。万年筆を手に取り、メモ帳に文字を書く。


『私が喋れないことも、祖父に聞いたんですか』

「察しがいいですね。そうですよ。」

『じゃあ、私を含めて百二十三人ってどういうことですか』


筆談に慣れていないせいで、時間がかかってしまった。焦って誤字をしてしまうたびに女が「いくらでも待ちますから焦らないで」と言ってくる。それが余計に私を焦らせた。誰かを待つことはあっても、話せない状態で誰かに待ってもらうことは滅多にない。


「あなたをこのファンタジア・イテルの留学生として迎え入れるからです」


私は万年筆を取り落とした。カーペットの上にころころ転がったそれを女がしゃがんで取り上げ私の掌に戻す。


「すでにあなたのお祖父さんの許可は貰っていますよ、ええ。あなたが承諾していただければすぐにでも手続きを始めます」

『そんなの聞いてません。というか、今通っている学校はどうするんですか』


殴り書きになってしまったメモを見せると、ケイシーは口角を上げた。


「大丈夫でしょう。聞いたところによると、声が出ないせいでお友達がいないんでしたね?」


なんでそれを、とケイシーを非難したくなった。今までの文脈からしてどうせ祖父が話したのだろう。意外に口が軽いらしい祖父に呆れることしかできなかった。


「お友達がいないつまらない学校に通うより、ファンタジア・イテルに留学したほうがよっぽど楽しいと思いますよ」

「……」


万年筆を走らせることも、なにかジェスチャーをすることもできなかった。正直、ケイシーの言うことを正論だと思ってしまったから。


(……確かに、このまま高校に通っててなにかあるかって言われると……)


喋らないあやめを気味悪がり、避けているクラスメイトの顔を思い浮かべる。そして目の前にいるケイシーを見た。「迷っていますね」と胸中を言い当てられる。


「では、もう一つ。あなたの背中を後押しする事実を教えて差し上げましょう」


大仰な仕草で人差し指を左右に振ったケイシーが、私の顔を覗き込んできた。


「あなたが学校でのみ声を出せないのは、呪いが原因です」

(……呪い?)

「その様子では呪いが何か知っているようですね」


目で説明を促すと、意図が伝わったのかケイシーが「歩きながら説明しましょう」と移動するよう言ってきた。おもむろに歩き出したケイシーの後ろをついていく。


「あなたは呪われているんです。『学校の中で声が出せなくなる呪い』に」

『そんなピンポイントな呪いがあるんですか』


歩きながら文字を書いたのでがたがたになってしまった。それでもケイシーは正確に文字を読み取り意思疎通を図ってくる。


「あります。魔法はイマジネーション、インスピレーション、そして一握りのセンス。それさえあればなんだってできるのですから」


言い切るケイシーには妙な説得力があった。具体的なことは何一つ言っていないのに信じてみようと思ってしまう。


「そしてこの学校で魔法に触れれば、いつか呪いを解除できます」


……そんな夢のような話、あるのだろうか。

横を歩いていた女の方を見る。女は優しく微笑んだ。


「本当ですわ。呪いも所詮は魔法。解けない魔法などございませんもの」


自信満々に言う女に、私の心に光が差したような気がした。苦しんで、悩んで、原因不明と投げ出されて、諦めたこの喉が治るかもしれない。信じていいのかわからないけれど、そうやって希望を提示された事実そのものが初めてだったから。


「信じていいのか、という顔をしていますね。……信じていいですよ。あなたのお祖父さんが、私を信じたようにね」


くすぶる心の僅かな絶望を吹き飛ばす風が吹いた気がした。私は立ち止まり、はやる気持ちを抑えて万年筆を走らせる。


『じゃあ、留学生になります』


騙されてもよかった。それでも可能性にしがみつきたいと思った。メモを見せられたケイシーが笑みを深くし、女も華やいだ微笑みを浮かべる。


「ようこそ、神崎あやめさん。魔法学校ファンタジア・イテルへ!」

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