告白は一度しか許されない学園~「好き」を伝えられるのは、たった一度だけ~

ソコニ

第1話 たった一度だけの告白権



「告白は、たった一度だけ」


生徒手帳が青く光った瞬間、僕の運命は狂い始めた。


教室中の視線が突き刺さる。羨望、嫉妬、好奇心。でも僕が見ていたのは、たった一人だけ。


詩織の顔が、真っ白になっていく。


「陽太...」


彼女の唇が、僕の名前を紡ぐ。その瞬間、体中の血液が逆流した。心臓が壊れそうなくらい鳴って、でも、それが心地いい。


この感覚を、恋だと認めたくなかった。認めたら、もう戻れない。


「おめでとう」


詩織が微笑む。でもその笑顔は、ガラスみたいに脆くて、今にも砕けそうで。


桜ヶ丘学園には、他の学校にはない特別な校則がある。


『告白は生涯一度だけ』


年に3人がランダムに選ばれ、30日以内に誰かに告白する。成功すれば永遠の絆。失敗すれば——


「藤宮君、生徒会室へ」


担任の声で現実に引き戻される。立ち上がると、詩織がじっと僕を見ていた。


言いたいことがあるような、でも言えないような、そんな瞳。


廊下を歩きながら、僕は気づいていた。


詩織の机の上。いつもは散らかっているはずなのに、今日は妙にきれいに片付いている。まるで——


「失礼します」


生徒会室の扉を開ける。


「藤宮陽太君ね」


氷室冬華先輩。長い黒髪と、影を纏ったような美貌。でもその瞳の奥には、深い哀しみが沈んでいる。


「告白権について説明するわ」


先輩の声が、静かに響く。


「30日以内に告白。成功すれば、お互いの左手薬指に青いインクの跡が現れる。永遠に消えない、愛の証」


「失敗したら?」


「相手の記憶から、あなたの存在が消えていく」


背筋が凍る。でも、それ以上に恐ろしい予感が、胸を締め付けた。


「誰に告白するか、決まってる?」


詩織の顔が浮かぶ。


銀色の髪飾りを揺らしながら笑う詩織。

美術室で絵を描く詩織。

僕のカメラから逃げる詩織。


全部、全部大切で——


「時間は限られているわ」


先輩の言葉に、はっと我に返る。


「使わないという選択肢もある。でも」


窓の外を見つめる先輩の横顔が、どこか詩織に似ていて。


「一生後悔することになる」


教室に戻ると、詩織の姿はなかった。


机の上に、小さなメモ。


『屋上にいます』


走った。階段を二段飛ばしで駆け上がる。


屋上のドアを開けると、春風が吹き抜けた。


詩織は、フェンスにもたれて空を見上げていた。セミロングの黒髪が風に舞い、銀色の髪飾りがきらきらと光る。


「詩織」


振り返った彼女の瞳が、潤んでいた。


「ごめんね、急に呼び出して」


「ううん」


近づくと、詩織の匂いがした。絵の具と、シャンプーと、春の匂い。


「陽太、私ね」


詩織が口を開く。でも言葉が続かない。


「どうしたの?」


「あの、その...」


詩織の手が、震えている。


気づいた。彼女の左手の薬指に、うっすらと青い跡がある。まるでインクで汚したような——


「詩織、それ——」


「陽太!」


詩織が突然、僕の名前を叫んだ。


「私、もうすぐ転校するの」


——世界が、音を立てて止まった。


「え?」


「来週には、ここを離れる」


嘘だと言ってほしかった。冗談だと笑ってほしかった。でも詩織の瞳は、真剣そのもので。


「どうして今——」


今、なんだ。どうして告白権を手に入れた今日に限って。


「お父さんの仕事の都合で、急に決まって」


詩織の声が震える。


「本当は、もっと早く言わなきゃいけなかったんだけど」


言えなかった、と詩織は続けた。


「だって、言ったら本当になっちゃう気がして」


涙が、詩織の頬を伝う。


「ごめんね。ごめんね、陽太」


違う、謝らないで。謝るのは僕の方だ。


どうして今まで、この気持ちに気づかなかった。どうして「幼なじみ」という言葉に逃げていた。


詩織が大切だった。

詩織が必要だった。

詩織を、愛していた。


「でも、きっとまた会えるよね?」


詩織が無理やり笑顔を作る。その笑顔が、ナイフみたいに胸に刺さった。


「約束して。また会えるって」


「詩織...」


「約束、して」


詩織の手が、僕の手を掴む。冷たい手。震える手。


でも僕は、約束できなかった。


だって、告白に失敗したら——


「陽太?」


詩織が不安そうに僕を見上げる。


「うん、約束する」


嘘つきだ、僕は。


でも詩織は安心したように微笑んで、そっと僕の手を離した。


「よかった」


そして彼女は、ポケットから何かを取り出した。


写真だった。去年の文化祭で撮った、クラスの集合写真。


「これ、もらってもいい?」


「もちろん」


「ありがとう」


詩織が写真を胸に抱く。


「大切にするね」


その仕草が、まるでお別れみたいで。


チャイムが鳴った。


「戻ろうか」


詩織が歩き出す。でも僕は動けなかった。


今、言わなきゃ。今言わなかったら、もう——


「詩織!」


振り返る詩織。風が吹いて、桜の花びらが舞い上がる。


まるで時が止まったみたいに、詩織が美しくて。


「なに?」


言えなかった。


「また明日」


「うん、また明日」


詩織が階段を降りていく。


一人残された屋上で、僕は青く光る生徒手帳を握りしめた。


30日。


いや、詩織がいるのは、あと一週間。


時間がない。でも、怖い。


告白して、失敗したら。詩織の記憶から、僕が消える。


それとも、このまま何も言わずに、詩織を見送る?


どっちも地獄だ。


カメラを構えて、散りゆく桜を撮る。ファインダー越しの世界が、涙でぼやけた。


シャッターを切る。何度も、何度も。


まるで、この瞬間を永遠に閉じ込めようとするみたいに。


夜、現像した写真を見て、息を呑んだ。


最後の一枚。無意識に撮っていたらしい。


階段を降りる詩織の後ろ姿。


でも、その姿が半透明に写っている。まるで、もうこの世界にいないみたいに。


「まさか」


写真が手から滑り落ちる。


詩織の左手の青い跡。もしかして、彼女も——


窓の外で、春の嵐が吹き荒れていた。


桜の花びらが、狂ったように舞い散る。


時間がない。


本当に、時間がない。

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