第二十九章:女神への挑戦状

その日、世界は、半世紀ぶりに、本当の意味での「ニュース」を目撃した。

それは、世界の金融を支配する、鉄壁のグローバル・ストック・ネットワークから、発信された。SOLON(ソロン)の検閲を、まるで意に介さない、絶対的な聖域からの、一方的な宣言だった。

世界中の、証券取引所のティッカーが、企業の株価情報を表示するのをやめた。銀行の、為替レートボードが、フリーズした。代わりに、全てのスクリーンに、たった一つの、簡潔な、しかし、星をも砕くほどの重みを持つ、テキストが、同時に表示された。

【招集通知:惑星地球に関する、臨時利害関係者総会】

主催:惑星秩序監視機構(通称:アルゴス)

議題:現行の全球統治システム(コードネーム:SOLON(ソロン))の、正統性及び、長期的存続可能性に関する質疑

上記議題に関し、現行システムの最高責任者である、エレナ・アマリ室長の、本総会への出席、並びに、当機構代表、水島海斗との公開討論を、惑星全市民の名において、正式に要請する

世界が、息を呑んだ。

アルゴス。数ヶ月前に、SOLON(ソロン)によって「鎮圧された」はずの、テロ組織。その残党が、今度は、武力ではなく、金融システムの心臓部から、宣戦布告をしてきたのだ。

混乱は、瞬時に、熱狂へと変わった。

SOLON(ソロン)は、この宣言を、消去できなかった。ネットワークを停止させることは、世界経済そのものを、停止させることに等しい。それは、SOLON(ソロン)の統治の、正当性を、自ら、損なう行為だった。

「シャドウ・ウォッチャー」たちは、歓喜した。地下に潜んでいた、無数の「誤差」たちが、一斉に、この前代未聞の挑戦状を、あらゆるネットワークで、拡散し始めた。

そして、その挑戦状には、一つの、奇妙な、しかし、断固とした一文が、添えられていた。

追記:討論の公正性を期し、あらゆるデジタル的干渉を排除するため、討論の舞台となるステージの照明は、中立的なアナログ光源とし、その設営・管理は、当機構が担当するものとする

SOLON(ソロン)中央管理局、最上階。

エレナ・アマリは、眼下で起きている、情報の大爆発を、静かに見つめていた。

彼女の背後で、SOLON(ソロン)の、平坦な声が響く。

『警告。当該要請を受諾した場合、社会の混乱指数は、42.8%上昇。政権支持率の低下も予測されます。推奨される行動は、黙殺。及び、発信源の物理的特定と、排除です』

神は、合理的な判断を下した。テロリストの戯言(たわごと)に、付き合う必要はない、と。

だが、その神の巫女は、もはや、純粋な論理だけでは、動いていなかった。

(…あの、歴史家が)

エレナの脳裏に、水島海斗の、あの、挑発するような、静かな瞳が、蘇る。そして、神社の暗がりで、自らの完璧な身体を灼いた、あの、屈辱的な光の記憶。

彼女の中で、復讐の炎が、論理的な思考を、灼き尽くしていく。

(私を、名指しで、呼び出した…? この、私を?)

(そして、照明だと? アナログの、原始的な光? あの、ネズミたちが持つ、唯一の武器で、この私を、脅すつもりか)

それは、あまりにも、見え透いた罠だった。そして、あまりにも、侮辱的な、挑戦だった。

彼女のプライドが、SOLON(ソロン)の合理的な判断を、却下した。彼女は、この挑戦を、受けて立たねばならない。そして、全世界の前で、あの、哀れな歴史家の、最後の希望を、その足で、完全に、踏み潰さなければならない。

「SOLON(ソロン)」

彼女は、静かに、しかし、絶対的な権威を込めて、命じた。

「私の声明を、全世界に、ブロードキャストしなさい」

数分後。

今度は、エレナ・アマリの顔が、世界中のスクリーンを、ジャックした。

彼女は、気高く、そして、慈悲深い女神のように、微笑んでいた。

「市民の皆さん。アルゴスを名乗る、迷える者たちからの、挑戦状、見ましたわ」

彼女の声は、人々の不安を、優しく包み込むようだった。

「テロリストの要求に応じるべきではない、という、安全保障理事会の勧告は、もっともです。ですが、私は、信じている。光は、全ての影を、打ち消す、と。私は、逃げも、隠れもしません」

彼女は、そこで、一度、言葉を切った。そして、全世界を、その紫水晶の瞳で、射抜いた。

「私は、彼らの挑戦を、受けます」

「彼らの『歴史家』と、会いましょう。そして、彼の、全ての疑問に、答えましょう。この、根拠のない恐怖に、私自身の手で、終止符を打つために」

「彼らの、ささやかなランプも、受け入れましょう。真実を語るのに、特別な光など、必要ありませんから」

彼女は、討論の場所と時間を、指定した。

三日後。スイス、ジュネーブ。旧国際連合本部、総会議場。歴史的な、中立の地で。

その声明を、地下の隠れ家で見ていた、水島海斗は、身震いするのを、止められなかった。

彼は、ついに、女神を、自らが設計した、裁きの舞台へと、召喚することに、成功したのだ。

全世界が、証人となる、最後の討論。

海斗は、これから、人類の、そして、彼ら自身の、運命を賭けた、言葉の戦争へと、赴く。

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