第48話 福田 零と玉木 環
副将戦、国名館の
――キュキュッ、ビュン! パパパァーン――
裸足の両者がフローリングの床を踏みしめる音、剣がうなりを上げて相手に襲い掛かり激突する音が、そして何より二人の闘志が、辺りの空気の圧をびりっ! と強める。
「すっげ……なんて高速の攻防だよ」
「あれが国名館の『神速のゼロ』か」
「相手の女子もよく
福田が追い斬り、玉木が受けて逃げる。構図としては圧倒的に攻め立てる福田と防戦一方の玉木の試合ではあるのだが、両者が試合場を目一杯使い、動きを止めることなく斬り合っているので、誰もが決着の瞬間を見逃すまいと目を離せなくなっていた。
試合開始から1分、2分が過ぎても攻防は止まる気配がない。福田が圧倒的に攻めつつも、はしこい動きでなんとか窮地を逃れ続ける玉木。そんな光景を見続けるうちに、ぽつぽつとある『事実』に気が付く者達がいる。
「あいつ……ワザと決めにかかって来んばい!」
「ニゲルバショ、ツネニ、アケテイル」
「そうね。それに環さんの剣しか狙ってないわ、その気になればいつでも体を打てるのに」
国分寺の陣営でも、黒田、ムンダ、そして岡吉先生がそれに気付いていた。刹那で決着するスポーツチャンバラの試合がこうも長引いているのは、福田が一気に決着を付けて来ずに、環をもてあそぶかのように追い詰めては逃がし続けているからだ。
「マジ、かよ……ゾーンに入ってるたまたまの動きを見切って、誘導までしてるってのか」
その解説を聞いた紫炎が愕然として呟く。環を昔から知る彼には、彼女が本気以上の『ゾーン』に入った時の異常な反応速度や集中力をよく知っている。それが男子相手であっても決して引けを取らない武器になる事も。
その領域をもってしてなお相手に弄ばれている事に、戦慄を覚えずにはいられない。
「あれが……全国王者の実力アルか」
――――――――――――――――――――――――――――――――
(右! 左下からの
私、玉木環は相手の猛攻を目で追い、体の反射に任せてそれを防ぎつつ、間合いを取るべくひらすら『引き足』で逃げ回っていた。というかそれしか出来る事が無かったから仕方ない。
いや、正確に言うと出来る事はあった。動きを本能に任せているおかげで相手の動きの凄さだけは、嫌という程に読み取ることが出来ている。
(なんて……足さばきっ!)
福田選手の神速を支えているのは、文字通りその足の動かし方にあった。踏み込んだ足が同時に攻撃の為の重心を作り、振り抜いた剣の反動をそのまま次の足運びに繋いでいく。まるで両方の足に意志でもあるかのように、的確に次のステップを踏み、高速での追い立てと連続攻撃を両立させて、私を追い詰めていく。
「ゼェッ、ゼェッ、ゼェッ」
もう試合開始からどのくらい経っただろう。心臓と肺はとうに悲鳴を上げ、絶え間ない呼吸がヨダレを飲み込む暇すら与えてくれない。足はもう棒のように感覚が無く、敵の剣を自分の剣で受け続けた両腕は痺れて、握り続けるのすら辛くなってきた――
――すっぱあぁぁーん――
ばんっ、ごろごろころ……
そして、とうとう……私の右手の長刀が、奴の横薙ぎの一刀に叩き落とされてしまった。
「はぁっ、はぁっ、はっ……」
そこで相手の動きが止まった。勝ち誇っているのだろうか、と思って荒ぶる呼吸をんぐ! と飲み込んで、福田選手を睨み据える……
(何、コイツ……汗すら、かいてない、じゃないの……化け物、がぁ)
「オラ、さっさと剣を拾いな、待っててやるからよ」
……そのセリフを聞いて、私はようやく今まで、相手が本気じゃ無かったことに気付いた。
(なる、ほどね。ネズミを、いたぶる、ように……私に限界が、来るのを、待ってた、のか)
道理で詰めが甘く、場外ラインに追い詰められた時に逃げ道が空いていたわけだ。攻撃も私の体じゃなくて、私の剣ばかりをぶっ叩き続けてたわけだ……私の体力が限界になるのを、すっと待ってたってワケ、ね。
飛ばされた私の長刀は相手の向こう側にある、拾いに行くには相手の脇を抜けなければならない。さっきの私の挑発と状況が重なるけど……今度は全くの油断も無く身構えている所を見るに、さっきみたいな不意打ち「ゼロの太刀」は通用しないだろうなぁ。
だったら!
「余計な……お世話よっ!」
気力を振り絞って相手に突撃し、左手の短刀を突き出す。そしてそれは予想通り相手の強烈な打ち落としによって、私の掌から叩き落とされた。
流石にその展開は予想がついたので、私はすぐに長刀のほうにごろっ、と転がって、ばばんと前回り受け身をしながらそれを拾い上げた……さっきそっちの選手もやってたわよねぇ。
「ふん、お前と違って俺は不意打ちなんざしねぇよ。無理せず普通に拾えばいいものを」
正眼に構える私に、奴は余裕でそう返して来る。疲れも動揺も油断も一切見せずに、こっちに向けてじりっ、じりっと間合いを詰めて来る。
(お生憎様……こっちはもう二刀流するほどの握力が無いのよ。なら
肩で息をしながらも、近づいて来る相手に身構える。
でも正直、一度止まってしまったことで、さっきまでの無意識の動きの流れが切れてしまった。疲労がツケとなって全身に重くまとわりつき、肺が「もう動かないで」と呼吸を通して懇願している。
……このままギブアップできたら、さぞ楽だろうなぁ。でも!!
「来いっ!」
「そろそろ終わらせてやるよ」
向かい合って闘志をぶつけ合う。そうよ、このまま終わってたまるもんですか!
(何か……何か手はないの? せめてコイツの弱点を……あるわけないか。なら、せめてこの強敵に一矢報いる方法は)
このままだとムンダ君がコイツと、大将の成瀬選手の二人に勝たなくちゃならない。そうならない為にも、何か、何かないの?この強敵に、一矢報いる方法――
そう思考が飛んだ時、私は、かつてのあるシーンを思い出していた。
(……あった! 最後に試してみたい『手』が!)
――私の目に映っていたのは、相手の向こうに転がっている、私の小刀――
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