第47話 たまたまの悪い癖

 副将戦が始まると同時に、国名館の福田選手が大きめの声で宣言した「ハンデ戦」に対して、周囲の面々が思い思いの感想を漏らす――。



「あのヤロォ……まーた、こーゆーコトを!」

「玉木さん、冷静でいられるかしら」


 少し離れたところで感想を言い合うのは、愛知慈恩ジオン高校の赤星あかほしアスナと、石川土岐第三高校の三木美樹みきみきだ。

 ふたりは春にスポチャン普及の遠征で全国を回っており、その縁ですっかり気心の知れた友人でもある。ともに団体戦で各ブロックを順調に勝ち進んでおり、試合の合間に王者国名館と自分たちが勧誘した国分寺国際の試合を見に来ていたのだが……


 相変わらずの国名館の問題児、福田の挑発じみた態度に嫌悪感を表す。福田は今

回ばかりではなく、相手が格下だと相手を侮り、見下した態度を取ってもてあそぶような試合をする。

 アスナも以前に対戦した時、同じ屈辱を味あわされていたのだから、嫌悪案も人一倍に強い。


「面白くなって来たねぇ」

 と、突然背後から声をかけてきたのは、大阪、聖龍館せいりゅうかん道場の師範、緑山 梶賀みどりやま かじか氏だ。やはり春のスポチャン全国行脚あんぎゃで引率を務めた人物で、当然この試合にも大いに注目している。


「あ、先生。この試合どう見ます?」

「てかあの福田のバカ、いっそ負けりゃいいんだけど……あれで強いから腹立つのよねぇ」


 アスナの毒舌にふふんと息をついてから、三木の質問にニヤつきながらこう返す緑山。


「三木君は知ってるだろう。あの玉木という選手、こういう真似を有難がるタイプじゃないってコトはね」

「はい、私の時も手ほどきを終えた三本目に『本気の勝負』を希望してましたし」

「さーて、どう出るかな?」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ナメた真似してくれるアルね!」

「ここで自分たちの強さを見せつける気ね、やってくれるじゃない」

「デモ、チャンスデスヨ。アイテガユダンシテル、イマナラ!」


 国分寺の陣営でも相手の態度に様々な反応が出る。確かに侮られてはいるが、逆を言えばそれは明らかに格上の相手に対して善戦するチャンスでもあり、あわよくば勝ち目も、との欲も出てくる。だが……


「あっちゃー、これヤバいわ。よりによってたまたま相手に」

 そう言って手の平で目を覆うのはたまきの幼馴染、村崎 紫炎むらさき しえんだ。ほかの皆が視線を向ける中、彼はこう続けた。


「アイツ……試合で相手が真剣ガチじゃないのを何より嫌うんだよ。ヤバいな、キレるぞこれは!」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 私、玉木環の全身の血が沸騰する、感情がどす黒くせり上がっていく。やり場の無い怒りと憤りが、自分の心と体を焼いているのが実感できる……。


(落ち着け、落ち着け、落ち着けっ……)


 ダメだ、今戦っても多分まともには動けない。気持ちが高ぶりすぎて、嫌悪と憎悪が強すぎて、自分が何をするか分からない。

 反則、噛みつき、凶器攻撃……このまま衝動に駆られて動いたら、そしてそれで歯が立たなかったら、そんな行為にまで及びかねない。ここはひとつ、間を入れないと!


「すっ、すいません審判さん、ちょっとタイムです!」


 とっさにそんな言葉が出て主審に頭を下げる。無茶な意見だけどそれを押し通すためにメットを脱いで、もう一度頭を下げ直す。


「困るね……は試合の前に言いなさい」


 そりゃそう返すわよね。もう試合始まってるんだから。


「仕方ないな、出来るだけ急ぐように」


 その言葉にあっ、と我に返る。なんだ、トイレと思われたのか。そういや多分今の私は顔まっかっかだろうし、この態度で言われればそう捉えるでしょうね。現に会場のそこかしこから薄い笑い声が漏れ聞こえてるし。


 でも助かった……その程度の恥なんてどうってことない。とにかく今は気持ちを落ち着けないと、と思って改めて相手の福田選手を睨む。でも彼は両手を広げてやれやれのポーズを取っていて、なんかさっき以上に嘗められている気がするなぁ。


 ……さて、どうしてくれようか。なんて思ってたら、向こうの陣営から聞こえよがしにクレームじみた非難の声が飛んできた。


「なってないわね。スポチャンは戦場いくさばの戦いなの。なのにタイムとか程度が知れるわね」

 女子の声だ、どうやらマネージャーさんのセリフらしい。そういやパンフにも写真映ってたなぁ、ツインテールの可愛い娘ちゃん。


 あ、うん。これ渡りに船ってやつだ、彼女にも少し協力してもらおうっと。


 私はメットを置いて、二刀を持ったまま無言でずんずん相手陣地に歩いて行く。今しがた喋ったマネージャーさんを真っすぐに見据えて、相手の福田選手の横をスルーして、舞台下にいる彼女の正面に静かに立つ。

 相手側にも何事かと緊張が走る。背中からウチの仲間たちが慌てて色めき立っているのが分かる。会場が息を飲んで静まったの感じてから、私は右手の長剣をひゅっ! と振る。


 斜め後ろに棒立ちしていた、福田選手の首すじ目掛けて!


 ――ざわっ!――


 もちろん寸止めはした。でもそのリアクションに周囲は一斉にざわついた、そりゃそうだろう。


「な……何やってんのよアンタ!」

 驚いて声を上げるマネージャーさんから視線を外し、斜め後ろに居る福田選手をはすに構えて睨みながら皮肉を言ってやる。


「だ、そうですよ福田さん。タイム中だからって油断しちゃダメだそうですよ、戦場じゃ討ち取られてますよねぇ、コレ」

「「なっ!?」」


 本人と国名館陣営から驚きの声が上がる。そう、私のタイムは別にトイレなんかじゃなくて、一度間を取って冷静になりたかったんですよ。ついでに私を舐めてくれたこの福田選手への意趣返しもできて一石二鳥だったかな?


「……上等、じゃ、ねぇか、この、アマぁ!」

 福田選手はメットの中で目をむいて、怒り心頭でそう返してきた。うん効果覿面こうかてきめん

 どうやら本気になったみたいだ。よしよし、そうこなくっちゃねぇ。


 ざわつく会場の空気を受けて私は開始線に戻り、メットを被って審判に「もういいです」と礼をする。


「問題行為だよ! 罰として場外一回分のペナルティを課す、いいね」

「はい、失礼しました」


 うん。私のやったことを考えたら失格にならないだけでも十分だ。これで相手をガチの勝負に引きずり出せただけでも良かった……真剣勝負で手を抜かれるなんて、私には絶対に耐えられないから。



『では、試合を再開する。構えて!』


 審判の合図を受けて身構え、改めて相手を見る。もしこれでまだ片手で戦うなんて言ってたら、その時は武器を投げつけて、柔道でぶん投げてやるんだから!

 でも、その心配は杞憂だった。両刀を上下に構えて、舐めプ顔の代わりに「びりぃっ!」とした強烈な殺気を私に叩きつけてくる。

「覚悟しな! 二度とスポチャンなんざ出来ねぇように、ボロボロに負かしてやるからなぁ!!」


 うん、これだ。かつての三木美樹さんとの三本目、サバゲー部の東剛君との屋上決戦、岡吉先生の日本刀との対峙。そして今日の一回戦、居合の陽川さんとの戦いで感じた戦慄!

 それらに負けない緊張感を受けて、私の全身をアドレナリンが激しく駆け巡った。


 望むところよ! さぁ、ここからホントの勝負だ!!


『試合、始めぇっ!』



「はあぁぁぁっ!!」

 開始の合図と同時に私の必殺技『四ノ太刀よっつのたち』をぶち込む。なにしろ動いている相手には仕掛けにくい大技、出すならこのタイミングしかないっ!


 ――パパパパァーン!――

 コイツ、全部見切ってはじき返しやがった……しかも余裕で!


「あくびが出るぜっ!」

 そう言って猛然とこっちにダッシュして来る相手。その余りの素早いアクションに背筋に凍るようなものを感じながらも、反射的に場外ラインぎりぎりを伝って距離を取りにかかる。


「逃がすか!」

「こんのおぉぉぉっ!」

 私を追撃しながら左右の刀を打ち振るう福田。それを懸命にガードしながら、引き足で弧を描いて懸命に耐える!


(速い、速すぎるっ。これが国名館の『神速』っ!)


 直感と反射に身を任せて猛烈な追撃をしのぎながら、私は――


 ――彼との戦いの世界へと没頭して行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る