第42話 必殺技、激突!

 スポーツチャンバラ全国大会、青龍旗選手権の2回戦最後の試合、占部郁郎と黒田雪之丞の一戦。

 その開始の合図から30秒も経たない間に、周囲のギャラリーは完全に無言になっていた――


 ビュッ、スパパァン! キュキュッ、パンッ、ドドンッ!!


 二人の気合と、剣の空気を切り裂き時には激突する音。そしてその激しい動きを受け止める足踏みの音だけが、その静寂を支配する――


(なんて……戦い)

 私、玉木環もその戦いにから目が離せなかった、そりゃ見入るわよこれは。


刺突フレッシュ! 横薙サーブル! 円弧斬りオービットアーク!!」

 

 フェンシング独特の半身構えと軽やかなステップから、その切っ先のしなやかさを生かしてエアーソフト剣を自在に振るう占部君の攻撃。それは並のスポチャン選手ならとてもしのげないほどに速く、鋭く、そして多角的だ。勿論私なんかじゃ絶対に歯が立たないだろう。


「チェストォ! ハッ! けぇいやぁっ!!」


 でも、ウチのエースの黒田君は剣道の正眼の構えを崩さないどっしりとした姿勢で、相手の打ち込みを必要最小限の動きで捌きながら、ほんの一瞬の隙間に強烈な反撃を見舞う。

 面、胴、小手、突きの剣道の技を時に小さく振るって相手の初動を制し、時に力強く打ち込んで相手の勢いを止める。


 動の占部選手と静の黒田君、そんな比喩がぴったりの二人の戦い。それは剣道でもフェンシングでも絶対に見られない、このスポチャンという異種武器格闘ならではのもの、まさに極上のチャンバラと言えるだろう。


 開始2分が経過した時、打ち合っていた二人が一度別れて大きく間合いを開ける。同時に会場からは、おおおーっ、というため息があちこちで漏れ、空気がわずかに弛む。


 占部君が呼吸を整えながら、相手に言葉を投げかける。

「さすがだね黒田君、あの時よりずっとスポチャン慣れしている」

「お褒めに預かり光栄たい」


 確かにそうだ。かつて相対した時はお互いの手の内を知らない故に、今一つ嚙み合わない印象があったけど、今は二人とも相手の動きをよく見て、知って、そして全力でその上を行かんとしている、そんな印象だ。


「じゃあ、これはどうかな」

 そう言って構えを左右逆にスイッチする占部君。今まではフェンシングらしく剣を持つ右半身を前に出してたけど、今度は盾を持つ左手を前に構える。

 黒田君はそれに動じることなく、変わらずに剣を中段に構えて、じりっ、とすり足で間合いを詰める。


「盾を前に出した……後の先を狙うつもりか」

「でも、前はそれやって通用しなかったよね」


 そう、初対決の時の彼はそう構えて、それを見た紫炎が剣道の苦戦を予想したけど、黒田君はあっけなくその防御を突破して一本取って見せた。

 でも、あえて同じ構えで来るという事は、明らかにあの時とは違う『何か』を狙ってるんだろう。


 両者の間合いが詰まる、そして黒田君の一撃の射程に、入――


「ハッ!」

 その刹那、黒田君の稲妻のような面の一撃が打ち出される。が……


 ――パチイィィーン――

 その一閃を盾ではなく、右手の剣で下から合わせるように受け止める占部。


「それは見たよ、貰ったっ!」

 そこから大きく右手を後ろに引っこ抜きにかかる。これは……以前にも見たあの技っ!


絡っエミリー!」

「ずえぇいりゃぁっ!」


 きゅぱあぁぁん!


 絡まった二人の剣がイヤな音を立ててこすれ、両者が左右にだだん! と別れる。ほんの一呼吸の後には、摩擦に焼けたお互いの剣の焦げ臭い香りが辺りに漂っていた。


「あの時の真剣白刃取り……今回は取られなかったアル」

 そう、柔らかいエアーソフト剣の性質を利用したあの技。相手の剣を受け止めて、お互いの剣が『く』の字に折れ曲がった一瞬、そのひっかかりを利用して相手の剣を引っこ抜く、占部君の必殺技、『からめ』。

 あの時とは違う形で狙って来た。でも今回は黒田君もしっかりと剣を握って、奪い飛ばされる事なく持ちこたえた。


「それも見たばい……誘ってると思とったよ」

「やるなぁ、さすがに」


―――――――――――――――――――――――――――――――


「うそ、でしょ?」

「あの改良・からめをあっさり破っただと? アイツとの再戦を想定して鍛えた技だぞ!」

「ノ~ッ! 高貴なる我がチームが負けるなど……ありえない」


 サンライズ学園の選手たちも思わず驚愕する。フェンシング全仏ジュニアでならした占部キャプテンの思わぬ苦戦。そしてかつて戦ったらしい相手への対策として練ってきた改良技をあっさり封じた相手の力量に驚きを隠せないでいた。


 崖っぷちの大将戦、でも占部なら必ずチームに勝利をもたらしてくれると信じていた。だが、ここまでやってもまだ勝利の女神は自分たちに微笑まない……心の奥からせりあがって来る不安を全員がごくりと飲み込む!


「残り一分!」

 タイムキーパー役の神崎カンナカンカンが時間の経過を告げる。果たしてあと一分であの黒衣の剣道野郎から一本を取ることが出来るのか……?




「なぁ黒田君。君に『必殺技』ってのは、あるかい?」

 そう言って再び右半身を前に出す構えに戻し、剣を握る右手をおへその辺りにあてがう占部。

「俺にはあるぜ……残り時間わずかだ。君にも何かあるなら、それで決着を付けようじゃないか!」


 その言葉に、サンライズ勢が思わず驚きの声を出す。

「え、あれ……使うの、イクロウ?」

「大会の切り札を、2回戦でもう見せるのか?」

「まずいな、他の選手に見られたら……げっ!」

「バッチリ見られてるわねぇ、国名館の連中に」



 このDブロックの次戦を控える両チームもしっかりと本試合に注目している。特に昨年の団体、個人の両方の覇者である東京国名館高校の強者たちもずらりと並んで試合をしっかりと目に焼き付けている。

 ここで占部があのとっておきを使えば、あの強豪チームに対応されるのは明らかだ……それでも出し惜しみをしてここで不覚を取るよりは、確かにマシかもしれない。



「さぁ、君に何かあるなら見せてみろ、黒田雪之丞ッ!」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「……しょんなかね、よかばい」


 相手の挑発に応えて黒田君が一歩下がり、今まで中段に構えていた剣を大上段に持ち上げる。


「黒田流活人剣『ついの太刀』!」



「黒田君が上段に構えた……紫炎、見たことある?」

「いや、見たことねーけど、ンな必殺技持ってたのかよ」

「って、突きを得意とする相手に上段の構えって、全身を晒しちゃってるじゃないの!」


 岡吉先生の指摘通り、真っすぐに突いて来るスタイルのフェンシングに対して、上段に剣を構えると全身が完全に無防備になる。

 その身を隙だらけに晒して、来る一瞬先を見切って先手で斬るつもりなんだろうか。


「まさか……二の太刀要らずの示現流じげんりゅう、か?」

「でもあれって薩摩藩の必殺技でしょ? 彼の出身は福岡じゃないの」

「デモ、マサニソンナ雰囲気デス」

「「なんでステラが分かるのよ(んだよ)!」」

 日本かぶれのアメリカンガールにとりあえずツッコミを入れておく。


 両者は今まさに決死の姿勢で相対していた。占部選手はやや低い姿勢で、お腹にあてがった右手の剣先を黒田君の面にまっすぐ向けて構えている。

 対する黒田君は大上段の伸びあがった構えで、迷うことなく相手を見据えていた……今まさに天から雷のごとき一刀を落とさんばかりのたたずまいで。


 その刹那、黒田君がほんの一瞬、私の方を見て……どこか申し訳なさそうに、少し、笑った、気がした。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


(俺のこの技『不可視の一閃ミクニ・サブレ』は、相手に突きの動きを見せない技だ。剣先を真一文字に相手の目に重ね、そのまま眉間を突くことで動きを悟らせない。初動さえ見切られなければ、絶対に防げないっ!)

 占部の必殺技。それはスポチャンのエアーソフト剣を真っすぐ相手の瞳に向けて、その先っぽのみを相手に見せる仕掛けだ。剣の横っ腹や鍔、手で握る柄なんかを剣の先端に完全に重ねた状態で相手の目を突けば、敵にはその剣先が拡大されたかのようにしか見えないだろう。


 一切の横ブレ、上下の移動を排した、完全なるの刺突を相手の両目の真ん中、眉間に向けて放つ一撃。


 自信はあった。この技が完成した時には、ウチの部員や顧問の先生、行きつけの道場の師範でさえ、その突きを見切ることは出来なかったのだから。


(あの大上段の構え、俺の突きを見切って小手を打つか、あるいは俺の剣より早く面を打ち下ろす気か……させるかよ、打ちおろしより突きの方が絶対に速いハズだっ!)


 意を決し、ふぅと息を吐いて気配を殺しにかかる占部。動き出しを見切られないためには全身を完全に脱力させ、糸を通すような正確さで突きを繰り出す必要がある。

 速さよりも気配を消す事、相手の眉間に真っすぐに突きだす正確さが何より肝心なのだ。


(あと……3歩、2歩半……2歩っ!)

 黒田の方から少しずつり足で近寄って来る、好都合だ。このまま射程に入るまで待って、その刹那に動けばいい、それで、全ては決するはずだ。


(こちらの射程の外から斬って来ることは無い、あるとすれば大きく飛び込んで来るか……そのスキは逃さないっ!)


 だが、残り半歩になっても黒田の動きは変わらない、ずっ、ずっ、と間合いを詰めつつも、大上段の構えから動く気配が感じられない。


 そして、ついに占部の突きの間合いに、入った!



不可視の一閃ミクニ・サブレ!」

 静かに、自然に、そして正確に、占部の突きが送り出される。その剣先が相手の面のゴーグルを突けば、それですべてが終わ――


(おかしいっ!!)


 命中の直前だった。占部は全身に強烈な悪寒を感じ、剣を止めて真後ろに飛びのいていた。


(何故だ、なぜ? 奥義じゃなかったのかよ)


 相手、黒田の技がこちらの先手を取る『先の先』なら、こちらの動きよりも先に動くはず。逆にこっちの動きに合わせて打ち落としや、防いでからの反撃を試みる『後の先』であっても、こっちが動いたならそれに対応する動きを見せるはずだ。


 どちらにせよこちらが動き出して、命中寸前になって『まだ』動いてないなんてありえない。なのに黒田から放たれる剣気、殺気は恐ろしい密度で自分に叩きつけられたままだ。



『場外、待て』

「……え?」


 大きく飛びのいたせいで場外に片足が出ていた、奴の殺気に当てられてラインを割ってしまっていたか。

 しかしあのまま打ち込んでいたら、きっととんでもない事になってしまっていたはずだ。剣士としての勘があの刺突を止めて危険回避を成したんだから……


 ――ビィーッ――


『時間切れ、試合終了』


 ……は?


『判定。場外優勢により西、黒田選手の勝ち』


 ……なん、だって?


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 水を打ったように静まり返る試合場。


 無理もない。なんか奥義の激突とやらが見られると思ったら、占部選手の方が勝手に寸止めして思わず飛びのいたせいで場外ラインを割ってしまっていた。

 ほどなく時間切れで判定になり、場外のペナルティがある相手の負け、つまり黒田君の勝利が宣告されていたのだ。


 ……どういう状況で、どうしてこうなった? まぁ勝ったのは良かったけど。



「いやぁ、『死中に活あり』とはよくいったもんばい」

 苦笑いをしながら試合場を降りてくる黒田君。


「OH! エクセレーント。アレハジャパニーズ『気』デ、相手ヲ押シ出ス技ダッタノデスネー」

 ステラの言葉に全員が目をむいて「まさか」とハモる。そんな漫画チックな技が本当に?


「あ、いやぁ……負けると思ったんやけどな」

「どーゆーコトあるか?」

「黒田流奥義『ついの太刀』は、自分を斬らせて『から』相手を斬る、いわば相打ち前提の技ばい」


「「……は?」」

「どうしても守らねばいけん人がおる場合、自分が死しても相手を倒すことを前提にした技やっけん。、の精神の技ばい」


 ……えーっと。


「相手が『奥義を使え』なんて言ったけん、こちらも使おうと思ったけんど、構えてから『あ、選択肢ミスったなぁ』て思ってやばかったわ」


 ……ちょっと。


「まぁ結果オーライっつーか、勝てたからええんやなかばい……って、みんな目が怖かとよ?」


「「「あほかあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」」


 ぽこぽこぽこぽこぽこ


 全員がそれぞれの獲物で黒田君にツッコミ&手荒な祝福をする。つか奥義の構えを取る前に気付かんかい、どう転んでも負ける奥義やないかーいっ!!



 ……ちなみに向こう側でその会話を聞いていた占部選手が、愕然として頭を抱えていたのを知ったのはもう少し後のお話。



 国分寺国際、3回戦進出!

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