女の子は空から降ってくるもの、らしい


 そんな話をしたばかりだったから、その日配られた進路調査票には「ヒモ」とどでかく書いてみたところ、普通に呼び出しをくらい、一時間弱のが発生してしまった。

 我が担任の教師は若手の男性であり、普段からヘラヘラしている方なのだけれども、この時ばかりはかつてないほど真剣なまなざしで、俺の両肩を掴むのだった。

 もうね、目とかマジだから。血走ってるよこれ。


「良いか? 可惜日あたらか。良く聞け。今のご時世、ヒモだけはおすすめできねぇ。転がり込むまでは余裕でも、全部しゃぶりつくしてから出ていく時に、命を懸ける必要があるからな……!!」

「うお、実感こもりすぎだろ……」


 あからさまな経験談だった。しかも、結構最悪なタイプのヒモをやっているパターンである。

 つーか何? この人、教師の前はヒモやってたってこと!? 何がどうなったら、ヒモ男が教師になるなんていう突然変異が発生するんだよ。

 どっかで人格を90度くらい矯正されないと有り得ないだろ。


「知っての通りだろうが、俺たち男は魔法への対抗手段が乏しい。だから、下手に女で遊びすぎると火傷じゃ済まん。本気で命を落とす。今の時代、女に命を握らせないことこそが肝要だぜ……!」

「こういうのってかつての加害者サイドから忠告されることってあるんだ。普通、被害者からじゃない? ねぇ……」

「昔は良かったんだけどなー。ま、これも時代の流れかね。侘び寂びってやつだな」

「もしかしなくても最低な過去に時の流れの美しさを見出してますか? 日本の文化嘗めすぎだろ……」


 侍の幽霊とかにバッサリいかれても文句言えなさそうな先生だった。

 多分だけど、総合的に見て死んだ方が良いタイプの人種である。

 こんなのが教師とか世も末だな。いや、まあ、カミサマなんてのがいるのだから、とっくに末っているのかもしれないが。


「つーわけで、進路希望調査書き直せな。提出するまで、今日は帰さねーから」

「うわそれパワハラですよ、パワハラ。平成とか令和で流行ったやつ」

「うわー、あったな。そんなブームも。懐かしい懐かしい。アレ長かったよなー」

「いやアンタは何年生きてる設定なんだよ……」

「感じるぜ、侘び寂びってやつを」

「やかましすぎる……」


 魔法なんてマジカルな概念があるにも関わらず、人類は言うほど長生きできるようになっていない。

 平均寿命はざっくり100歳といったところだ。

 魔法があるんだから、不老不死がいても良いだろうに。

 世の中そう上手くはいかないのは、いつの世もそうらしい。


「つーかな、高3目前にもなって進路決まってない男って、今時かなりヤベーぞ? 男の働き口は幾らでもある訳じゃねーんだから……ま、どうしても悩んでるって言うなら、俺が相談に乗ってやっても良いけどな」

「おぉ……珍しく先生が、先生らしいこと言ってる……」

「そりゃお前、こんなんでも先生だからな」


 そもそも俺の担当のクラスから無職とか出したくないし……という、実に残念な本音と共に職員室を追い出され、仕方なく教室で一人、進路希望と向き合っていたのだけれども、進捗は残念ながら、芳しくないというのが正直なところである。

 俺の将来設計通りに進んでいれば、今頃世界初の魔法男子が誕生している予定だったのだが……。

 まあ、今更どうこう言っても仕方がない。

 無理なものは無理なのだから、諦める他ないだろう。何事も諦めこそが肝心だ。

 だから、まあ。


「ヒモじゃなくて、パズーの方が向いてるのかもなあ」


 そんなことを、ぽつりと呟く俺だった。

 パズー。ラピュタの主人公。「親方! 空から女の子が!」って言うやつ。一応な。

 もちろん、急に錯乱した訳でも、二回目の人生をぶん投げた訳でもない。

 じゃあ、突然どうしたんだと言われれば──


「ぐっ……カハッ、ぅぅ……おぇ」


 ──文字通り、

 まあ、その女の子は降ってきたというか、天井ぶち抜いて落ちてきた上に、血反吐吐いて蹲ってるんだけど……。

 しかも全然受け止められなかったし。俺の机に墜落してきた形である。

 苦悶の表情を浮かべていた彼女が、しかし俺を見た瞬間、大きく目を見開く。


「なっ……民間人!? どうしてここに──いや、違う。エーテルコートの耐久値が下がりすぎてる……まさか、民間エリアまで吹き飛ばされた? そこの男子生徒さん! ここどこですか!?」

「え? えーっと、第三中央高校って言えば分かるか?」

「第三……!? 嘘でしょ、マズい。逃げてください──いえ、逃がします! つかまって! 加速魔法アクセル、レベル4!」


 瞬間、少女は俺の襟首を掴んだまま、窓を蹴破るように教室を飛び出した。しかも、通常考えられないような超スピードで──俺を殺す気なん!? と、しかし叫べなかったのは、その飛び出してきた学校にだった。

 否、落ちてきたというよりは、狙いを定めて突っ込んできたと言った方が正しいのかもしれない──蛇型。あるいは龍型に該当するであろう体躯のカミサマは、完全に校舎を破壊しながら飛び上がり、ゆらりと身体を揺らしながら、こちらを睨みつけたのだから──いや。

 いやいやいやいやいや!


「え? 何でカミサマ!? 防御障壁は!?」

「……破られました。イレギュラーな個体です。ですので、今すぐ避難してください。ここは私がアレを相手しますから」


 彼女の言葉を裏付けるように、けたたましい警報が鳴り響く。

 これまで一度も聞いたことのないサイレン音──全住民に、シェルターへの避難を促す一級警報。

 ここ十年間、絶対防御を誇った防衛システムが破られたということも。

 負けるはずないと喧伝されている魔法少女が、敗勢であるということも。

 不安を煽る警報音が、それらが全て事実であると肯定していた。


「大丈夫、落ち着いてください。私は魔法少女──対神防衛魔法機動隊、第壱部隊所属の火乃宮かのみや花音かのんと申します。死にはしませんよ。安心して、だけど大急ぎで、お逃げくださいっ」

「……魔法少女って言ったって、そんなボロボロの女の子を置いて逃げられるほど、俺も人の心を捨ててるつもりはないんだけど……」

「あはは、何ですかそれ? 口説いてるんですか? だとしたらシチュエーションがよろしくないかもですね。また後日、お手紙越しにお願いします★ 返事はないかもしれませんが☆」

「いやそれ変な文脈生まれちゃわない!? 断られたのか死んだのか分かんないやつじゃん! 後味最悪だー!」

「死ぬだなんて、物騒なこと言わないでくださいよ──大丈夫ですってば。こう見えて私、エリートなんですから」

「血反吐吐きながら落ちてきたのに? 一緒に逃げるべきなんじゃないか?」

「うっさいですよ!? 良いから逃げてくださいってば! 無駄口叩いてる場合じゃないって──ああ、もう!! 下がって!」


 彼女──火乃宮といったか──がそう叫ぶと同時、迫ってきたのは真っ白な尾だった。

 いや、あるいは胴と言うべきか? 巨大なカミサマの胴長の体躯が、そのまま鞭のように撓って閃く。


防御魔法シールド展開──レベル5!」


 それを阻むように、盾の如し巨大な魔法陣が五つ重なるように展開された。

 クリアブルーに光り輝くそれは、次の瞬間には全て、粉々の破片と化した。

 全身を、ひどい衝撃が襲う。

 教室を飛び出した時とは比べられないほどの速度で、俺の視界はすっ飛んだ。




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