近未来:異世界陰陽師

渡路

ここは素敵な魔法の世界

 近未来だとか、ファンタジーだとか、いわゆるフィクションチックな世界というのは、夢があるというか、夢の見れる世界だと感じる人は多いと思う。

 近未来世界ならドラえもんみたいなひみつ道具とか、ファンタジー世界ならドラクエみたいな魔法とか、そういうのだ。

 かく言う俺もそういう性質の人間で、前世の記憶を引き継いで生まれてきたばかりの頃は、そういったものに憧れていたのだけれども、実際のところ、そう上手くはいかないのが人生だった。

 転生してきた世界の車は空を飛ばないし、普通にスマホが現役だった。もちろんどこでもドアなんて存在しない。

 ファンタジックな冒険をしてるやつは見たことないし、ダンジョンなんかどこを探したってない。魔王や聖剣なんて絵物語でしかなかった。


「対神防衛魔法機動隊、第壱部隊現着! 対象を確認、殲滅に入ります!」

「はーいっ、それじゃあ変身! いっきまーすよー!」

「うへぇ~、多いなあ。広域殲滅魔法とか使っておっけ~?」

「街中だからダメでーす。あと属性魔法もダメですって。この辺データセンター立ちまくりなので、火力も抑えめでってオーダー来てます。だから、レベルは大体2までですね」

「仕方ないわね、複数対象特定追跡射撃魔法で行きましょう」

「マルチロックオン魔法って言いなよ~……分かりづらいよ~……」

「漢字いっぱいの方がかっこいいじゃない」

「はーい、馬鹿の理屈やめてくださいねー」


 でも、魔法ならあった。あと奇想天外なモンスターもいた。

 お、やっぱり夢がある世界なんじゃん! と思った方も当然いるかもしれないが、残念ながらこの「魔法」というやつは、女性にしか使えない。

 要するにあの、対神うんちゃらなんちゃら部隊と言うのは、魔法少女部隊と言っても良い訳だ。だからみんな、彼女らのことを魔法少女と呼んでいる。

 この世界で魔法少女というのは、ニチアサでやってそうなキラキラフィクション概念でありつつも、真っ当な職業でもあった。

 お陰様で世間には、女尊男卑というほどではないけれど、それに近い雰囲気が浸透していたりする。


「──────!!」

「着弾確認! 効果は……認められません!!」

「うっそぉ~、直撃してたよね~?」

「いえ、してないわ。それぞれ障壁を張ってるわね。かなりの強度よ」

「最近のって障壁持ち増えましたよねー。花音ポイントマイナス100点といったところです」

「出たわね、花音の謎得点機構」

「謎得点機構……? あっ、謎ポイントシステムってこと!? 分からなっ! あと謎じゃないですし!」


 奇想天外・不可思議モンスターは「カミサマ」と呼ばれている。

 文字通り、神様をもじっているのだけれども、どうしてそんな呼び名なのかは、学校じゃ教えてくれない。

 カミサマについて誰もが知っていることと言えば、突然出現しては街を破壊し、人を喰らうこと。

 あとは「魔法」以外の攻撃が通用しなくって、姿形が一定じゃないことくらいだ。

 例えば、今回は魚型だけれども、この前見たのは鳥型だったし、色々ある。大昔からいるだけに、その種類は多岐に渡った記録が残されている。

 魔法少女が職業として定着したのも、女性の権威が上向いているのも、大本の理由はここにある。

 だからまあ、俺のような一般人系男子は、むしろ前世より肩身が狭い。


「余裕なのは良いことですが、そろそろ本格的な殲滅に入りましょう! レベル3までの魔法の行使を許可します! エーテルコートの物理防御値は最大にしてから臨んでください!」

「そーしたらっ、そろそろこの花音ちゃんが、派手に暴れちゃいますか☆」

「しょーがないな~。花音ちゃんが乗り気なら、先輩も頑張るとするかな~」

「私は遠慮しようかしら。援護射撃と防御は任せてちょうだい」

「了解! では総員、気合入れて参りましょう!」


 魔法少女は、カミサマよりも断然強い。

 その上、街中に仕掛けられた防御システムや、カミサマ出現警報システムなんかも発達してるもんだから、カミサマは日常的に現れるけれど、普通に人々の平和は守られていた。

 そんな日々がもう随分と長いこと続いているもんだから、幾ら化け物だって言っても、今では天気の一種みたいに受け止められていた。曇りのち晴れ。時々カミサマって感じ。

 そんな世界に生まれてしまったのだから、さてどうしようかと考えに考えて、早17年。

 俺は──転生者だとは到底信じられないくらい、フッッツーの男子高校生をやっていた!

 こうして魔法少女たちの戦闘風景を、ぼーっと眺めちゃうくらいには超一般人である!


「ありゃ、まあ。一般人なの自覚してるのに、まーたカミサマと魔法少女見てるんだ。あらかも物好きだねぇ。逃げなくても良いの?」

「逃げる必要なんてなくいですか? ビビらせようったって無駄ですよ、躬恒みつね先輩」

「人聞き悪いなー。防御障壁だって無敵じゃないかもしれないんだよー?」


 名前も与えられてなさそうなくらい小さな公園に、ぽつんと置いてあるだけのベンチ。

 それに座っていた俺を覗き込んできた女性の名は、躬恒みつね皆月みなつという。

 染めたばかりのブルーボブな彼女は、一つ上──つまり、三年生の先輩だ。


「ここ十年、破られたどころか罅すら入ったことないって、授業でも習ったじゃないですか。それにあの魔法少女部隊、第壱って言ってましたよ」

「わお、トップ部隊だ。なるほど、それなら確かに、安心かもねぇ──あらか的には、憧れの部隊を生で見られて、興奮してますって感じ?」

「いやそれ、どういう感じなんですか……大体、憧れてなんかないですし」

「またまたぁ」


 あらかほどの魔法少女オタク、私は見たことないけどなー。なんて、揶揄うような笑みとともに、躬恒先輩が隣に腰を掛ける。

 何だかストレートにそう言われると、どうにも否定したくなるのだけれども、人一倍魔法少女について調べていた過去があるのは事実なので、返す言葉を持たなかった。

 ……いやっ、仕方ないだろ! 魔法のある世界に生まれたんなら、どうにかして魔法が使いたいって思うじゃん、普通!

 魔法? フーン、俺は興味ないけどね。とか言えるほど、俺は擦れてもなかったし、割り切れてる大人でもなかった。

 女性にしか使用できないことを知った上で、何とかならないかと必死こいて調べ回った時期が俺にもありました。しかも、だいぶ直近まで。

 その過程で、当然ながら、魔法少女にも随分詳しくなった。

 魔法少女はみんな、中には黒のぴっちりスーツを着てるとか、その上に来てる制服は個々人の趣味嗜好で改造されてることが多いとかな。いやそれって魔法関係ねぇじゃん。

 一般的な男子高校生なら、誰でも知ってそうな情報ですらあった。

 ま、俺も多感なお年頃ということだな。


「やっぱり、あらかは今でも、魔法少女になりたい系男子なんだ?」

「何その著しい誤解を招きそうなカテゴリは……あとやっぱりって何? 俺が好きなのは魔法少女じゃなくて魔法なんで、いやホントに」

「んー、それってほとんど同義なんじゃない?」

「ぜーんぜんちーがいますぅ~。ていうか、もう魔法は諦めたので。益々その性転換願望◎みたいな属性から離れてんですよ、俺は」

「……なーんだ、諦めちゃったんだ?」

「何その露骨にがっかりしましたよ的な反応……」


 意味不明な申し訳なさを押し付けてくるのはやめてほしかった。

 がなければ使えない。

 そしてしか保有していない。

 何だか吹けば飛ぶくらい、陳腐な理屈だけれども、しかしそれはそれ故に、覆しようのない事実だということを知らしめている。

 一般常識と言うやつだ。それももう、しっかり歴史にも根付いているレベルでの。

 こういうところで、前世の世界とは確定的に違うのだなと感じることが多い。そんなことを思っていれば、躬恒先輩が「あーあ」と溜息を吐く。


「私の考えた最強の魔法少女装備で出撃するあらか、見たかったのになー」

「俺の知らないところで俺に関する邪悪な計画を立てるのはやめましょうね、いや本当に……」

「それじゃあ、わるーいことはあらかの目の前で計画するね」

「まず立案するのをやめてほしいんですけど? あの、ちょっと? 聞こえてます?」


 俺のことを、叩けば音が鳴るおもちゃだと思っている節のある先輩だった。いい加減矯正されてほしい。切実に。

 いや、まあ、この世界じゃ魔法と女性はセットと言っても過言ではないから、仕方のない側面がないとは言い切れないのだけれども……。

 だからと言って、俺を魔法少女に仕立て上げようという夢は、言うまでも無く普通ではない。

 躬恒先輩は真っ当に頭のトンだ先輩なのであった。


「でも、それじゃあ進路はどうするの? あ、私と一緒に、魔法具の開発する?」

「それも悪くないですけど、そこまで執着する気もないですかね。魔法具に興味があるのかって言われたら、特にそんなことはありませんし」

「あら、それは残念」


 今なお上空で戦う少女たちが扱う、メカメカしい箒や杖。その身にまとう万能衣装──エーテルコートのことを、総じて一般的に、魔法具と呼ぶ。

 魔法をより良く使うために必要な道具。魔法少女をサポートする道具。

 だから魔法具だ。そのまんまだな。

 一般的に、男性が魔法少女に関わろうとしたらこれらの開発一択だ──もちろん、躬恒先輩のように、女性でもそちらの道に進む人も多くいるが。

 この人、こう見えてそっちの道じゃ天才扱いだしな……。

 既に対神防衛魔法機動隊──魔法少女を擁する組織の研究所を、既に出入りしているくらいである。


「そっちは躬恒先輩に任せて、俺は優雅にヒモ生活とか目指してみますよ」

「あは、何それ。相手もいないのに言えること?」

「これから見つけるんですよ。これからこれから」

「倫理観の欠如した台詞だなあ。この不良生徒めっ」

「それ、躬恒先輩にだけは言われたくないんですけど……」


 どうせこの後も、登校しないでフラフラするんでしょう。と問えば、えへへと笑ってピースする躬恒先輩だった。

 まあ、何というか、この人はそういう人なのである。

 成績優秀だけど素行不良。

 言葉遣いは丁寧だけど自由奔放。

 ギリギリの出席日数と単位で、卒業できるのだとこの前胸を張っていた。

 それに比べたら、かなり真面目な学生の部類に入るであろう俺は、時計を見てから席を立つ。

 いつの世も、1日が24時間であることは変わらない。

 朝8時といえば、高校生なら登校してなきゃまずい時間だ。

 今日の天気は、晴れ時々カミサマ。

 爆散する最後のカミサマを遠目に、躬恒先輩とは別れて学校へと歩を向けるのだった。







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