第2話 ブラショフの街並みと影

ブラショフの街は、歴史と神話が息づく場所だった。

彩り豊かな建物が並ぶ石畳の広場、遠くに見えるタンパ山の十字架。

生徒たちはスマホを片手に、思い思いに写真を撮り、SNSにアップロードしていく。

遥も例外ではなく、広場の真ん中で両手を広げ、満面の笑みでポーズを取っていた。


「ねぇ、美羽!この写真、絶対バズるって!」


遥が興奮気味にスマホの画面を見せてくる。

そこには、遥がブラショフの景色に溶け込んだ、いかにも「映え」そうな写真が写っていた。

私も遥の投稿に「いいね!」を押し、コメントを書き込んだ。


しかし、将吾は違った。

彼は観光ガイドの解説にも耳を貸さず、古い地図を広げ、熱心に何かを探しているようだった。

彼のSNSは、すでにブラショフの街並みよりも、吸血鬼伝説にまつわる古びた石碑や、教会の薄暗い片隅を写した写真で埋め尽くされていた。

「#古城の残滓 #ドラキュラの足跡」といったタグがつけられ、その写真からは不気味なほどの執着が感じられた。


「将吾くん、本当に吸血鬼に会いに来たみたいだね。まさか本物なんていないのに」


遥がまた将吾をからかうように、わざと大きな声で言った。

将吾はぴくりと反応したが、遥の顔を正面から見ようとはしない。


「無知な者に、この地の真の歴史は理解できない」


将吾の声は静かだが、その言葉には明らかな侮蔑が込められていた。

遥はそんな将吾の態度に、面白がったように笑い声をあげる。


「真の歴史?将吾くんが言ってるのは、ただの作り話でしょ?ドラキュラなんて、映画の中の話だよ」


遥はそう言って、将吾の不気味な投稿を引用し、さらに嘲笑するようなコメントを付け加えてSNSにアップした。

「#妄想将吾#現実見ろ」というタグと共に。


将吾は、遥の投稿がスマホに表示されるのを見て、その顔を歪ませた。

彼の目に、怒りとも憎しみともつかない、得体の知れない感情が宿っているのを、私は確かに見た。

美羽は嫌な予感を感じ、遥の方を見たが、遥は自分の投稿がどれほど将吾を刺激したかなど、全く気にしていない様子だった。


その夜、ホテルで休憩中に、拓海が美羽の元へやってきた。


「美羽、将吾のSNS、見た?」


拓海は眉をひそめて、自分のスマホの画面を美羽に見せた。

そこには、将吾の新しい投稿が表示されていた。

それは、ブラショフの薄暗い路地を写した写真と共に、ルーマニア語らしき言葉で書かれた、不穏な詩のようなものが綴られていた。


「これ、なんて書いてあるの?」美羽はイアナに尋ねた。


イアナは少し戸惑った様子で、その詩を読み上げた。


「『汝、知るべし。光を嘲笑う者は、闇に喰らわれる。汝の無知が、やがて汝を滅ぼすだろう…』」


イアナの声が震えているように聞こえた。

美羽はゾッとした。この詩が、遥の投稿に対する将吾からの返答だとしたら……。

美羽は、漠然とした不安が、徐々に明確な形を取り始めているのを感じていた。

修学旅行は始まったばかりだというのに、すでに不穏な影が忍び寄っているようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る