焔の黎明

@Kamiyama2

第1話【鉄屑の騎士】

星なき者は、生きる価値もない──

それが、この国の理だった。




 


地面から立ちのぼる鉄の匂いが、少年の肺を焼いた。焼け焦げたような乾いた空気。朝の冷気は、すでに熱気と血の匂いで塗り替えられていた。


「……七十七……七十八……」


掠れた声が、音もなく冷たい空に消える。


少年──ラグナ・ヴェイルは、剣を振っていた。

ただの木剣ではない。廃棄炉から拾い集めた鉄屑を溶かし、叩き、つぎはぎして仕上げた、みすぼらしい自作の鉄剣。


それは、まるでこの世界が彼に与えた運命をそのまま形にしたようだった。


「……九十九……百。」


ピタリと剣を止め、彼は深く息を吐く。指先は血をにじませ、足元には昨日より深い踏み込みの跡が刻まれていた。


 


──王都アルグレア。そこに生まれる者すべては、生後すぐに「星位」と呼ばれる力の格付けを受ける。


星位五つは“王位級”。三つあれば軍将。二つで剣士、最低でも一つ持たねば人間として数えられない。

だが、この国には例外がいる。星を持たぬ者。


“無星(ノースター)”──忌み嫌われし存在。


そして、その者たちはこう呼ばれる。


「無光(むこう)」。


 


灰街(はいがい)──王都北端、日が昇らぬ工業区の外れ。煤と鉄粉が降り積もるこの地は、無星たちの収容区だ。


ラグナはその灰街に生まれた。十年前、星読みの巫女が無言で彼の額を拭い、「星、なし」と告げた日から、彼の人生は決まった。


食を選べず、眠りを選べず、教育も武器も与えられず、死ぬまで働き死ぬだけの“部品”として。


だが、彼は剣を選んだ。


「俺は、剣士になる。絶対に」


鉄を打ち、振り、倒れ、また立つ。その身は傷だらけで、左手の小指はもう動かない。

だが彼の目には、希望だけが宿っていた。


 


「よう、無光。まだ鉄くず振ってんのか?」


柵越しに声が飛ぶ。


王立騎士団予備士官学校──星位二つ以上の貴族子弟たちが通う訓練場から、制服姿の少年たちが嘲笑していた。


「まさかお前、ほんとに“剣士様”にでもなれるって思ってんのか?」


「やめとけって。あんなの人間じゃねぇ。“無光”はただの廃材だ。構うと臭いがうつるぞ?」


誰もが笑う。だが、ラグナは振り返らない。足を止めることなく、静かに剣を再び構えた。


それが、彼なりの反論だった。


「──おい、やっぱ俺、ちょっとだけ相手してやろうかな」


一人の訓練生が柵を飛び越え、ラグナの前に立った。


星位二つ、“焔印のレイゼル”。火魔法を扱う貴族の家系で、訓練生の中でも最上位に位置する実力者。


「無光。お前、戦えるんだよな? だったら、ちょっと“試し”てやるよ」


彼は片手を上げると、ぱちんと指を鳴らした。


「《火球(ファイア・オーブ)》」


音と同時に、空気が焼けた。彼の掌から、直径30センチの火球が生まれ、ラグナへ一直線に放たれる。


咄嗟に身を屈めたラグナの背後で、鉄杭が爆ぜた。


「おいおい、動くのかよ。まさか、避けられるとはな」


レイゼルは愉快そうに笑いながら、さらに三発の火球を連射した。


──熱い。視界が揺れる。爆風が肌を削ぐ。


だが、ラグナは──


「……ッ!」


風を裂いて跳んだ。


「っぶねッ!」


レイゼルが咄嗟に飛び退く。ラグナの鉄屑剣が、彼の頬をかすめた。


その瞬間、訓練生たちの嘲笑が止まった。


レイゼルの頬から、一筋の血が流れている。


「……は?」


「無光が……星持ちを……?」


沈黙が、張り詰めた空気を縫う。


次の瞬間、レイゼルは顔を真っ赤にし、叫んだ。


「この……ッ、貴様ごときがァアアアッ!!」


火球五連発。火の雨が降る。


しかし、ラグナは怯まなかった。


爆風を見切り、焦げた地面を滑り、隙間を縫うように前へ進む。数百回に及ぶ訓練の再現。肉体を酷使し、ただの本能で刃を振るう。


そして──


「は、っ──ぐっ……!?」


レイゼルの足元を払ったラグナが、体勢を崩した彼の背に回り込んだ。

鉄屑剣が彼の喉元へ届く──寸前で、剣は止まる。


「……勝負、ありだな」


静かに言い放ち、ラグナは剣を下ろした。


 


一拍遅れて、周囲からどよめきが起きた。


「うそだろ……」「“無光”が……」「訓練生に……勝った……?」


ラグナはその声に耳を傾けず、剣を収めて背を向ける。


誰もいない灰街へ。

光なき場所へ。

彼の“焔”は、まだくすぶり続けている。


 


> ──努力の果てに、初めて踏み入れた「勝利」という名の領域。

それは、彼にとってほんの始まりにすぎなかった。

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