第一章:帰ってきた人

ep.2:おかえりなさい、地球に。

「はい、顔ID認証しますよ。お名前は?」

「タマモ・コンノです」


 宇宙船・テセウスによる大気圏突入。それは私たちの任務完了を意味していた。

 数世代にわたる太陽系外惑星の調査任務。それが私たちの任務であり、生まれてから死ぬまでの命題。おじいちゃんも、お父さんも、そして私__タマモ・コンノ__もそうだった。


「地球の重力とこの船の重力は同期してあるので、歴史資料にあるようなことは起こりません。ご心配なさらず」


 重力発生装置が生まれるまでの宇宙での生活は無重力状態で行われていたらしい。想像がつかない。だって水を飲もうとしたら飛び散るんでしょ? 無理無理。

 そして無重力状態のせいで、地球の重力で生活するのに必要な筋肉が衰えるらしい。幸い、重力発生装置のあるこのテセウスに乗る私たちは、地球の大地に自分の足で立つことができる。


 大気圏突入前に見た地球はとても青かった。これが地球なのだと、心躍った自分がいた。大気圏突入にあたってシールドが展開されるため、大気圏突入中の今は船外の様子は見えない。


「陳腐かもだけど……『地球は青かった』ね」

「昔の人の言葉だからこそ、まさにその通りって感じ」


 昔の人の言葉を引用しながら話しかけてきたのは、ユリハ・アサカワ。太陽系外惑星・エリダンの探査で、私とバディを組んだ相手だ。それからずっとつるんでいる。彼女もどうやら地球に降りるらしい。


「ユリハは地球に降りたら何するの?」

「アタシは登山でもするかな。地球最高峰のエベレストってのを目指すよ」

「えぇ? エリダンでも散々登ったのに?」


 アタシはそういう性格なのさ、と笑う彼女に釣られて、私も自然と笑みがこぼれる。6歳は離れている相手だが、こうやって息が合うのはひとえに彼女の性格だろう。誰とでも気さくに話す彼女から感じるオーラは、どことなく親しみやすいのだ。


「そういうタマモはどうするのさ」

「えっ?」

「まさか、何も考えてないの?」

「うーん……」


 少し間をおいて、考える。


「強いて言えば、海で泳ぎたい、かな」


 いいじゃないか、とユリハはにっこり笑いながら、私の背中をバシバシ叩いてくる。わざとオーバーにリアクションして、心配させてみようかな、なんて考えがよぎったけど、そんな考えはすぐに立ち消えた。ユリハが、他人が、自分を肯定してくれたことが何よりうれしかった。だから、ちょっと強めに背中を叩かれたことは水に流そうと思った。


 _____


【宇宙船テセウス・コックピット内】


「成層圏突入! 地表接近!」

「エンジンリバース、減速開始」

「ロケットエンジン逆噴射、3……2……1……点火」

「エンジンリバース。降下速度、減速を確認」

「降下速度、減速。船体表面を冷却します」

「よし、このまま減速して、対流圏で滞空するぞ」


 宇宙船テセウスの地球への降下は、問題なく進んでいた。


 その時だった。


「地表より、高速で接近する物体あり!」


 レーダーが溢れんばかりに警告と警報を吐き出した。


「何だと、攻撃か!」

「分かりません! 地表からの通信は無し!」

「熱源反応あり! このままだと直撃します!」

「緊急戦闘配置! 迎撃用意! 砲塔1番から3番まで起動!」

「砲塔1番から3番まで起動!」

「目標、地表からの熱源体! 撃ち方始め!」

「撃ち方始め!」

「撃て!」


 エネルギー弾を発射した振動が小刻みに揺れる。続いて鈍い音の後、船体が大きく揺れた。


「目標、沈黙! 爆散しました」

「当艦の損耗、軽微。降下に異常ありません」

「ならばよし。このまま降下を続ける。警戒は解くな、第一種戦闘配置」


 戦闘態勢へと移行し、警告灯がついたままのコックピット内は、緊張感の種類が変わり、歓喜の色から不安の色へと変わっていた。


「地表に降りたら、今度は紙爆弾ですね」

「ああ、地球連合への議案書を作成せねば。くれぐれも内密にな」

「地表より入電『昼間に入港されたし。おかえりなさい、地球に』とのこと」

「現在の地球時刻は?」

「午前3時21分です」

「ならば夜が明けるまで滞空。着陸は昼間になってからだ」


 艦長が一息つく。


「中々荒々しい歓迎だな。我らが故郷」


_____

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