第2話
シャウル・ディルベルト。
曰く、歴史上最も優秀な魔術師の一人。
幾百の魔術を開発し、何十人もの弟子を育て、この国の魔術産業に大きく貢献した女性。ここグランツリオで、彼女を知らない者はいない。
だが、今、目の前で食事を行う女性は、シャウルの形をした別人だ。
自身の死期を悟ったシャウルが最後に作り上げた、自分自身の完璧な模造品。
命を創るなど容易ではない。
しかも欠損なくヒト型に仕上げ、魔術の才能まで移植したのだから、元のシャウルがどれほどの実力者であったかうかがえる。
「レグルス、それ取って」
そう言われて、僕はサラダが盛られたボウルを差し出した。
シャウルは「ありがとう」と返してボウルを受け取り、小皿にサラダをよそってゆく。
「気になっていたんですけど、あなたにも食物繊維とか必要なんですか?」
僕の問いに、シャウルは一瞬目を上げて、すぐさま小皿に視線を戻した。
分からない、ということだろう。
「……お肉だけじゃ、飽きるから」
質問の答えにはなっていないが、それよりも飽きという感覚があるとは驚きだ。
流石はシャウル製である。
「殺して欲しいのも……生き続けるのに飽きた、とか?」
ピタリとシャウルの動きが止まり、数秒経って食事を再開した。
これに関しては、まだ答えるつもりがないらしい。
三ヵ月前を思い出す。
あの日、あの夜、月の光を背に現れた彼女は、開口一番に自分を殺して欲しいと懇願した。その理由を、一切明かさずに。
何でもありとあらゆる方法を試したが、死には至らなかったらしい。
そこで思いついたのが、伝説の万能薬。
万能ならば不死身すら殺せると、まあ単純な話である。
「すみません。朝食時にする話ではありませんでした」
謝罪して、パンを齧った。
彼女に怒る機能が備わっているかどうかは不明だが、無駄に空気を悪くしても仕方がない。
「ん?」
窓のヘリに、鴉が羽音を連れて来た。
コンコンと嘴でガラスを叩く。
シャウルは席を立ち、窓を開けて鴉を招き入れた。鴉はシャウルの頭に留まると、高らかにひと鳴きして羽を一枚落とす。それは床に落ちるまでに封筒へと変化し、テーブルの下へ滑り込む。
「ご苦労様」
言って、鴉の嘴を指で撫でた。
鴉は大きく翼を広げ、バタバタと飛び去った。
古くから行われている、使い魔を使用しての郵便配達。ということは、差出人は魔術師か。
僕は封筒を拾い、シャウルに渡した。早速封を切って便箋を取り出し、手紙の中身をざーっと視線でなぞる。
読み終えたところで浅く頷き、手紙をポケットにしまい、唇を薄く開く。
「ルーベルグに行く」
◆
あれから二時間が経った。
本来なら就寝中の僕は、今シャウルと汽車に乗っている。
行き先は、グランツリオの東に位置する街――ルーベルグ。
なぜそこへ行かなければならないのか、そもそもどうして僕が同行しなければならないのか、荷造りが忙しくて聞けていない。
僕は眠い目を擦って、向かいに座るシャウルを見据える。
「あの手紙には、何が書かれていたんですか?」
「助けてって、友達が。だから行く」
「はぁ、そうですか。それで、僕まで行かなくちゃならない理由は?」
「一緒がいいから」
「……あ、あぁ、はい」
食事のことといい、この人の言動は時たま訳が分からない。
まあ、人外の考えることだ。僕の理解を越えていて当然だろう。
「んで、何をどう助けろって? 僕の手伝いが必要な感じですか?」
「分からない」
「は?」
「書いてなかったから。でも、報酬がある」
仕事の内容を伝えず、報酬だけを記す。典型的なヤバい仕事である。
胡散臭さが尋常ではないが、相手はシャウルの友人で、しかも魔術師だ。半端な見返りを差し出すとは思えない。
「その報酬って?」
聞くと、シャウルは膝に重ねて置いた手の上下を組み替えて、
「賢者の石」
と、静かに返した。
なるほど、だとすれば納得がいく。
千年以上生きたドラゴンの死骸。そこから染み出したエネルギーが、長い長い年月をかけて結晶化したもの。それが賢者の石だ。
強いエネルギーを内包した賢者の石には、魔術の威力を増幅し、魔術薬の精度を高める力があると聞く。
あまりの希少さから市場には出回らず、シャウルの財力を以ってしても用意不可能だった代物である。
「賢者の石があれば……エリクサー、出来る?」
「さぁ、それは何とも。でも、今まで試したことがないので、可能性はありますよ」
そう言うと、シャウルの口元が嬉しそうに綻んだ。
ともあれ、僕だけ途中下車して屋敷に戻るのは無理そうだ。ルーベルグまでは長い道のり、到着するまで夢の中で過ごすとしよう。
◆
日没後、汽車はルーベルグに停まった。
魔力発電によって夜でも明るい都とは違い、ここは一つの電灯もない。
下車する客も僕たちだけ。ホームには、冷たい風が吹き抜ける。
「行きましょう」
汽車は大きく汽笛を鳴らし、次の目的地へと向かった。車輪の音に背を向けて、僕たちは駅を出る。
いい景色だ。
背景には、背の高い山とそこから顔を出す真ん丸な月。大きな湖を中心として、木造の家が並ぶ。どの家からも光が漏れ、生活の香りがここまで漂ってくる。
「迎えとかあるんですか?」
見たところ、駅周辺は草原が広がるばかりで誰もいない。
しかし、シャウルは誰かを見つけたらしく、少し離れたところに生えた木に向かって手を振った。すると木の影がすーっと伸び、彼女の影に重なって溶け込んだ。
「まさか、本当に来てくれるなんて。一応影を置いておいて正解だったよ」
影の中から、朗らかな女性の声が聞こえてきた。
何かしらの魔術か。それとも、悪魔や精霊の類か。どちらにしても、シャウルがすっかりリラックスしているところを見るに、変に身構える必要はないだろう。
「リンナの頼みだから」
シャウルが口にした名には覚えがあり、僕は「リンナ?」と首を傾げた。
「リンナって、もしかして、リンナ・リリーガルですか?」
よくある名前だが、シャウルと交友がありそうな人物で、リンナといえば彼女しかいない。
オリジナルのシャウルの弟子。
南北戦争時は、軍医として数え切れないほどの命を救ったことで有名だ。嘘か本当か、彼女の手にかかれば千切れた手足も生えてくるらしい。
「そうだよ。噂には聞いてる。レグルス・ラングレイ、君がシャウルの弟子だね」
「弟子じゃありません。ただの同居人です」
「ありゃ、そうかい。すまないね、あたしはてっきり――いや、まあ立ち話も何だ。うちはすぐそこにある。このまま道なりに沿って、街に入っとくれ。そこで待ってるから」
シャウルの影から、人の形をした別の影が分離し、街へと舗装された道を縫って行った。
……弟子か。
確かに傍から見れば、彼女の家に居候し、四六時中付きまとい、生活の補助まで行う僕は弟子なのだろう。
もし誰もがそう思っているのだとすれば、それはとても――、
「……っ」
気分が悪くなり、口元に手を当てた。
どうしたのかと心配そうに首を捻るシャウルを尻目に、「大丈夫です」と一言置いて深呼吸した。このことを彼女に話して、わざわざ嫌な空気にしても仕方ない。
「荷物は僕が運びますよ」
背中に自分のリュックサック、右手に彼女のトランク。重い身体を引きずって、彼女の少し後ろを歩いて街へ向かう。
力持ちではない僕には、無茶な申し出だった。風は涼し気だが、額に汗が滲む。
しかし今は、こうして身体を酷使してでも。
彼女から、離れたかった。
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