エリクサーの正しい作り方
枩葉松@書籍発売中
第1話
地獄だった。
燃え盛る建物。血と肉の焼ける臭い。肺を焦がす風。
足下に転がるのは、母親だろうか。父親か、兄か、妹か。
何かも判別がつかないほどに炭化した、ソレ。辛うじて残ったサファイア色の瞳が、僕をじっと見つめて離さない。
「あぁああああああああああああ――ッ!!」
絶叫。視線を上げると、里の魔術師たちが空を舞っていた。
この惨状を作り出した、彼女を殺すために。
「……っ」
息を飲む。
一人、また一人と、魔術師たちは塵も残さず消えてゆく。
彼女の炎が、骨も肉も、血の一滴に至るまで焼き尽くす。
魔術すらも真っ黒に染め上げる。
エルフにも劣らない魔術への適正を持つ一族――
「ぁっ、ぅ……っ……!」
もうやめてと、叫びたかった。
しかし、声が出ない。
膝が震えて、前に進めない。
どうすることも出来ない。
「……っ!」
ついに、最後の魔術師が灰燼に帰した。
まったくの無傷で残った彼女は、生存者を探しているのか、冷たい灼熱の瞳で里を見回す。そして、僕を見つけることなく、曇天の彼方へと飛び去った。
――これが、およそ十年前の出来事。
凍てつく大地でたった一人生き残ってしまった僕は、現在、訳あって件の魔術師と同居中だ。
物語は、夜通しの作業を終えた僕が、いつまで経っても眠りこけたままの彼女を、仕方なく起こしに行くところから始まる。
◆
「また、失敗か」
ぐーっと身体を伸ばしつつ、椅子の背もたれに体重を預けた。
この家に住み始めて早三ヶ月、ほぼ毎日のように徹夜での作業だ。カーテン越しに日光を感じながら、こうして天井を仰ぎ見てシミを数えるのは、もはや日課である。
「簡単なわけないよなぁ、エリクサーの精製なんて」
独り言ちて、テーブルの上に視線を戻す。
不死鳥の羽。
人魚の肉。
世界樹の種。
どれもこれも、そう容易く市場には出回らない代物だ。
これら一つだけでも、最高級の魔術薬を精製出来る。
そんなものが、十、二十と並び、どれも使い放題だと言われているが、未だにエリクサーのエの字にも到達していない。
「はぁー……」
肩に重く圧しかかった大役に、今更ながら大きなため息が漏れた。
――――
使用者に対し、ありとあらゆる奇跡をもたらすという魔術薬。
過去、精製に成功したという話は聞かず、当然その方法はまったくの謎。
ただの御伽噺である可能性が非常に高い。
今まで多くの依頼を受け、その数だけ魔術薬を作り上げてきた。しかし、今回ばかりはそう単純にいかない。
そもそも存在しないものを、子供を寝かしつけるために読むような絵本だけを頼りに、組み上げなければならないのだから。
「……にしても遅いな」
今回の仕事を受けるにあたって、僕はクライアントの屋敷に住まわせて貰っていた。基本的には自由に使っていいとのお達しだが、朝と夜の食事は共に摂るというルールが存在する。
しかし、クライアントは寝坊の常習犯だ。
放っておけば昼まで眠りこけ、なぜ朝起こさなかったのかと不機嫌になるのだから、たちが悪い。
「仕方ないっ」
腰を上げて、作業場を出た。
古びた木の廊下を進み、花柄の壁紙に触れつつ階段を上って、ある一室の扉をノックする。当然、返事はない。
「入りますよー?」
一応一声かけて、ドアノブを回す。
長方形のこじんまりとした部屋。クローゼットとベッド、それと収納棚。
入るたびに思うが、金持ちの私室にしては随分と質素だ。
「もう朝ですよ、起きてください」
小麦色のカーテンを捲り、窓を一つ開けて、朝日と新鮮な空気を取り込む。
やわらかな光を受けて、彼女はピクッと眉尻を動かした。しかし、毛布を身体に巻き付けながらうつ伏せになり、スヤスヤと再び寝息を立て始める
「ったく……」
ベッドに歩み寄り、彼女を見降ろした。
純白のシーツに広がる、艶やかな金の髪。
肌は雪原のようで、綺麗というよりも病的だ。
寝顔は穏やかさと寂しさの中間にあるような色をしており、こうして見ていると右手の火傷の痕が疼く。
「……ぅぇっ?」
間の抜けた声を漏らして、彼女はのそっと身体を起こした。
焼けるような紅い瞳に、僕の顔が映る。数秒見つめ合って、彼女は朱色の唇を動かす。
「……おはよう」
「えぇ、おはようございます。……って、ん? それ、大変なことになってますけど、大丈夫ですか?」
彼女がいつも抱いて寝ている女の子の人形。
何がどうしてそうなったのか、ススまみれの傷まみれ。酷くボロボロだったそれの首がもげかけていた。
よほど大事なものだったのか、彼女は悲しそうに顔をしかめて、その人形をベッドボードに寝かせた。あの状態でも処分する気はないらしい。
「朝食にしましょう。もうヘトヘトで、早く休みたいんです」
「うん」
コクリと頷いて、彼女は腰を上げた。
僕は一歩後ろに下がって、部屋を出ようと歩き出す。
「エリクサーは、まだ?」
背中に投げかけられた言葉に、僕は沈黙で返した。
「……そう」
悲し気な声が背中に刺さる。
元よりも無理難題だ。たった三ヵ月で成果など出るわけがない。それは彼女も、分かっていたことだろう。
「大丈夫ですよ、シャウルさん」
部屋を一歩出て、身を翻す。
「――僕が必ず、あなたを殺してみせますから」
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