第18話 取り返しのつかない事

 ブラッドに部屋まで送り届けられると、薬の効果で少し回復したので大浴場に行く事にした。既に二一時を過ぎているので利用している者は居ないだろう。


 貸し切り状態の大浴場を堪能し外に出ると、同じタイミングで女湯から西園寺が出て来た。


「おや、黒月さん。奇遇ですね」


 西園寺は僕の顔を見ると怪訝な表情になる。


「その顔、どうされたのですか?」


 僕の顔はブラッドとの特訓で傷だらけになっていた事を思い出す。


「ちょっと階段から落ちちゃって」


 適当な理由に西園寺は呆れたように溜息を吐く。


「階段から落ちてそのような事にはならないでしょう。そこに座って下さい」


 西園寺は傍にあった椅子を指差す。僕がその椅子に座ると、西園寺は僕の顔に右手を当てた。


「私は回復魔法の適性があります。その傷を治して差し上げます」


 西園寺の体内の魔素が右手に集まり、魔法を構築する。右手が緑色の光に包まれ、優しい温もりが僕の顔を覆った。


「あれ? どうして?」


 想像と違う結果に西園寺は困惑する。僕の顔の傷は何一つ変わっていなかった。そこで、シュガーに言われた事を思い出す。どうやら、僕は魔法の影響を受けないようだ。


「すみません。もう一度」


 魔法を構築しようとする西園寺を制する。


「大丈夫。多分だけど、僕は魔素伝導率がゼロパーセントだから魔法の影響を受けないんだと思う」


 僕の言葉に西園寺は納得したようだ。


「そうですか。すみません、お役に立てず」


 西園寺は申し訳なさそうに顔を伏せた。


「西園寺さんが謝る事じゃないよ。僕が悪いんだし。わざわざありがとう」


 僕がお礼を言うと、西園寺は顔を上げ僕の目をジッと見つめる。


「私の前では皆さん猫を被るといいますか、普段と違う態度を取るので違和感があります。私の立場を考えれば当然なのですが。ですが、貴方はそれが無い。それが逆に不自然に感じます。貴方普段から猫を被っているのではありませんか?」


 僕は何も答えずジッと見つめ返す。すると、西園寺はフッと笑みを浮かべ、目を伏せる。


「失礼しました。忘れて下さい」

「僕からも一ついいかな」

「何ですか?」


 良い機会なので、僕はずっと気になっていた事を聞いてみる事にした。


「どうして西園寺さんみたいな人が、こんな普通の高校に入学したの?」


 西園寺は一瞬迷うような素振りを見せるが、直ぐに口を開く。


「私は父に言われてこの学校に入学しました。恐らく、加藤先生と何らかの取引を行ったのでしょう。その証拠に、同じ時期に父の会社は新たな技術で特許を取り、莫大な利益を得ました。要するに私は父に売られたのです」


 達観したように話す西園寺だが、体内を流れる魔素が乱れた。


「お父さんの事を恨んでいる?」


 僕の問いにも表情は変わらないが、魔素は乱れている。


「恨んではいません。あの人にとって私は道具でしかありません。いずれこうなる事は分かっていました。ですが、利用されたままというのは面白くありませんね」

「だったら、乗っ取ればいい」

「え?」


 僕の言葉を理解できなかったのか西園寺は聞き返して来た。僕はもう一度具体的に言う。


「だから、父親の会社を乗っ取ればいい。君が社長になるんだ。君ならその程度造作もないだろう」


 ポカンとする西園寺だったが、暫くしてフフッと笑みを溢す。


「それが貴方の本性ですか。なるほど、乗っ取る。それは面白そうですね。それでは、向こうの世界に戻ったら父の会社を頂く事にしましょう。勿論、貴方にも手伝ってもらいますよ」


 不安定だった西園寺の魔素が安定する。もう、乱れる事は無いだろう。


「僕が役に立つとは思えないけど、できる限り協力するよ」

「ご冗談を。私をその気にさせたのですから責任を取って頂きますよ」


 では、と西園寺は会釈し部屋へと戻る。

 魔素を安定させる為とはいえ、僕はとんでもない事をしてしまったのかもしれない。


 自室に戻り先程起こった事を振り返る。初めは安定していた西園寺の魔素だったが、父親の話になると急に魔素が乱れた。これは、動揺で乱れたのだろう。ここからが重要だ。

 恐らく、無意識に乱れた魔素を安定させようとした。その方法は、偏った部分に合わせる為、周囲の魔素を吸収するというモノだった。

 普段は全身を十の魔素が流れているが、魔素が乱れ一部に二十の魔素が偏ってしまった。すると、そこを基準に安定させようとして、全身が二十の魔素になるように魔素を吸収する。


 魔素を吸収しすぎると魔族になる可能性がある以上、放置する訳にはいかない。明日からは生徒達の魔素にも注意しておこう。

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