第6話 知らぬが仏

「それでは、この後の予定を説明します。この後はまず公式の謁見の儀を行います。これには王族、貴族、騎士団幹部が参加します。この時の作法は後で説明します。謁見の儀が終わった後は、国王の希望で王族と皆さんの食事会をする事になりました。これは非公式のモノなので最低限のマナーさえ守って頂ければ、作法を気にする必要はありません。食事の後は城の中を案内して今日は終わりになります」


 ヒソヒソと話し声が聞こえるが、先生は気にした様子は無く、説明を続ける。


「では、謁見の儀についてですが、謁見の間で執り行われます。謁見の間は礼拝堂のような作りになっています。前の方が一段高くなっていて、そこに王族が並びます。入口から赤い絨毯が敷かれていて、左右に貴族と騎士団幹部が並んでいます。皆さんは縦に8人5列で出席番号順に並んでもらいます」

「マジか! 俺一番前じゃん!」


 出席番号一番の暁幸平あかつきこうへいが悲鳴をあげる。それを揶揄うように右京が声を出して笑う。


「あっはっは! ドンマイ幸平!」

「ちぇー、いいなあ、奏多は後ろの方で」

「お前、幸平って名前なのにほんと運悪いよな」


 右京の言うように暁はかなり運が悪い。二度あった席替えではどちらも教卓の前を引いていたし、球技会で一人だけ種目を変えないといけない時、六人でくじ引きをし、見事にアタリハズレを引いていた。


「はーい、説明を続けますよ」


 先生がパンパン、と手を叩き、騒がしくなった生徒達を静める。


「出席番号順に並んで謁見の間に入ったら、絨毯の上を歩いて段差の手前で左膝を付き、顔を伏せて待っていて下さい。その後に王族が入場します。国王が許可するまで顔を上げないで下さいね。その後は国王の話を聞くだけです。話が終わると王族が退場するので、その後に皆さんが退場します。外に案内が居るので、案内に従って食事会の会場に向かって下さい。以上が謁見の儀についてですが、何か質問はありますか?」


 先生が部屋を見回すが、質問は上がらない。


「では、私は準備があるので後はこの子に任せます」


 先生がそう言うと、僕達を案内したメイドが先生の隣に立つ。


「皆さんの案内をさせて頂きます。エクレアです。よろしくお願いします」


 銀色の髪を揺らし、無表情のままエクレアがお辞儀する。


「え、やば。めっちゃ可愛いじゃん」

「銀髪メイド……流石異世界」


 男子達がざわつくのも無理ないだろう。

 エクレアは、美しい銀髪にくっきりした目鼻立ち、先生と並んでも見劣りしないスタイル。女子達もその姿に見惚れている。


「それではエクレア、後はお願いします」

「畏まりました」


 先生が講堂を出ると、エクレアが口を開く。


「謁見の儀の開始は一時間後です。開始の十分前に移動を始めます。それまでは、この部屋から出なければ好きにして頂いて構いません」


 そう言うと、エクレアはお辞儀をし、ドアの前に立つ。

 生徒達は少しずつ会話を始め、次第に講堂は喧騒に包まれる。


 朝比奈は一ノ瀬の方へと行き、話し相手が居なくなったので携帯電話で漫画を読む事にした。


 暫くすると足音が近づいてきた。


「隠キャくーん。一人で何見てんだ?」


 馬渕が僕の携帯を取り上げる。画面を見て腹を抱えて笑う。


「漫画なんか読んでるのかよ! 隠キャくん友達いないのー?」


 馬渕の馬鹿にした言い方に、取り巻きの二人が腹を抱えて笑う。この程度の事は大した事ではないので無視しようとしたが、右京が立ち上がる。


「馬渕、返してやれよ」

「あ? オメーには関係ねーだろ。返して欲しかったら自分で言えよ!」


 馬渕は右京に対しても強気で返す。

 右京の気持ちは嬉しいが、今はスルーして欲しかった。無視していればその内飽きて返してくれるだろう。それに、ここで下手に出れば調子に乗ってどんどん嫌がらせはエスカレートして行く。


 面倒だが取り返すか、と思っていると、


「馬渕君、そういうのは良くないと思うな」


 一ノ瀬が立ち上がり、良く通るその声を講堂に響かせた。


「黒月くん困ってるみたいだし、返してあげてくれないかな」


 一ノ瀬はジッと馬渕の目を見つめる。数秒視線を交差させた後、馬渕は僕の携帯電話を机に放り投げた。


「ありがとう、馬渕君」


 一ノ瀬はニッコリと微笑む。馬渕は舌打ちをし元の場所へと戻って行った。


「何あれ、ダッサ」

「一ノ瀬君、やっぱり優しー」


 そんな声が聞こえて来る。馬渕は苛立ちをぶつけるように机を蹴る。ガン、と大きな音がし、講堂が静まり返る。


「皆様お時間です。カトレア様が仰ったようにお並び下さい」


 エクレアが平然とその静寂を破った。生徒達は最悪な空気のまま整列する。

 並び終わるとエクレアが先導し廊下を進む。


「一ノ瀬君、右京君、さっきはありがとう」


 歩きながら右前と右後ろにいる一ノ瀬と右京にお礼を言う。


「お礼なんていいよ。気にしないで」

「お前も馬淵に目を付けられて大変だな」


 一ノ瀬が爽やかな笑顔で振り向く。右京は俺の肩を叩きながら言う。


「おやおや~、お三方いつの間にそんなに仲良くなったのかな~」


 間延びした声が隣から聞こえる。隣を見ると、一色司いっしきつかさがニヤニヤと不気味な笑みを浮かべていた。


「朝一緒になって少し話したんだ。そこで仲良くなったんだよ」


 一ノ瀬は変わらず爽やかな笑みを浮かべているが、右京は露骨に嫌な顔をする。


「ほうほう、その話詳しく」

「やめとけ陽翔。薄い本にされるぞ」

「やだな~。これは私が個人的に楽しむ為の取材だよ~」

「余計嫌だわ」


 右京と一色のやり取りを一ノ瀬は不思議そうに見ていた。

 一色は男同士の恋愛が好きな、所謂腐女子だ。右京の言う薄い本とはBL同人誌の事だが、一ノ瀬はその分野の知識は無いようだ。寧ろその手のモノとは無縁そうな右京が知っている事の方が驚きだ。


「右京君、そう言う事知ってるんだね」

「ああ、姉ちゃんがそういうの好きなんだ。その影響でな。言っとくけど、俺はBLに興味は無いからな!」


 必死に弁明する右京に、一色は不気味な手招きをする。


「そう言わずにさ~。右京君もこっちに来なよ~。楽しいよ~」

「やめろ! 全く、姉ちゃんといい、一色といい、なんで腐女子共は俺を勧誘してくるんだ」


 右京はうんざりしたように溜息を吐く。それまで不思議そうに話を聞いていた一ノ瀬が僕に問いかける。


「黒月君も奏多達が言ってる事分かるの?」

「まあ、詳しくはないけど、意味くらいは分かるよ」

「そっか」


 一ノ瀬は少し寂しそうな顔をする。自分だけ分からない話題に疎外感を抱いているのだろう。


「『知りたいなら俺が教えてやるよ。そう言って右京は一ノ瀬の顎に手を添える。か、奏多? 戸惑う一ノ瀬に構わず右京は強引に一ノ瀬の唇を』」

「不穏なナレーションを入れんな!」


 そうこうしている内に目的地へと到着した。大きな扉の前でエクレアが振り向く。


「謁見の儀は五分後に開始します。少々お待ちください」


 特に何かをする訳では無いが、扉の奥から伝わって来る緊張感が生徒達に伝播する。


「やべー、緊張するー」


 暁のそんな声が聞こえてくる。


「時間です」


 そう言うとエクレアは、こちらの心の準備も待たず扉を開けた。

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