第1話 ぼっち、取り残される

 昼休み、窓から吹き抜ける風が夏の終わりを告げる。


 チャイムが鳴りスーツ姿の先生が教室に入って来た。僕達の担任加藤怜亜かとうれいあ先生。

 母親が外国人らしく金髪碧眼、スタイルも良い。たまに変な事を言うが、美人でノリが良く生徒に人気の先生だ。


「はーい、席について下さーい。授業始めますよー」


 鈴の音のような美しい声が教室に響く。生徒達が席についたのを確認すると、加藤先生はにっこりと笑った。


「はーい。それじゃあ一ノ瀬君、号令をお願いします」

「起立、礼、着席」


 学級委員長の一ノ瀬陽翔いちのせはるとが、良く通る声で号令を掛ける。

 一ノ瀬陽翔。成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗、天が二物も三物も与えたパーフェクトイケメン。更に、僕みたいなぼっちにも声を掛けてくれる良い奴だ。


「今日の授業は、皆さんに異世界へ行って貰います」


 先生の言葉に生徒達がポカンとする。


「ちょっと、カトレアちゃん。またいつものやつ?」


 教室中央当たりの席の榊澪さかきみおが揶揄うように言う。榊はクラスのカーストのトップに君臨するギャルだ。しかも、頭の良いインテリギャル。

 更に女子なら誰とでも分け隔てなく接する良い奴。美人でかなりモテているが、男子と絡んでいる所は殆ど見た事無い。


 因みにカトレアというのは加藤先生の渾名だ。加藤怜亜縮めてカトレア。外国人の見た目にもピッタリで殆どの生徒がそう呼んでいた。


「ちょっと榊さん? いつものって何ですかー?」


 二人のやり取りで教室に笑いが起こる。


「はーい、静かにして下さーい。それでは皆さん今日は特別授業です。携帯を出して下さい」


 先生の言葉に戸惑う生徒達だったが、榊はポケットから携帯電話を取り出す。


「あれー榊さん、今どこから携帯出しました? ダメじゃないですかカバンに入れてないと」

「まあまあ、細かい事は良いじゃん。それよりみんな早く携帯出しなよ。カトレアちゃん没収しないみたいだしさ」


 榊のその言葉に後押しされて生徒達は携帯電話を取り出す。


「それでは、皆さんの携帯にアプリがインストールされていると思うのでそれを起動させて下さい。せーので起動させますよー」


 携帯電話の電源を入れると、さっきまで無かった筈のアプリがインストールされていた。


「はい、行きますよー。せーの」


 先生の号令で生徒達がアプリを起動させる。次の瞬間生徒達の姿が消えた。教室に僕と先生だけが残される。


「やっぱり黒月君は残りましたか。できれば素直に転移して貰いたいのですが」


 先生がにっこりと人好きのする笑みを浮かべる。


「皆はどこに行ったんですか?」


 僕の問いに先生は笑顔のまま答える。


「だから異世界ですよ。そのアプリ作るの大変だったんですよー」


 とても信じられないが、実際にアプリを起動させた生徒達は姿を消した。そもそも、こんな怪しいアプリを、なんの疑いも無く全員が起動させるのは明らかにおかしい。

 僕の心を読んだように先生が説明を始める。


「この教室には結界が張ってあって、生徒の皆さんは軽い洗脳状態にありました。黒月君には効いていなかったみたいですけど」


 洗脳状態? いったい何を言っているんだ?


「向こうに行ったらちゃんと説明するので、どうかアプリを起動して貰えませんか」


 先生が深々と頭を下げる。いつもの緩く、親しみやすい雰囲気は消え、凛として何処か近寄り難い雰囲気を纏っている。


「良く分かりませんが分かりました。アプリを起動したら良いんですね」


 僕の言葉に先生は驚いた表情を見せる。


「はい、お願いします。まさかこんな簡単に納得してくれるとは思いませんでした」

「別に納得はしていません。後でちゃんと説明して下さいよ」


 僕はアプリアイコンをタッチするが、何も起こらない。


「あの、起動できないんですけど」


 僕がそう言うと先生が僕の傍に来て画面を覗き込む。柑橘系の香水の香りが僕の鼻孔をくすぐる。


「やっぱりですか。仕方ありませんね」


 先生は僕の手を取ると目を瞑った。人形のような美しい姿に思わず見惚れてしまう。

 こんなに間近で美人の顔を見る機会はそうそうない。目に焼き付けておこう。


「黒月君も目を閉じていた方が良いですよ」


 先生の言葉に名残惜しくも目を閉じる。すると、一瞬の浮遊感の後、クラスメイト達の声が聞こえた。


「あ! カトレアちゃん! なんだよこれ! どうなってんだ!」


 目を開けるとそこはさっきまで居た教室ではなく、石造りの殺風景な部屋だった。

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