ステージ1「異界村へようこそ!」
生贄から始まる異界生活
「
イケメン。
そんな風にヨイショしてもらえることが多いのだけど、私はまがうことなき女子である。
私は教室の窓を閉め、ほっとした表情で拍手を送ってくるクラスメイトたちに「もう、みんな大袈裟ー!」と笑い返した。
事の
男女問わずきゃーきゃー叫び、虫が大の苦手という無駄にマッチョな社会科の男性教師まで「きゃー!」と悲鳴を加え、もう手が付けられない状態になっていた。
ぷらぷら飛んでいた虫は、何を思ったのか、やがて私の手の甲にとまった。
スズメバチなんかではなく、かわいいミツバチだった。
私はハチを刺激しないようそっと席を立ち、窓の外に逃がしてやった。
すると、クラスメイトたち(あと先生も)から拍手を送られ、私ちょっと恥ずかしい、という流れである。
私が席に座ると、隣の男子生徒が「神楽さん、虫も平気とか、イケメン過ぎ!」と称賛を送ってくる。
「メンズじゃないっての!」
私は男子の二の腕を叩いて笑った。
「いやー、神楽さんほんとすげぇよ。勉強も運動もできて、虫も無表情で倒せて」
「倒してないよ!」
一匹のミツバチによって狂乱に突き落とされた教室は冷静さを取り戻し、
放課後。
本来なら私は剣道部の練習に出るために体育館へ向かうのだけど、今朝体育館で大規模な雨漏りが見つかり、工事業者が入るということで急遽使えなくなってしまった。よって、部活は休みだ。
という事情で、私は放課後すぐに帰路を辿ることになった。
七月に入り、いよいよ気温が狂暴化している。早く家に帰って涼みたい。
徒歩十分程度で、自宅マンションに到着する。
集合ポストを確認すると、私宛ての荷物があった。
内側にクッション材があることを示唆する柔らかな手応えのある、B5サイズの封筒だ。
「きた!」
思わず声が漏れた。
私はエレベーターで五階に上がり、501号室の中に入る。
ちょうど廊下を歩いてきた弟の
「あんた、部活は?」
私は訊いた。
「べつに」
千聖はそっけなく答える。
あ、サボりだな。
「そういう姉ちゃんこそ、部活は?」
「べつにー」
「あそう」
「てか、友達来てるの?」
私は玄関の見知らぬスニーカーに視線を落として尋ねた。
「うん。でもすぐ出かける。ほかの友達の用事が終わるまで、暇つぶすだけ」
「いいねー、中学生は。つぶすほどの暇があって」
「姉ちゃんだって、よく変なホラーゲームで暇つぶしてんじゃん」
「弟よ。ホラーゲームは暇つぶしではない。私のライフワークであり……」
「はいはい分かった分かった」
あきれ顔で言い捨てると、弟は彼の自室の中に消えていった。
私も自室に入り、バッグを放って、エアコンをつけ、それから届いた郵便物の中身を確認した。
案の定、中身は最近フリマアプリで購入したゲームソフトだった。
「美品」だという出品者の説明に嘘偽りはなく、ケースも中身も綺麗だった。
私はフリマアプリで出品者へのお礼メッセージを送り、取引を完了させた。
それから、麦茶でも飲もうと、自室を出た。
そこで、トイレ帰りと思しき制服姿の見知らぬ少年と鉢合わせた。千聖の友達だろう。
私が「おや。いらっしゃい!」と元気に笑いかけると、少年は「あ、ども……」と恐縮した様子でペコペコ頭を下げて、そそくさと千聖の部屋に入っていった。
麦茶をグラスに注いで自室に戻る途中、千聖の部屋から会話が聞こえてきた。ドアがちょっと開いているせいだ。
「お前のねーちゃん、超イケメン美人だな! 背高いし、モデルみたいじゃん!」
さっきの少年が、私を褒めちぎってくれている。くるしゅうない。
それにしても、と私は思う。
初対面の異性から見ても、私ってメンズ的なイメージなのか。
高校進学の際になんとなく髪をバッサリ切ってベリショにしたらそれが思いのほか好評で、気を良くしてそのままボーイッシュキャラでいってしまったのだが、それも影響しているのかもしれない。
「見た目はな。でも中身も男すぎて最悪だぞ」
千聖が半笑いで反論する。
「裸でうろつくし、部屋汚ねーし、声でけーし、平気でオナラするし」
あの野郎……。
「いいじゃん、サバサバ系の姉貴って感じで! 俺もあんな姉ちゃん欲しいよ」
ほんといい子だ。二千円くらい投げ銭してあげたくなってきた。
私はそっと千聖の部屋の前を離れ、自室に戻った。
五分ほどして、千聖と友人が家を出て行くのが音で分かった。
よし。
家に私一人だ。
私はリビングに移動し、家族共用のゲーム機「
PT5とキャプチャーボードを繋ぎ、キャプチャーボードとデスクトップパソコンを繋ぐ。
「さて、と」
私はPT5を起動し、今日届いたゲームソフトを挿入する。
パソコンも立ち上げ、録画ソフトを起動させる。
コンデンサーマイクをセットし、ヘッドホンを装備する。
よし。
私はスゥと息を吸い込む。
「はーーーい、どうもーーー! ミコミコでーす☆」
私はマイクに、大きな明るい声をぶつけた。
「ご無沙汰してまっす! この前の動画からちょっと間が空いちゃったんですけど、みんなボクのこと覚えてるー?」
ミコミコはボクっ子なのだ。
「今回はね、また新しいゲームやるよ。もちろんホラーゲーム! みんな知ってる? 『
パソコンの画面には、PT5から取り込まれた『異界村』のタイトル画面が表示されている。
朽ち果てた夜の家屋を背景に、「異界村」というテキストがおどろおどろしいフォントで浮かび上がっている。
「ちょっとだけ、説明に付き合ってね! これね、ホラゲファンのあいだでは有名なクソゲー……おっと失礼、問題作なんだ。難易度が理不尽なほど高い死にゲーで、バグもめっちゃ多くてさ、発売当時はけっこう炎上したんだけど、覚えてる人いるかな? 発売元の会社はその後すぐに倒産しちゃって、修正パッチがあてられることもなかったんだってさ。
そして何より、この作品を有名にしたのが、呪われてるって噂だね! このゲームをプレイした人間は、呪われちゃうんだってさ! 実際、当時はこのゲームをプレイした人が何人も意識不明になっちゃった、なんて話がSNSを騒がせたんだよ」
もちろん、私はそんな与太話は信じていない。
私はホラーゲームやホラー映画が大好きだけど、幽霊とか都市伝説とか、そういうオカルト方面は一切信じていない。
「回収騒ぎにまで発展したっていうんだから、すごいよね。なぜかダウンロード版は発売されなかったから、流通量も少ないんだ。そんなわけで、このソフトは今やプレミアがついてかなり高額になっちゃってるんだよね。
だ・け・ど! 最近、某フリマアプリで安く出品されてるのを見つけたんだ! もちろんボクはソッコーでポチったよ! 中身が空っぽだったらどうしようってドキドキしてたんだけど、ちゃんと入ってて安心した! お
じゃあ、やっていきましょう!」
私はコントローラーで「New Game」を選択する。
きぃんと金属みたいなSEが飛び、画面が暗転する。
そしてゲームがスタートする。
オープニングムービーが始まる。
石の祭壇の上に、少女が一人仰向けで寝かされている。
その周りを大勢の男女が取り囲んで、ぶつぶつと呪文のようなものを唱えている。
やがて、短剣を持った白い祭服姿の男が一歩前に出て、少女の腹に短剣の切っ先を振り下ろした。
「いきなりハードな展開!」
私は基本的にゲーム実況は初見でプレイする。
イントロダクションや開発の経緯なんかはきちんとチェックしておくけど、ゲーム本編の内容は調べない。じゃないと新鮮なリアクションができないからだ。
オープニングムービーは続く。
祭服姿の男が夜空を仰ぎ、恍惚の表情で「ヤバガミ様、
絶命した少女の顔がアップになる――。
♰ ♰ ♰ ♰ ♰ ♰ ♰ ♰ ♰
――。
ゲーム内で生贄として絶命した少女の顔が、今、私の目の前にある。
姿見に映っている少女は、あの生贄の少女にそっくりだ。
つまり、私が生贄の少女にそっくりなのだ!
元の、長身で、筋肉質で、ベリショの、ボーイッシュな私はいない。
今鏡に映っているのは、小柄で、痩せた、黒髪ロングの、明らかに不健康な白さの肌をした少女。
大きな猫目と、通った鼻筋、桜色の薄い唇……美少女なのだろうけど、幸の薄さががんがん出ていて、見ていると不安になってくる。
「どうしたの?」
私は奏さんのことをまじまじと眺めた。
「? 私の顔に何かついてる?」
「ゲームと同じだ……」
思わず、私は呟いた。
容姿もそっくりだ。眼鏡をかけた、意志の強そうな顔の美人である。
ねぇ、もしかしてさ……。
「ちょっと待って、嘘……」
もしかして、私……。
ゲームの世界に来ちゃってる!?
『異界村』の世界に来ちゃってる!?
しかも。
改めて、私は自分を姿見に映す。
「よりによって、生贄の少女の体に……」
……。
この際さ、強キャラにしてくれとか贅沢は言わないよ。
でもさ、せめて、モブ村人とかにしてよ。
生贄少女だけは嫌だよ!
だってさ。
「私、ぜったい死ぬじゃん……」
だって、生贄だもの。
「……」
シャレんなんない現実に、私はつい「ふひひ……」と笑い出してしまった。
本当は「あーはっは!」って豪快に笑って絶望を表現したいのだけど、この肉体の声帯が貧弱すぎて大きな声が出ない。
「ふひ……ふひひ……」
不気味に笑い続ける白装束の薄幸の少女を前にして、さすがに奏さんも表情を引きつらせている。
さて、と。
「……」
どうしようね……?
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