第2章:すりこまれた顔
思春期に差しかかった頃、和子は鏡を見るのが怖くなった。
成長とともに、周囲の言葉が変わり始めた。
「大人っぽいね」
「なんか最近きれいになった?」
「芸能人みたい」
――違う。私は、ブサイクなんだよ。
そう思いながら、うつむくしかなかった。
笑われるか、試されているか、あるいは罠かもしれない。
そういう風に感じる癖が、いつの間にか染みついていた。
放課後、トイレの鏡の前でクラスメイトが化粧直しをしていた。
リップ、ビューラー、ファンデーション。
「ちょっと貸して」と言われて差し出された鏡を、ふと見てしまう。
――……誰?
その瞬間、背中がぞわりとした。
そこにいたのは、どこか伯父に似た、無表情な顔。
きれいなのか、きれいじゃないのか。
誰かが言った「かわいい」も、伯父の言った「ブサイク」も、
何一つ、確かめることができなかった。
部屋に戻っても、鏡は布で覆った。
写真を撮られるのも、避けるようになった。
誕生日の写真。遠足の集合写真。笑っているけど、どれもどこか、他人のようだった。
「なんでそんなこと気にするの?」
クラスメイトに言われたとき、和子は「うるさいな」とだけ答えた。
その一言で関係は少しずつ薄れていった。
伯父は相変わらず、優しかった。
「和子も高校生か。あっという間だな」
「だいぶ、お姉さんらしくなったじゃないか」
そう言いながら、昔より長く視線を向けるようになった。
視線は、褒め言葉よりも残酷だった。
「お前の母さんみたいに、なるのかな……」
そのとき、和子は初めて気づいた。
伯父の中にあったのは、「母」への愛情ではなく――
嫉妬だった。
母の美しさを妬み、
その娘にも同じものが現れることに怯え、
だからこそ、和子にそれを否定してきたのだ。
遅すぎた気づきに、背筋が冷えた。
でも、もう遅かった。
「自分はブサイクだ」と思い込んで育った心は、もう簡単には変えられなかった。
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