第1章:嘘のやさしさ
「和子ちゃんは、うちで引き取るから」
母と父が亡くなった日の夜。
警察の言葉も、祖父母の泣き声も、遠くの雷みたいにぼんやりと聞こえていた。
伯父――母の兄――は、やさしい顔をして、和子の手を握った。
「かわいそうにな。うちに来れば、もう怖いことなんかないからな」
その声に、和子はなんとなく頷いた。
父方の祖父母に引き取られる予定だったことを、和子は後になって知る。
けれど「経済的に余裕があるから」という理由で、伯父が手を挙げた。
祖父母もそれに異を唱えなかった。まだ小さな和子にとっては、誰もが正しい大人だった。
伯父の家は、広くて静かだった。
冷蔵庫には果物がいつも入っていて、机の上にお菓子があった。
夕方にはテレビの音だけが響く部屋で、伯父が和子に向かって笑った。
「ほんと、母さんには似なかったな。あの人は、ものすごく綺麗だったけどなぁ」
その言葉は、褒め言葉ではなかった。
ただ、和子はまだ意味がわからなかった。
伯父は、怒鳴らないし、叩いたりもしない。
だからこそ、言葉の温度を測るのは難しかった。
けれど、不思議と、伯父の前では笑えなかった。
ある日、学校で「和子ちゃんって可愛いよね」と言われた。
和子は何も言い返せなかった。
家に帰って、鏡を見た。
そして、思った。
「私は、ブサイクなんだって」
伯父が言っていたから。
それが、嘘だなんて思いもしなかった。
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