開かずの扉
第19話
目を覚まし、カーテン越しに差す光で薄っすらと明るくなった部屋を見て、朝を迎えたことを知る。
一昨日と昨日、ゴールデンウィーク明けの人たちの通勤通学で賑わっていた外が今日は落ち着いている。
つまり、今日は土曜日。
1週間の疲れと未だ寝ぼけている脳に正しい情報を与えようと、枕元にあるスマホに手を伸ばす。
日付は5月8日。そして寝ぼけながらも土曜日だという認識は正しかった。
時刻は7時5分。
……瑠琉ちゃんにご飯用意しなきゃ。
そう思いつつ身体を壁の方に向けると、隣には気持ちよさそうに寝息を立てる美少女幽霊ちゃんがいた。
こんなにも可愛い寝顔を見せられたら、起きる気なんてなくなる。
それに、こうして私の隣で寝てくれるなんて出逢った日以来だ。
出逢った日といえば、今日で七子ちゃんと出逢って1週間。
そっと布団の中から手を伸ばし、左腕と思われる冷たいそれを軽く握ってから優しく撫でてみる。そこからさらに手を伸ばし、パジャマと思われるそれに触れ、起こさないようにそっとお腹の上に手を置いてみた。
七子ちゃんは本当に可愛い。仰向けで顔だけを私の方に向けてすやすやと眠るこの寝姿が、じわじわと私の煩悩を刺激する。
……抱きしめたら起きちゃうかなぁ。
でも、今すぐこの可愛すぎる美少女を腕の中に収めたい。
ゆっくりと身体を寄せ、お腹の上に置いていた手を右肩へ移動し、軽く抱き寄せる。自分の身体を完全に触れさせ、少し強めに抱き寄せてみた。
すると少しだけ身体が動き、小さな声が聞こえてくる。
「……ん~?多摩川さん?」
私は冷静に顔を上げ「おはよう七子ちゃん」と挨拶した。
「…………なにしてるんですか?」
「七子ちゃんをぎゅーってしてる」
「苦しいです。離れてください」
「やーだ」
両手に感じる冷たくて柔らかい感触に、理性も崩れていきそうだ。
もうこのままずっと七子ちゃんを抱きしめていたい。
だって、七子ちゃんは嫌がるどころか私の横腹に手を触れさせ、抱きしめ返そうとしているから。
これはもう、告白する以外にない。前にもした気がするけれど。
「ねえ、七子ちゃん」
くりくりお目目で私のことをじーっと見てくる美少女幽霊ちゃんと目を合わせ、さりげなく名前を呼んでみる。
「なんですか?」
「好きって言ったらどうする?」
「幽霊にそんな感情を抱いてる多摩川さんの正気を疑います」
「ひどいなぁ」
なんて幸せな朝なんだろう。
仰向けになっていた七子ちゃんの体がいつの間にか横を向いていて、私の腰に手を回し軽く力を入れている。私がこうしていることを受け入れてくれていると分かり、私は堪らず七子ちゃんの体を引き寄せ思い切り抱きついた。
すると突然、後ろから冷たい何かが飛び掛かって来て、私の背中にしがみ付いた。
「椎菜、ごはん!」
「ごめんね、今忙しいから」
その正体である瑠琉ちゃんにそう言ってみるが、何故か添い寝をしてくれている気がする。試しに、「何してるの?」と訊くと、腹に手を回されぎゅっと抱きつかれる。
「椎菜って七子が好きなの?」
ついに瑠琉ちゃんに告白を聞かれてしまった。
でも私は……。
「瑠琉ちゃんも好きだよ~」
「ほんと?」
「うん、ほんと」
「じゃあ三夕は?」
「どうだろ」
正直に言うと、本命は七子ちゃんだ。
けれど瑠琉ちゃんも好きだし、三夕ちゃんも好き。
「昨日の夜、ソファでお酒飲んで三夕の膝で寝てたって七子から聞いた」
夕食のあと瑠琉ちゃんが消えてから、どうせ見てないだろうと油断して三夕ちゃんに仕事の愚痴を聞いてもらいながら甘えてしまったんだ。
……今思えば、15歳にああやって甘えるとか普通にやばい。
それに、いつの間にか七子ちゃんが出てきていたことも気付かなかった。
「多摩川さん、三夕と浮気してましたよね」
「椎菜は瑠琉の椎菜!」
……あああぁぁぁぁ。もう私に未練はない。
瑠琉ちゃんもベッドから出る様子も無いし、このまま昼まで寝よう。
そう決めて目を閉じた。
「ねえ椎菜、スマートフォン光ってる」
しぶしぶ七子ちゃんから離れ後ろに身体を向けると、瑠琉ちゃんが枕元に置いていたスマホを持って不思議そうに画面を見つめていた。
瑠琉ちゃんの手からスマホを取りロック画面を見ると、そこには”雪”と書かれた人物からのメッセージ通知がある。
この雪というのは、職場の知り合いでもなく、地元の友達でもない。
昨日の仕事帰りにスーパーで買い物をしていて、いつも通りなんとなく会った、私の大好きな常連の平間さん。中身のない話しをするかと思いきや、何故か連絡先を聞いてきてくれたんだ。
『お疲れ様です。今日ってお休みですよね?』
何かの誘いとしか思えない内容で、思わず心臓が鼓動を早める。
——『どうしたの?』
『彼女と喧嘩しまして。気分転換に多摩川さんと遊びたいな~と』
歳も離れているし、しかも客と店員という関係なのに……。
まさしくこれはデートの誘いでは?
どうしよう。私には七子ちゃんという心に決めた女の子がいるのに。それに平間さんにも同棲までしてる彼女さんがいるのに。
……でも、私は平間さんとデートがしたい。
欲望には逆らえず、『良いよ!喜んで!』と返信をした。
『ありがとうございます!午前中のうちに行きたいんですけど、大丈夫ですか?』
そんなにも早く私とデートをしたいと思ってくれているなんて……。
——『大丈夫だよ。駅前で待ち合わせでも良い?』
『はい。遊ぶのは駅前でと考えていたので』
『それじゃあ、9時に駅前集合で』
——『了解!』
スマホを閉じ、空腹のはずなのに何故か私をじっと見てくる瑠琉ちゃんと目を合わせ、「今ご飯用意するね」と伝えると、「はーい」と返事してベッドを降り、テーブルのいつもの席へと歩いていった。
次に反対側を向いて、不思議そうな眼差しで見てくる七子ちゃんとも目を合わせる。そっと左手の親指で七子ちゃんの唇を撫でてから、さっきみたいにぎゅっと抱き寄せる。でもすぐに離れ、ベッドを降りた。
キッチンからいつものパンと牛乳を持って来て、瑠琉ちゃんと朝食を食べる。
油断しているとまた牛乳をパックごとごくごく飲み、また消えてしまう。
ふとソファの方を見ると三夕ちゃんが私の手元を見ていたため、袋に入った残り一つのパンをソファまで持って行った。
「三夕ちゃんも食べる?」
「私、そういうパンを食べたことがないので」
……この市販のロールパンのことかな。
さすがは伊勢橋高医大のご令嬢。きっとお手伝いさんが作った立派な朝食が当たり前だったんだ。
「はい、あーん」
「……自分で食べられます」
そう言いながらも手を膝に置いたまま口を開いた三夕ちゃんのお口へパンを持って行く。さすがにチョコみたく一口では食べられず、そこからパンが三夕ちゃんの手に渡る。
表情を緩ませながら美味しそうに食べるお嬢様幽霊ちゃんの頭をそっと撫でてから、デートの準備のため本棚の横にあるクローゼットへと向かう。
最後にこのクローゼットを開けたのは、入社してすぐの頃。
社員研修の時に着たスーツをしまう時に開けてから、ずっと開かずの扉と化していた。
たしか、ちょうどいい春用のコートがあった気がする。せっかくの平間さんとのデートなのだから、いつも衣装ケースから出しているTシャツや軽いアウターではなく、それなりのオシャレはして行きたい。
服選びにも少し気持ちが高まり、鼻歌を口ずさみながらクローゼットを開けた。
…………。
…………ん??
一瞬、見間違えかと思って二度見してしまったが、そこには中に掛かっているダッフルコートで顔を隠した少女と思われる何かが入っていた。
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