お留守番よろしくね
第11話
キッチンの食品棚にあった六つ入りのロールパンを持って部屋に戻ると、いつもの席に座っていた瑠琉ちゃんが両手で頬杖をついて私の方をじっと見ていた。
テーブルの上にパンを置いて、瑠琉ちゃんの向かいの席に座りパンの袋を開けようと手を伸ばす。
すると瑠琉ちゃんが先にそれを取り、待ってましたと言わんばかりに開け、中から三つも一気に取り出した。
「そんなに取んないでよ~」
「六つあるから、残り椎菜の分」
「そっか。だよね」
てっきり、またほとんど食べる気なのかと思ってしまった。
念のため残りの三つが入った袋を自分の方に寄せ、ひとつ取って齧りつく。
食べ終わってからキッチンでコップを二つと牛乳をテーブルへ持って行くと、瑠琉ちゃんはソファへ移動していた。
「瑠琉ちゃん、牛乳飲む?」
「飲む―!」
持ってきたものをそのままローテーブルの方へ持って行き、コップに牛乳を注ぐ。
残った牛乳を冷蔵庫へしまいに行き戻って来ると、ソファに仰向けで寝転がり、大きくあくびをしながら思い切り伸びをしていた。
「どうしたの?眠いの?」
ソファからはみ出した両手を捕まえながら尋ねると、瑠琉ちゃんは天井を見たまま答える。
「うん、眠い。牛乳飲んでお腹いっぱいになった」
そう言う割には消える気配が無い。
つまりこれは、瑠琉ちゃんを愛でまくれるということではないか。
そっと瑠琉ちゃんの横に移動し優しく頭を撫でてみると、伸ばしていた腕を引っ込めお腹の上に置き、気持ちよさそうに目を瞑った。
その様子がまるで猫のように見え、段々と愛玩動物を愛でている気持ちになってくる。そのせいなのか、ただの煩悩かは分からないが、撫でる手を止めた私は瑠琉ちゃんの両肩を掴んで覆い被さる。
その瞬間、瑠琉ちゃんはそこから消えてしまい、私は誰もいなくなったソファにダイブし座面に顔から突っ込んだ。
満腹でも消える気配が無かったのに、何故……?
状況を受け入れつつゆっくり起き上がりながら、また一人になってしまった寂しさを紛らわそうとキッチンの片付けに向かう。
昨晩の食器がお湯に浸されずに放置されている光景に、思わず溜息が漏れる。
昨日みたいに二人がいれば、これくらい頑張ろうと思えたのに、なんだかやる気が起きない。少し熱めのお湯を出して、チャーハンの油が乾いてこびりついた皿に注ぎ込む。
お湯の蛇口を閉めたと同時に部屋の方から話し声が聞こえ、私は「瑠琉ちゃん!?」と反射的にその名前を叫び、キッチンから部屋の中を覗き込んだ。
でもそこからではよく見えず、タオルで手を拭きながら部屋へ戻った。
しかし、ソファにあの満腹中学生の姿は無く、当然ベッドにも誰もいない。
「瑠琉ちゃ~ん、七子ちゃ~ん」
名前を呼んでみるが、どちらも反応は無い。
そして、話し声の正体がテレビから聞こえていたことが分かった。
チャンネルがぱちぱちと切り替えられ、まるで幽霊が遊んでいるかのよう。瑠琉ちゃんが姿を消したままいたずらしてるのか……。
リモコンを取り上げるためにローテーブルやソファ周辺を探していると、ソファの足元の陰にひっくり返った状態で落ちているのを見つけ、拾おうとした瞬間にテレビ画面が消えた。
これではリモコンは操作できない。ならばどうやって……。
「……こわ」
急に寒気が走り、リモコンをローテーブルに置いてから逃げるようにキッチンへ向かって片付けの続きを始めた。
昼前になると現れた瑠琉ちゃんは、昨日と同じくテーブルに突っ伏し「椎菜、お昼ご飯まだ~?」と催促が始まる。
今日のお昼ご飯は、無難にきつねうどんをセレクト。冷凍庫にあった鶏のもも肉を小さめに切り茹でたものを一から作った昆布だしに入れ、茹で上がったうどんを皿に盛り付けその上に油揚げを乗せて汁を掛ける。
瑠琉ちゃんには二人前をと考えたが、また消えたら困るため一人前に。
二つをお盆に乗せ、瑠琉ちゃんが待つダイニングテーブルへと持って行く。
「お待たせ~」
「おお!うどんだー!」
突っ伏していた瑠琉ちゃんの前に置いて箸を渡すと、「いただきまーす!」と笑顔いっぱいで挨拶し、私の着席を待たずにうどんを啜り始める。
お盆をテーブルの端に置いて座り、私もすぐに食べ始め、一口を飲み込んでから瑠琉ちゃんに先ほどの現象について相談してみた。
「ねえ瑠琉ちゃん、さっきテレビいじってないよね?勝手に付いてチャンネル切り替わったんだけど」
「それって、幽霊の仕業じゃない?」
「瑠琉ちゃんの仕業じゃないの?」
あなたも幽霊なのだから、自分でやったと自供しているようなものでは?
そうツッコミそうになったが、嘘を付く時には私の目をじっと見てくる瑠琉ちゃんが、一切私を見ずにうどんを啜っている。
ということは、瑠琉ちゃん以外の仕業ということになる。
まさか七子ちゃんなわけもないし、ただのテレビの誤作動だったのだろうか。
……まさか、この家にはまだ幽霊がいるのでは?
けれど、瑠琉ちゃんも七子ちゃんも、そう言ったことを匂わせる発言はしていない。
「気にしすぎかな」
「ごちそうさま~」
私がボソッと独り言を呟いたら、先に食べ終えた瑠琉ちゃんが席を立って器をキッチンへ持って行く。
「置いておいても良いのに」
スタスタとキッチンへ向かった背中にさりげなく言うと、冷蔵庫から牛乳を持って戻って来た瑠琉ちゃんが真っ直ぐソファへ向かう。
瑠琉ちゃんは、また牛乳でお腹の不足を埋める気だ。
「待って瑠琉ちゃん!」
急いで食べ終わった私は、瑠琉ちゃんが飲み始める前に急いで器をキッチンへ持って行き、ソファにいる瑠琉ちゃんの元へ急いだ。
紙パック容器の口を開け、ラッパ飲みをしようとする瑠琉ちゃんの腕を掴み、牛乳パックを奪い取った。
「だーめ。無くなったら明日の朝ご飯、困るでしょ」
「え~、椎菜のけち」
「明日まで我慢して。それに、瑠琉ちゃんと一緒にアニメ見ようと思ったから、消えられると困るの!」
「しょうがないなぁ。まあ椎菜とアニメ見れるなら良いけどさ」
ひとまずなんとか諦めさせることに成功し、私は急いで牛乳をしまいに行く。
ソファへ戻って来てからテレビをHDMIに切り替え、スマホのサブスクを映す。そして昨日とは別のアニメの、去年公開された劇場版を再生した。
瑠琉ちゃんがソファの端のダイニングテーブル側を死守していたため、私はソファの真ん中に腰掛ける。
ソファは広くはないけれど、反対の端に座ると小柄な瑠琉ちゃんとは少し距離が出来るため、私はわざと密着するように座った。すると瑠琉ちゃんは窮屈そうに私の表情を窺ってから私の脚の間に移動し、「ここ、瑠琉の場所ー」と言って私に身体を預けてくる。
……はぁぁぁ、なんて可愛いの!!
幽霊だと分かっているのに、今こうして密着してくれてる甘えん坊幽霊ちゃんがもうとにかく可愛くて、どうにかなっていしまいそうだ。
私は興奮する気持ちを誤魔化すように、瑠琉ちゃんの冷たくて柔らかい身体をぎゅっと抱き締めた。
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