第8話
「七子ちゃん!?」
慌ててベッドの方を見ると、七子ちゃんの上に瑠琉ちゃんが乗っかっていた。
「え!?どうしてここにいるの!?」
瑠琉ちゃんは布団の上から七子ちゃんに抱き付くように乗っかり、驚く私をじっと見つめてくる。
「お昼ご飯の用意ができるまで、七子と遊ぶ」
これが本当に遊びなのかと問いたくなる。
急に乗っかられた七子ちゃんが未だにびっくりして目を見開いたままだし、瑠琉ちゃんも遊ぶと言いながら七子ちゃんに抱き付いたまま。
そんなことどうだっていい。
問題は、テーブルの地縛霊のはずだった瑠琉ちゃんが、こうしてベッドまで来ているということだ。
「瑠琉ちゃんって、テーブルから離れられるの?」
「自分と同じものを食べた人のところに行けるみたい」
なんなんだその特殊能力は……。
つまり、七子ちゃんと同じチョコを食べたから瑠琉ちゃんはこうしてここにいるというわけか。……あれ?ならばチョコはどうやって奪ったのだろう。
「その理屈なら、チョコを奪うの無理じゃない?」
「だから、食べたいなって思ってたら近くにあったんだって」
瑠琉ちゃんは頑なにそう言い張る。
このいたずらっ子中学生の言うことだから、これはもう構い過ぎない方が良い。
きっと瑠琉ちゃんは、自由に動けるタイプの地縛霊なんだと思うから。
……そうは思うけれど、今目の前でくっつき合う美少女幽霊ちゃんたちがあまりにも可愛すぎて、お昼ご飯の準備よりも、洗濯を干すことよりも、まずこの二人を抱き締めたい。
「椎菜、なんか鼻息荒くない?」
「多摩川さん、興奮してますよね」
「だ、だって、七子ちゃんと瑠琉ちゃんがくっつき合ってるのが可愛くて」
「七子は渡さないよ!」
瑠琉ちゃんはそう言って布団の中へと入って行き、頭まで掛布団を被った。
私の布団の中に美少女幽霊ちゃんが二人もいるなんて、もう幸せ過ぎる。
「あとで昼寝しよっと」
そしてたっぷり二人を堪能してやるんだ。
布団の中でもぞもぞと動く二人の中の様子を妄想していると、ちょうど洗濯が終わり洗面所の方から音が聞こえてくる。
そこでふと我に返り、自分の右手が掛布団を捲ろうとしていたことに気付く。
「お楽しみは後で」
盛り上がった布団を優しく撫でてから、洗濯を干しに向かった。
洗濯機から出した洗濯物を持ってベランダの窓の脇に洗濯カゴを置く。
そして窓を開け、外に置かれたサンダルを履いて外に出る。
やはり、ベランダの周りにも外にも、あの光の発生源となりうるものは一切見当たらない。七子ちゃんも眩しがっていたから、絶対になにかあるのは間違いないのに、それらしきものは見当もつかない。
「UFOかぁ」
そんなわけないと思いたいが、現に私の部屋には地縛霊が二人もいるわけだから、UFO程度ならいつ現れてもおかしくない気がする。
「……!?」
洗濯物を取ろうと外から部屋の中のカゴに手を伸ばした瞬間、手になにか洗濯ものとは違う冷たい無いかが触れる。
外から電気を付けていない室内を窓越しから見ると、暗くてはっきり見えないため正体が分からず、サンダルを履いたまま恐る恐る室内へ身を乗り出してその正体を確かめてみた。
「椎菜、私も手伝う」
洗濯カゴの傍に、私の下着を抱えた瑠琉ちゃんが立っていた。
「やっぱり、さっきの嘘つきじゃん」
「嘘じゃないもん!椎菜もチョコ食べたからだよ!」
「そうゆうことにしておいてあげる」
「椎菜の下着、いっぱいあるね。服は少ないのに」
「良いでしょ別に!ほら、手伝うなら早く干して!」
「はーい」
裸足のままベランダに出てきた瑠琉ちゃんは、持っていた下着を一枚ずつ干し始める。私がその隣で服を干し、あっと言う間に洗濯を干し終え部屋へと戻った。
それから無言で訴えるかのようにテーブルの席に座った瑠琉ちゃんのために、洗濯物を手伝ってくれたご褒美も兼ねて少し早いお昼ご飯を作ることに決めた。
炊飯器でご飯2号を早炊きし、その間に冷蔵庫から卵を4つ取り出す。
お椀に卵を割り入れ、菜箸で解いてから塩を加え、ご飯が炊けるまでラップをして冷蔵庫に保管。
ご飯が炊けると、2号全てをバターで炒めた簡単五目そぼろセットの具材に入れ、ケチャップと塩コショウで炒めていく。
一度火を止め、隣のコンロで解いた卵を焼く。
火は通し過ぎないようにし、皿に盛ったチキンライスにその半熟卵焼きを乗せ、オムライスの完成!
瑠琉ちゃんの方の卵に、ケチャップで”るる”と書いて、何も書いていない自分の分と一緒に部屋のテーブルへと持って行った。
「瑠琉ちゃん、お待たせ~」
「椎菜!椎菜!それ、オムライス!?めちゃくちゃ良い匂い!」
握った両手でテーブルをトントンと叩きながら、まるで犬か猫のように喜ぶ瑠琉ちゃんの前にオムライスを置いた。
「どうぞ」
「やったー!」
瑠琉ちゃんにはご飯を1.5号も盛ってみたが、当人は気にせずスプーンを持って早速食べ始める。
「多くない?」
「大丈夫!」
みるみるうちにオムライスが瑠琉ちゃんの小さい身体へと消えていく。
幽霊なのに、私の作ったこのオムライスはどこへ消えていくのだろう。
そんなどうでもいいことを考えながら、食べ盛り幽霊ちゃんとの昼食を楽しんだ。
食べ終わると、瑠琉ちゃんは「眠いから寝る~」と言って姿を消す。
「え?一緒に三人でお昼寝するんじゃないの?」
その問いには誰も答えてくれず、私はふてくされたように食器をキッチンへ放置し、テーブルにあったチョコ入りの小物入れを持ってベッドへ向かった。
掛布団を捲ると、パジャマを乱した七子ちゃんがすやすやと眠っていた。
まさか瑠琉ちゃんが七子ちゃんのパジャマを……?
……良くない。今から添い寝しようとしているのに、こんなことを想像してしまったせいで一気に余計な煩悩が目覚めていく。
この子は幽霊、この子は幽霊。
「……もうだめ」
今すぐこの美少女幽霊ちゃんをぎゅってしたい。
欲望には逆らえず、小物入れを枕元に置いてから布団の中へと入り、七子ちゃんを思い切り抱き締めた。
「う~ん、多摩川さん?瑠琉?」
起きてしまったのも気にせず、七子ちゃんの身体に密着する。
体温がなく冷たい身体。華奢なのに柔らかい感触。
「七子ちゃん、私、七子ちゃんのことが……」
何を思ったか、私はついに10歳の美少女幽霊ちゃんへの告白に走る。
好き。そう言おうとした瞬間、私の腕の中にいた七子ちゃんが消えてしまった。
「……なんでぇ~!?」
嫌われてしまった?
まあ最初から嫌がられていたとは思うが……。
「…………瑠琉ちゃんもいないし」
あの夢のようなひとときは、一体なんだったのだろうか。
本当に夢だったのでは?
静まり返った室内ではもうそれ以外に何も考えられず、私はそのまま目を瞑ると、すぐ眠りについた。
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