夢のようなひととき
第7話
洗濯機をスタートさせたあと、キッチンに溜まった食器を洗う。
休日の朝はいつもこんなかんじで、面倒ごとから一日が始まる。
前日の夜に思う存分寛いだあとの結果だから、後悔はそこまでない。
「ふんふふ~ん、ふんふーん」
私は無意識に鼻歌を口ずさみながら、食器の泡を洗い流す。
……なんて良い休日の朝なんだろう。
あんなにも可愛い美少女幽霊ちゃんが二人も私の家にいるなんて、最高すぎではないか。身体も冷たくて実体化を解いたら見えなくなる正真正銘の幽霊だけれど、怖い、とは一ミリも思わない。
だって二人ともめちゃくちゃ可愛すぎるし、特に七子ちゃんは私の好みだから、同じ空間にいるという事実だけでも幸せを感じられる。
「七子ちゃん、瑠琉ちゃん、もう少し待っててね~。片付け終わったらいっぱい遊ぼうね~」
キッチンからなら、部屋にいる二人には小声であれば届かない。
そう思って、私は独り言を呟いてみた。
「……ん?」
ふと視界の端に何かが通り過ぎたように感じ、反射的に部屋の方を見る。
部屋への出入り口に扉は無く、キッチンからも部屋の中が窺えるが、一見だと何も様子は変わらない。
「七子ちゃん?瑠琉ちゃん?」
少し大きめの声で二人の名前を呼んでみると、テーブルの方から瑠琉ちゃんと思われる声が聞こえてきた。
「椎菜~、お昼ご飯まだ~?」
あと二時間待ってと言ってからまだ一時間も経っていない。
「まだ十時だから、もう少し待ってて~」
「は~い」
生意気ではあるけれど、返事だけは素直なのが瑠琉ちゃんという女の子だ。
じゃあさっき感じた気配は、やはり気のせい……?
瑠琉ちゃんはこの様子だと未だにテーブルの上に突っ伏していそうだし、七子ちゃんはベッドから出られないだろうし。
それでもどうしても気になり、食器を洗い終えてから急いで部屋へと戻った。
「多摩川さん……」
七子ちゃんが今にも泣きそうな表情でベッドから足を出して座っていた。よく見ると枕元に置いていたガラスの小物入れが見当たらない。
「七子ちゃん、どうしたの?」
「チョコが、私のチョコが……」
私は七子ちゃんが視線を向ける先を恐る恐る確かめてみる。するとそこには、テーブルで小物入れを抱きかかえながらチョコを貪る瑠琉ちゃんの姿があった。
「え?瑠琉ちゃん、それどうやって取りに行ったの?」
地縛霊なのに家具を離れて移動した……?
「取りに行ってない」
それより、私の非常用甘味食を取り返さなくては。
私はひとまず瑠琉ちゃんの元へ行き、小物入れを奪い取ろうと手を伸ばす。
しかし瑠琉ちゃんは小物入れごと身体を向こうに向けて座ってしまった。
「瑠琉ちゃん、それ私と七子ちゃんのだから返して」
「やだ!」
「お昼ご飯、いらないの?」
「……いる」
私の言葉でようやくこっちに身体を向け、小物入れをテーブルの上に置いた。
本当にこの子は食い意地が凄い。そんな生意気中学生だし、実は嘘を付いていて、テーブルから離れてチョコを奪いに行ったのだろう。
ここは、大人としてしっかり叱っておかねば。
「瑠琉ちゃん、お昼ご飯食べたいなら教えて。どうやって取りに行ったの?」
「……食べたいなぁって思ってたら、気付いたらテーブルに置いてあった」
これが本当なら、瑠琉ちゃんは念力が使えるタイプの幽霊ということになる。
そんなこと信じられるわけがない。
「本当のこと教えて」
「ほんとだもん!」
瑠琉ちゃんはうるうるした目で必死に訴えてくる。
口の周りにチョコが付いているのに気付き、私の右手が無意識に瑠琉ちゃんの顔へと向かって行く。
叩かれると思ったのか目をぎゅっと瞑ってしまい、それでも止まらない私の右手はそのまま瑠琉ちゃんの口元へと触れ、人差し指で付いたチョコを拭った。
「え?」
私が自分の指に付いたチョコを舐めて処理していると、目を開いた瑠琉ちゃんが不思議そうに私を見る。
「次やったら、ご飯抜きだからね」
「……さっき、七子にもやったよねそれ」
「それってなに?」
私はただ自分の指に付いたチョコを舐めているだけ。
……決して下心は無い。と、この子たちの前では主張せざるを得ない。
「七子の口の中に指入れて、それ舐めてたじゃん」
「だからぁ、それは指にチョコが付いちゃったから仕方なく」
「今のも仕方なかったの?」
「そうだよ、仕方なかったの!ティッシュで拭ってあげたかったけど、ソファの方にあって近くに無かったから……」
ふとソファの方を一瞬だけ見てみる。
「……あれ?」
ソファ前のローテーブルにあるはずのボックスティッシュが無い。ダイニングテーブルの方を見直してみても、チョコが入った小物入れしか見当たらない。
部屋中を見渡していると、ベッドに視線が止まる。
「七子ちゃん、いつからそこにティッシュあったの?」
つい数分前まで小物入れがあった枕元に、ボックスティッシュが置いてある。そして七子ちゃんがそのティッシュを使って鼻をかんでいる。
「気付いたらありましたよ」
そう言って鼻をかみ終えたティッシュをベッドの脇にある小さいゴミ箱へ投げ飛ばす。しかしそのゴミはゴミ箱へは入らず、床へと転がった。
「七子ちゃんも瑠琉ちゃんも、怖いこと言わないでよぉ」
「た、たしかに言われてみれば怖いですね」
また慌てて布団の中へと吸い込まれていくベッドの地縛霊ちゃん。
私はとりあえず床に転がったゴミを拾いに行った。
……幽霊って、鼻水出るものなのか。
さっき七子ちゃんの口から引き抜いた指にも、チョコ以外のものが付いていた気がするし、そこらへんは生きた人間と変わらないのだろう。
ゴミを拾いゴミ箱に捨ててから、びくびく怯えながら顔まで布団を被る七子ちゃんの頭を撫でた。
すると布団の中からひょこっと顔だけ出てくる。
「多摩川さん、チョコ食べたいです」
「もうお昼だからだーめ」
「私、幽霊なのでお昼ご飯は食べません」
チョコは食べるくせに。
それに、瑠琉ちゃんの食い意地のせいで、危うく七子ちゃんにもお昼ご飯を用意するところだった。
「七子ちゃんって、ベッドから出られないんだよね?」
口元まで布団をかけて見つめてくる美少女幽霊ちゃんをひたすら撫でながら、私はずっと気になっていたことを尋ねてみた。
「はい。地縛霊なので出られません」
ということは、瑠琉ちゃんもテーブルからは離れられないはず。
「じゃあ、チョコは誰が持って行ったの?」
「瑠琉がやったんじゃないですか?目を覚ました時には既に瑠琉がチョコを食べていたので」
じゃあ、やっぱり瑠琉ちゃんがチョコ奪ってテーブルへ?
七子ちゃんを撫でるのを止めテーブルの方を見てみると、そこに瑠琉ちゃんの姿は無い。また実体化を解いてるのか?と思ったその時、ベッドから「ふぎゃあ!」という悲鳴が聞こえた。
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