第3話 帰還
午後四時ちょうど。佐藤美紀は受付カウンターの向こうから、ダンジョン出口に視線を向けていた。
「あ、帰ってきた」
まず最初に現れたのは松尾商店の三人だった。髭面の松尾、無口な田中、魔術師の佐々木。三人とも疲れているが、表情は悪くない。
「お疲れ様でした」
佐藤が声をかけると、松尾が振り返って手を振った。
「ああ、お疲れ様。今日はちょっと時間かかっちまったな」
その後に続いて現れたのが、例の奇妙な三人組。赤髪の神崎マルコは相変わらず背筋が伸びて軍人のような歩き方だ。桐島修は肩にかけたバッグを持ち直しながら、何やら疲れたような顔をしていた。
そして最後に、日傘をさした少女、リリア。
佐藤は内心ホッとした。心配だった彼女も無事に帰ってきた。それどころか、ニコニコと楽しそうに歩いている。まるで遠足から帰ってきた子供のようだった。
「あの子、本当に大丈夫だったのね」
佐藤がそう呟いていると、松尾が受付に近づいてきた。
「佐藤さん、今日の分の魔石の換金、お願いします」
「はい。それでは査定させていただきますので、こちらに」
佐藤は奥の査定室へと一行を案内した。机の上に並べられた魔石と素材を見て、佐藤は内心驚いた。
「これは...結構な収穫ですね」
中級の魔石が二つ、下級の魔石が十数個、それに機械ゴーレムの部品やレアな鉱石まで。
「査定額は...七十万円になります」
松尾が目を丸くした。
「七十万?稼いだと思ったが、多いな」
「はい。特にこちらの中級魔石が高品質でして」
佐藤が魔石の一つを指さすと、神崎マルコが静かに頷いた。
「効率よく採取できました」
「凄いじゃないですか。普段なら三十万円がいいとこなのに」
佐々木が嬉しそうに言った。
桐島がへらりと笑みを浮かべた。
「ほんと、運が良かった」
七十万円。確かにこのダンジョンとしては効率の良い方だ。一般的な仕事と比べれば圧倒的に高収入だが、装備の更新や消耗品、日々の訓練費用、それに税金もある。何より、怪我をすれば医療費が高額になりがちだ。
命をかけた仕事として、本当に割に合うのだろうか。
佐藤は自分だったらとても出来ないな、と思いながら手続きを進めた。
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軽バンの荷台に装備を積み込みながら、松尾商店の三人は今日の探索について話していた。
「それにしても、あのリリアちゃんには驚いたな」
田中がハンドルを握りながら呟いた。
「ああ。結局ほぼ全部遠距離で片付けてたもんな」
松尾が助手席から振り返った。
「一回だけ近距離に入り込まれた時があったけど、危なげなく距離を取ってたし。その後すぐに桐島さんが処理してたし」
佐々木が後部座席から口を挟んだ。
「でも一番驚いたのは神崎さんじゃないか?あのダメージディーラーとしての実力は一級品だ。ちょっとここらでお目にかかれるレベルじゃない」
「確かに。福岡のキャナルダンジョンでも上位に食い込むんじゃないか?」
松尾が頷いた。
「桐島さんはよく分からんかったな」
田中が首をかしげた。
「視野が広いのか、リリアちゃんと神崎さんのフォローが主だった。自分から何か仕掛けることはほとんどなかったし」
「脱力して気楽そうなのが印象と言えば印象だな」
佐々木が笑った。
「でも、あれはあれでチームの要になってるんじゃないか?」
「ああ、確かに。指示が的確だったし」
松尾が窓の外を見ながら言った。
「また一緒に行けたらいいな」
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ミニバンの中では、もっとリラックスした雰囲気が流れていた。
「疲れた疲れた」
桐島が運転席でのんびりと言うと、助手席のマルコが振り返った。
「お前は楽してただろう」
「いやいや、指示出すのって結構疲れるんですよ」
後部座席のリリアが畳んだ日傘をくるくると回しながら言った。
「力を絞るのは疲れます」
「まあな。でも、水揚げは悪くなかった。素材も手に入ったし。明日は休みにしますか」
桐島がにへらと笑う。
「桐島、いやマスター。私はそろそろ博多にラーメンを食べに行きたい。明日が休みならたまには遠出はどうだ?」
「やったー!」
リリアが手を叩いた。
のんびりとした会話を続けながら、ミニバンは住宅街に入った。大きめの邸宅が立ち並ぶ中、桐島の自宅が見えてくる。
門の前で、スーツを着た女性が家を覗き込んでいる姿が目に入った。
ショートカットの髪、知的な印象の顔立ち、きちんと着こなされたスーツ。それまで緩んだ顔をしていた桐島だが、ハンドルを少し強く握った。
「美咲?」
桐島が小さくつぶやいた。
マルコとリリアが前方を見詰めた。女性は桐島たちのミニバンに気づいたようで、振り返ってこちらを見ている。
車内に変な静寂が落ちた。
「お父さん?」
リリアが心配そうに声をかけたが、桐島は答えなかった。ただ、ゆっくりとブレーキを踏んで、家の前で車を停めた。
女性はまだそこに立っていた。桐島を見つめて、何かを言いたそうな表情をしている。
しかし、結局彼女は何も言わずに、小さく会釈をしただけだった。そして踵を返して、歩き去っていく。
桐島はしばらくその後ろ姿を見つめていた。
「お父さん、知ってる人ですか?」
リリアの質問に、桐島は静かに答えた。
「...昔の同僚だよ」
車内に再び静寂が戻った。
今日の気楽な雰囲気が、一瞬にして変わってしまったようだった。
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