第2話 鉄さびダンジョン

ダンジョンの入口付近で、桐島たちは先客の存在に気づいた。三人組の男性パーティが装備の点検をしている。見るからに屈強そうな体格で、顔も濃い。特にリーダー格の髭面の男性は、体格の良さと相まって近寄りがたい印象を与えていた。


「おっ、新しいパーティだな」


髭面の男性が振り返った。


「初めて見る顔だが...って、おい」


彼の視線がリリアに止まった。日傘を差した小柄な少女の姿に、明らかに困惑している。


「すみません、あのお嬢ちゃんは...まさか探索に?」


男性が心配そうに桐島に声をかけた。桐島は内心でため息をついた。やはりこうなるか。


「えっと、はい。リリアも探索メンバーです」


「いや、でも...どう見ても小学生だろ?15歳だとしても、一撃食らったら死にかねないぞ」


髭面の男性は真剣な表情で続けた。


「悪いことは言わない、こういう場所に連れ回すのは...」


「児童虐待ですよね」


隣の大柄な男性が無口ながらも同意した。


桐島とマルコが視線を交わした。説明に困る。しかし、リリア本人は全く気にしていない様子で、むしろ楽しそうに三人の男性を見上げていた。


「大丈夫ですよ!私、ちゃんと15歳です」


リリアが日傘をクルクル回しながら歌うように言った。


「それに、ダンジョンってとっても楽しいんです。ですから仲間はずれにしないで下さい」


「楽しそうって...」


髭面の男性は困惑を深めた。ダンジョンは探索者であっても、怪我は日常だし、時には死ぬこともある。文字通り遊びじゃ無い。


「あの、失礼ですが」


マルコが一歩前に出た。まるで軍人、いや騎士のようにきちんと背筋が伸びている。


「私は神崎と申します。安心してください。この子、リリアは実証済みです」


「実証済みって...俺は松尾だ。こっちは田中、佐々木。アタッカー、タンク、魔術師」


松尾が仲間を紹介した。


「松尾商店って呼ばれてる。それで、実証済みって何のことだ?」


マルコが桐島を見ると、彼が口を開く。


「それなりに戦闘経験有りってことで。ほら、コンバットプルーフって奴で...」


「一緒に行きませんか?」


桐島がお茶を濁すような発言に被せるようにして、リリアが突然提案した。


「みんなで行った方が安全ですし、楽しいですよ」


松尾商店の三人は顔を見合わせた。この不思議な少女が心配でもあり、興味もそそられる。


「確かに、人数が多い方が安全だからな」


松尾が決断した。


「俺たちも一緒に行こう。そうしないと夢見が悪くなりそうだしな」


「仕方ありませんね」


桐島がうなづくと、マルコも同意した。


「やったー!」


リリアがはしゃいだ様子を見せる。


六人のパーティとなった一行は、鉄さびダンジョンの内部へと足を踏み入れた。最初の通路は幅広く、機械仕掛けの装飾が施された壁が続いている。床には歯車の模様が刻まれており、まさに「鉄さび」の名前にふさわしい光景だった。


「最初の部屋だ」松尾が警戒しながら言った。「ここの雑魚は大したことないが、一応気をつけろ」


部屋に入ると同時に、ガシャンという金属音と共に三体の機械ゴーレムが起動した。人間ほどの大きさで、錆びた鉄の外装を纏っている。動きは鈍重だが、その分頑丈そうだ。

部屋の広さは6人が拡がって戦っても十分なほど。


「リリアちゃん、下がってろ!」松尾が大きな声を出す。


しかし戦闘はあっけなく終わった。松尾の剣技、田中の盾攻撃、佐々木の魔術、そしてマルコの見事な剣戟。桐島も的確にゴーレムの弱点を見抜いて指示を出す。


リリアは確かに立っているだけだった。日傘を差したまま、まるで見学でもしているかのように。


「やっぱり戦力外じゃないか...」


田中が小声で呟いた。


「桐島さん、ほんとここ初めてですか?すごく手慣れてますね」


魔術師の佐々木が桐島の手元を見て感心する。桐島はゴーレムから苦もなく素材を取り出していた。


「いや、初めてですよ。ちょっと機械弄りが好きなんです」


桐島が曖昧に答えた。

順調に進んでいた探索だったが、三つ目の部屋で予期しない事態が発生した。

桐島がいつものように床のトラップを調べていると、突然部屋全体に警報音が響いた。


「何だ?」


松尾が警戒した。


「トラップが...作動してます」


桐島が困惑した。


「モンスター召喚系のようですが、こんな仕掛けは講習には無かったはず」


部屋の四方から機械音と共に、大量の機械ゴーレムが現れ始めた。先ほどとは比較にならない数だ。大小様々なゴーレムは出入り口にまであふれ、逃げ道が無い。


「っ、囲まれた!」


松尾が剣を構えた。


「みんな、円陣を組め!」


乱戦が始まった。松尾商店の三人とマルコが前衛を務め、桐島が後方支援を行う。しかし敵の数が多すぎる。


「こりゃあ、隙を見て応援を呼ばないとマズそうだ」


松尾が汗をかきながら言った。

その時。


「レギオン」


リリアの小さな声が響いた。突然、複数の魔法陣が空中に浮かび上がる。

そこから魔術が放たれる。一つ一つは弱そうな術だが、数が多い。数で圧倒するゴーレムに、さらに多くの魔術がぶち当たる。

一瞬で半数以上を破壊した。


「え?」松尾商店の三人が呆然とした。


さらにリリアは日傘を軽く振ると、一行の周りに光の防壁が展開された。ゴーレムの攻撃を完璧に防いでいる。


「あの子...一体何者なんだ」

「俺たちより強いじゃねえか」

田中が唖然として呟いた。

佐々木が震え声で言った。


残りのゴーレムも、マルコと松尾たちの連携で片付けられた。戦闘が終わると、リリアは何事もなかったかのように日傘をくるりと回した。


「はい、お疲れ様でした」


松尾は剣を鞘に収めながら、改めてこの不思議な少女を見つめた。見た目は確かに小学生だが、その魔術の腕前は尋常ではない。


「リリアちゃん...君、一体何者なんだ?」


「えーっと」


リリアはにこりと桐島の方を向いた。


「お父さん、どうしましょう?」


明らかに含みを持たせたリリアの発言に、桐島は苦笑いを浮かべた。


「生まれつき魔力の多い変わった娘なんですよ」


松尾は首を振った。心配されるのは俺たちの方だったかもしれない、と内心で思いながら。


「とりあえず、先に進もうか」


松尾が提案した。


「今度は俺たちが足手まといにならないように頑張らないとな」


一行は再び歩き始めた。松尾商店の三人の桐島チームに対する見方は、完全に変わっていた。

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