第18話 青く光る幻のはちみつ
星たちが遠く光り、雲の隙間で囁くように瞬いていた。
夜の静けさが、ふたりの部屋をまどろみのなかにやわらかく包み込んでいる。
ポータブルランプの穏やかな光が天井に揺れる影を映し出し、淡い明暗を描いていた。
部屋の隅——お気に入りのラグの上で、ソラはタブレットを手にじっと固まっていた。
小さな耳はぴんと立ち、水色の瞳は濡れたようにきらきらと輝いている。
しっぽは緊張したように真っ直ぐ伸び、ぴくりとも動かない。
「ラドリー! これ見て! すっごいよ!!」
興奮を抑えきれない声が、静かな部屋に弾ける。
ソファに体を預けてくつろいでいたラドリーは、テレビに目を向けたまま気のない返事をした。
画面の中では、コメンテーターが古代都市の再発見について語っている。
「またネットのガセネタか?」
「違うよ! これ、本当かもしれないんだってば!」
ソラはちょこちょことソファに駆け寄ると、ぴょんっとラドリーの隣に飛び乗り、タブレットを勢いよく差し出した。
画面に映っていたのは、夜の深い森。
しっとりと湿った葉のあいだから月明かりが差し込むなか、ひっそりと佇む神秘的なガラス瓶。
その中には、まるで夜空を閉じ込めたかのような澄んだ青色のはちみつが、仄かに光を放っていた。
「ルミネティアっていうんだって! 青く光るはちみつ! 旧世界の技術で作られた特別な蜜源から採れるんだよ!」
「……はちみつが光るかよ。化学薬品でも混ぜてんじゃねぇの?」
「違うよっ! ほら、ここ。ちゃんと“天然由来の蛍光成分”って書いてあるもん!」
「それ、ただのマーケティング用語だろ」
ラドリーの素っ気ない返事にも構わず、ソラは熱を込めて話し続ける。
「しかもね、年に一度だけ旧世界の遺構が残ってる森の奥で採れるんだって! 養蜂管理ドローンっていう旧時代の機械が今も動いてて、それが幻の蜜を守ってるんだよ!」
「ほぉ……ドローンまで出てきたか。次は女王蜂が喋るとか言い出すんじゃねぇのか?」
「えっ、それってあるの!?」
「あるかよ」
しばらく真剣に考え込んでいたソラは、ぱんっと手を打った。
「でもさ、もし本当にあるなら、絶対すっごく美味しいよね! ちょっと舐めるだけでエネルギー満タンになって、ぴかーって光っちゃうくらい!」
「お前が光ったら夜道でバレバレだな。モンスターの的になるぞ」
「でも、ラドリーがすぐ見つけられるよ?」
「……うまいこと言いやがって」
ラドリーはくっと笑い、ソラの頭をぽんっと撫でた。
ソラはくすくすと笑いながら、得意げにしっぽをふわりと揺らす。
「いつか一緒に探しに行きたいな。青いはちみつ。ボクが元気いっぱいになって、ラドリーにもお裾分けするんだ。きっとすごくいい味がすると思う」
「どんな味だよ」
ソラは少し首を傾げ、小さな声で言った。
「ちょっと……宇宙っぽくて、ちょっと……さみしい味」
「さみしい味って、どんなだよ」
「わかんないけど……青く光るってことは、夜に似てる気がするから……。夜ってきれいだけど、ちょっとだけ、さみしいでしょ?」
ラドリーは黙ってソラを見つめた。
機械のはずのその瞳に、なぜか星空のような遠さと優しさが宿っているように見えた。
しばらくして彼は立ち上がり、大きく伸びをする。
ふうっとひと息ついたあと、テレビのリモコンを手に取り、音量を二つ下げた。
画面の中の喧騒が静まり、部屋にほんの少しの静けさが戻る。
「……そうだな。さみしい夜には、甘いもんが合うかもな」
「うんっ!」
ソラはぱっと笑顔になり、タブレットの画面を嬉しそうに見つめた。
「だから、ちゃんと調べてみるね。どこにあるのか、どうやったら見つけられるのか」
「ま、程々にな。……どうせ、そのうち“月の蜂が作った”とか言い出すんだろ」
「月に蜂がいるの!? すごいねそれ!」
「……冗談だ」
ラドリーは苦笑しながらソファへ戻る。
するとソラも、まるで当然のように彼の膝に乗った。
タブレットの画面には、青く光るはちみつが——まるで星の涙のように——暗い森の中で、静かに瞬いていた。
ラドリーは何も言わずに、ソラをそっと撫でた。
柔らかな毛並みに指先を滑らせると、ソラは目を細めて心地よさそうに丸くなった。
ふたつの温もりが、穏やかに溶け合っていく。
窓の外では、雲の切れ間から月が顔を覗かせていた。
青白い光が、夜の街をやさしく照らしている。
——遠い森の奥深くで、ひっそりと守られた青い蜜。
そして、誰にも触れられぬふたりだけの夜。
どちらも、そっと静かに光を宿していた。
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