第17話 銀河の煌めき風とろける幸せプレート

 窓辺に差し込む柔らかな日差しが、カーテンの縁を金色に染めていた。


 時計の針は午後三時を少し過ぎたところ。

 街の喧騒も遠のき、部屋の中には穏やかな静けさが満ちている。


「できたよー!!」


 キッチンから弾けるような声が響いた。


 ソファで雑誌を広げてくつろいでいたラドリーは、ページをめくる手を止めて顔を上げた。

 静かな午後には少し場違いな元気な声に、ほんの少しだけ胸騒ぎを覚える。


「……また、妙な名前のメニューか?」


 ラドリーの呟きに応えるように、ソラがキッチンから姿を現した。

 小さな両手でプレートを大事そうに抱え、いつになく慎重な足取りでリビングへ向かってくる。


「じゃじゃーん!」


 得意げな声とともに、ソラはローテーブルの上に皿をそっと置いた。


「名付けて、“銀河の煌めき風とろける幸せプレート”!」


「うわ、来たよ……」


 ラドリーは身を起こし、やれやれと息をついて皿を覗き込んだ。

 名前は壮大だが、見た目は意外にも整っている。


 中央に置かれた青いゼリーは透明感があり、光を受けて微かに煌めいていた。

 その周囲にはチョコレートの欠片と、クラッシュしたナッツが星のように散りばめられている。


「お前……これ銀河は、どこにあるんだ?」


「ほら、このゼリー!」


 ソラは耳をぴこぴこと動かしながら、自慢げに説明する。


「青くてキラキラしてるでしょ? 星雲っぽい感じにしたの! ミントの香りも、宇宙の神秘感をイメージしてるんだよ!」


「“ぽい”で片づけんな……」


 ラドリーは小さく笑いながらスプーンを手に取る。


「……で。これ、食えんのか?」


「食べられるよ! ちゃんと甘いよ!」


「いや、そこは“美味い”って言ってくれ……」


 半信半疑のまま、ラドリーはゼリーをひと口すくって口に運んだ。


 冷たくぷるんとした食感が舌に心地よく、ほんのりミントの香りとともに柑橘系の爽やかな甘みが広がる。

 チョコのほろ苦さとナッツの食感も、思ったより悪くない。


「お。……まあ、不味くはないな」


「でしょでしょ!」


 ソラはぱあっと表情を輝かせた。


「ボク、すっごく頑張ったんだから! ネーミングも本気出したよ!」


「ネーミングの本気度は感じた。胃袋じゃなくて脳にくるタイプだったけどな……」


 ラドリーが苦笑すると、ソラは嬉しそうに自分の皿にもスプーンを伸ばす。

 ゼリーをすくい、口元に運ぶその動作にも、どこか誇らしげな雰囲気が漂っていた。


「これ、また作ってもいい?」


「……まあ、たまにならな」


「やったぁ!」


 ソラはしっぽをぴんと立てて喜び、次の構想を口にしはじめる。


「じゃあ次はね、“宇宙を旅するふんわりパンケーキ~微睡みのミルキーウェイ添え~”とか、どうかなっ!」


「いやだから、名前の詩的レベルが高すぎんだって……」


「ラドリーが名付けてくれてもいいよ?」


 ソラはテーブル越しにラドリーを見上げ、にこっと笑う。


「“ラドリー風ブラックホールパンケーキ”とか!」


「それ、ただの焦げたやつだろ……」


 ふたりは楽しげに笑い合いながら、テーブルを囲んで向かい合った。


 風がそよぎ、カーテンが優しく揺れる。

 街の喧騒はまだ遠く、午後の陽射しが部屋をあたたかく包んでいる。


 特別な材料はひとつもなかった。


 けれど、手間と遊び心、それにほんの少しの気持ちが込められたそのプレートは——たしかに、ちょっとだけ幸せな味がした。

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