第8話 救出と出会い
クラウディアとのダンスを終えると、そのまま彼女の手を取ってジャンはある場所に歩いて行った。
「トマス、すまんな遅れて」
そういうとジャンはトマスに近づいて囁いた。
「クラウディアと踊れ」
トマスは文句を言おうとしたが、それを呑み込んでクラウディアに言った。
「一曲踊って頂けますか」
ジャンに目配せされ、クラウディアに断わる選択肢はなかった。
トマスを囲んでいた令嬢たちはジャンの登場に軽く悲鳴を上げた。
ジャンは彼女たちを引き連れて、料理のある所に行き、使用人に適当に料理をとってもらうと、しばらくそこで令嬢たちと閑談に興じた。
ジャンは彼女たちに昼に見た芝居の感想などを語って場を盛り上げた。
そしてそれぞれのドレスや髪飾りなどを褒め、さりげなく各々に服飾に関するアドバイスをしながら、〈ロラン〉の商品を宣伝した。
そして、ジャンはその間も会場の全体を窺っていた。
ジャンの視線はこうしたパーティでは、花を愛でる庭師のようなものである。
メインの花はもちろん主役のアンヌだが、それを取り巻く令嬢や婦人たちを目に入れないことは無い。
一人として逃がさず、その目の中に映さないと惜しい気がするのだ。
令嬢たちとのたわいのない会話の狭間、ふと広間の壁にかかった絵が目に入った。
そして同時にその絵の傍らに、一人の婦人が佇んでいるのが見えた。
文字通り壁の花と言った様子だ。
ひとしきり会話が済むと、ジャンは令嬢たちに微笑み、それでは失礼します、と軽く手を振ってその場を離れた。
振り返ると令嬢たちは、人気者との幸運な出会いに興奮覚めやらぬ様子だった。
ジャンは来客の中に紛れて気配を消し、壁の絵を見に行くような素振りで件の婦人に近づいた。
「何かお飲みになりますか」
うつむきがちだった婦人は顔を上げてジャンを見た。
「すみません。紹介もなく声をかけて。私はジャン・ロランと申します」
婦人は驚いたように口を手で隠した。
「もしよろしければお名前をお聞きしたいのですが」
ジャンは誰にも見られぬように来客たちに背を向けてそう言った。
「あ、あの私はジュリエット・ベルナールと申します。アンヌ様の家庭教師をしております」
「そうですか。アンヌ嬢の先生なのですね」
「いえ、先生と言っても・・・」
ジュリエットはジャンをまじまじと見て訊ねた。
「あのロラン様はあのロラン男爵様の」
「ええ、その通りで。今日はご招待を受けまして参りました」
あら、ジャン、先生を見つけたのですねと声を掛けられて、振り向くとアンヌがニコニコしながら立っていた。
「見つかってしまったな」
「全くどこにいるだろうと探していたら、先生を口説いているなんて」
ジュリエットは慌ててアンヌに、違うんです、今、ご挨拶を頂いただけなんです、とアンヌに訴えた。
アンヌはジュリエットに落ち着いて、冗談ですよと笑った。
「でも、ジャンが婦人に声をかけるということは、これから口説こうとしているようなものですので。ただ、先生に目をつけるなんて、ちょっと見直したかも」
「初対面のご婦人にそういう紹介の仕方は無いだろう。リカード家ではそう言う風に君に教えているのかい」
ジャンは不満そうな顔でアンヌに苦情を言った。
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