第2話 カフェのひと時

「今度ばかりは、さすがにわからないんだが」

 ジャンがカフェのテラスの席に座ると、すでに来ていたトマスが言った。

「なんのことを言っているんだ。いつも君には言っているだろう、質問は人にわかるようにと」

 トマスはうんざりした顔をした。

「察しろよ、僕が君に訊ねることの大半はご婦人方のことだ。思いあたることがあるだろう」

「ご婦人の話ならなおさらちゃんと説明してくれないとわからないよ」

 そう言うジャンの笑顔を見ながら、トマスは肩をすくめた。


「名前を度忘れしたんだ。フレーゲ侯爵令嬢のお披露目のパーティだよ」

「ああ、レディケイトのことか」

「そうそう、ケイト・アルバレス伯爵夫人のことだよ」

「彼女がどうかしたのか」

 トマスはボーイに紅茶を頼むとジャンに訊ねた。

「どこが気に入ったんだ。まず聞いておこう」

 ジャンはシガレットを取り出してそれを指でもてあそびながら答えた。


「ケイトはね、あの黒髪と切れ長の目が良いんだ。冷たそうに見えるが、実際の彼女はとても暖かく穏やかな人だ。それと訂正しておくが、彼女は伯爵夫人ではない、亡くなった伯爵の爵位を継承したから、彼女自身がアルバレス伯爵だ。息子がいるから彼が成人するまでだがね」

「それは失礼した。まあ、彼女の魅力については僕はわからないが、君の好みだからあれこれ言わないでおこう、だが、彼女はいくつだ」

「おいおい、それはマナー違反だろう。でも親友の君の問いとあれば答えよう。彼女は四十才だよ」

 煙草に火をつけると、ジャンは少し吸い、艶やかな唇から細く煙を漏らした。


「それだよ。僕がわからないと言ったのは」

「やっぱり説明が足らない。年の差のことだと言ってくれれば、もっと早く答えられたのに」

「宮廷じゃ、その話で持ち切りだぞ」

「ただの噂だよ。先週末のフレーゲ侯爵のパーティでちょっと話込んでいたらこうなった。もちろん口説いていたのは間違いないが、あえなく振られてしまった。諦める気は毛頭ないけれど」

 トマスは呆れたようにため息をついた。


「そんなことだから、誰でもいいなんて言われるんだ」

「失礼な話だ。誰でもいいわけじゃない。僕はご婦人が好きなだけだ。残念ながら、君のような若いご令嬢に人気の美男子が目の前にいても、全く興味が湧かない」

「当たり前だ。変なことを言わないでくれ」

 そう言って居心地悪そうな顔をしたトマスをジャンは笑った。


「全く君のご婦人たちに対する偏見には、非難する以前に驚かされる。この世界の半分は女性だというのに、君にとっての女性はその十分の一にも満たないのだからな」

「じゃあ、君にとっての女性はその半分すべてなのか」

「いや、君ほどは狭くないと言いたいだけだよ。婚約年齢未満の少女とまだ出会っていないご婦人方は対象外だ。さすがに知らない人は口説けないからね」


 それじゃあ、トマス、今夜はリカード伯爵邸で。君の所にも招待状が来ているだろう。伯爵は娘の婚約者探しで独身の貴族は総ざらいしたいようだよ、ジャンはそう言うと席を立った。

「おい、どこへ行くんだ」

 トマスがそう言って立ち上がると、ジャンは手をひらひらと振りながら、いずこともなく去って行った。

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