第24話 調査続行。


2:多喜田友佑


 勝ちゃんの家から僕はそのまま直帰せずに力の家に向かった。力のご両親は仕事に出向いていたので、家にいたのは力と僕らと同じく休校になった妹ちゃんだった。力は突然訪ねた僕を拒むことなく部屋に上げてくれた。


 力にはさっき勝ちゃんの家で聞いたことの全てを話した。勝ちゃんがヒナちゃんであることを知っていた彼も、勝ちゃんが朱梨ちゃんと姉弟だということを知らなかったようで目を丸くしていた。


 「じゃあ勝ちゃんは、お父さんの不倫相手の顔をして動画を撮ってるってこと……だよね」


 「そういうことになる。勝ちゃんは顔がいいからだって言い張ってるけど絶対理由が他にあるはずなんだ。力、何か知らない?」


 「ごめん……僕、勝ちゃんに化粧を教えてほしいってお願いはされたけど深くは聞かなかったんだ。本当に切羽詰まったって感じで……」


 「……普通、不倫相手ってなったら……不快だよね」


 「そうだと思う。しかも朱梨さんが同い年って考えたら……その、お母さんが勝ちゃん身ごもる前から続いていたってことでしょう? それを中学生の思春期に知ったっていうのも、また……」


 「普通、顔も見たくないはずの相手の顔をする理由ってなんだろう」


 僕はあぐらをかき、力は正座をしてうーんと唸る。力の部屋は壁一面にゲームがズラリと並んでおり、テーブルには今流行りのSwatch2が置いてあった。いつもなら一緒にゲームでもして盛り上がるところだけど、今日は2人ともそんな気分にはなれない。


 力は眼鏡のフレームをカチャリと上げて、僕を見た。不安の色が深い彼は、多分勝ちゃんが心配でたまらないのだろう。


 「朱梨さんのこと、知りたいのかも」


 「どういうこと?」


 「朱梨さんと仲が良かったはずだって望木くんが言ってた。もしかしたら……勝ちゃんにとっては姉弟とかじゃなくて大切な友だちだったのかも。それで……朱梨さんが亡くなったとき、側にいた日奈さんに事故のこと聞きたいとか」


 確かに、勝ちゃんは朱梨さんを特別に思っているかもしれない。それなら朱梨ちゃんのお母さんである日奈さんに事故の詳細を聞き出したいと思うかもしれない。


 日奈さんを見つけるために、彼女のアクションを待つために、だから彼はヒナちゃんの顔で配信しているのだろうか。


 でも、現実には自分とよく似た顔をした人が配信しているからという理由で日奈さんが接触してくることなんてあるだろうか。特に、勝ちゃんは高校2年生の男子だと言い切っている。日奈さんなら『ヒナちゃんねる。』が勝ちゃんであることは想像できるのではないだろうか。


 「というか、事故の詳細聞いてどうする気なんだろ」


 「それはそうなんだけど……うーん……」


 力が唸るのを見て、僕は思わず天井を見上げた。幼馴染だと言っても僕らは所詮他人だった。僕は2人の秘密を知らなかったし、力もまた勝ちゃんのことを詳しくは知らなかったのだ。


 突きつけられる現実に思わず力が抜けそうになる。このまま2人で頭を抱えていても何も分からずじまいなのかもしれない。


 「……友ちゃんは、勝ちゃんを疑ってるの?」


 「え?」


 「一連の事件の、犯人だと思ってるの?」


 力が不安そうに声を震わせた。僕は彼の心配を拭うためにすぐに首を横に振る。


 「信じてるから、調べるんだよ」


 「……何で?」


 「ヒナちゃんとして僕の前に現れたのには、絶対意味があるはずだから」


 疑いが晴れてるわけではない。顔を他人になりすましている彼が、「ただ女装が趣味」なだけではないのはわかっている。


 だからこそ、調べるんだ。彼を無実だと信じ切るために。大好きなヒナちゃんを守るために。もしかしたら、ヒナちゃんの姿を見せることが勝ちゃんなりのSOSだったかもしれないのだから。


 力は僕の言葉にようやく口元を緩ませた。力は僕以上に勝ちゃんと仲良くしているのだから、当然友だちが疑われたら面白くないだろう。


 「よかった。友ちゃん、ヒナちゃんが勝ちゃんだったから嫌になっちゃったかもしれないって少し心配だったんだ」


 「ヒナちゃんはヒナちゃんだよ。僕の大好きなヒナちゃんのまま。勝ちゃんはもちろん勝ちゃんのまま。あれでもう少し話とかしてくれたらいいんだけどね」


 「望木くんのこともあったからしばらく学校も行けないから話も聞きにくいよね」


 「確かに……」


 そういえば、どうやって望木くんは犯人に呼ばれたんだろうか。メッセージが届いていたらしいけど、誰からのメッセージだったんだろうか。


 「勝ちゃん、さすがに望木くんの連絡先なんか知らないよね」


 「知らないと思うよ? 僕は演劇部だから知ってるけど……聞かれたこともないよ」


 「だよね。なら、やっぱり勝ちゃんは犯人じゃない」


 でもメッセージの相手がわかれば犯人なんてすぐわかるものじゃないのだろうか。叔父さんに聞けば何か教えてくれるだろうか。


 「友ちゃん、これからどうするの?」


 「そうだなぁ……とりあえず勝ちゃんのお父さんに話聞こうかな」


 「え、おじさんに?」


 「日奈さんのことも、もちろん朱梨さんのことも知ってる。勝ちゃんがヒナちゃんをやってることも知ってる。こんなに情報ある人いないでしょ」


 「それはそうだけど……どうやって?」


 そうなんだよね……問題は方法だ。


 勝ちゃんのお父さんが現時点で一番情報があるのは事実だ。もしかしたら勝ちゃんに内緒で日奈さんとまだ連絡を取っている可能性だってあるんだ。なら、彼に話を聞くのが手っ取り早いだろう。


 家に貼り付けばそのうち姿は現すだろう。でも、問題はどうしたら話をしてくれるか、だ。叔父さんの警察手帳をくすねられたらどれだけ楽だろうか。だが、現実問題そんなことはできない。一高校生が、まさに探偵ごっこをしているに過ぎないのだ。


 「し、勝ちゃんの話をネタにして、とか」


 「そんな話題ある?」


 「……ヒナちゃんのことで、話すしかない」


 実際、警察も来て巻き込まれているのは事実だ。もうそれ以外の話題で話を聞き出すなんてできそうにない。


 「会ってから考えるよ」


 「大胆だなぁ……でも友ちゃんらしいね」


 そうかな? でもこれしか方法がない。


 なら善は急げだ。昼間に家に行ったときはいなかったから夜になら会えるだろう。17時退勤と考えてその時間くらいに家に張り付こう。


 「僕も一緒に行っていい?」


 「いや、万が一勝ちゃんのお父さんが事件に関わってたら危険だから力は家にいて」


 「でも友ちゃんは行くんだよね?」


 「万が一僕に何かあれば、力が犯人わかるでしょ?」


 「……危険な橋渡るなぁ。わかった。じゃあ、僕は別の所に行くよ」


 「別の所?」


 「喫茶ひだまりに行ってみる。確か、最初の被害者はひだまりの常連さんだったんだよね?」


 「……それは今から2人で行こう」


 「友ちゃんばかり危険な場所に行かせられないよ」


 「だから! 2人で行くの!」


 「じゃあ、勝ちゃんのお父さんのところも2人で行こうね」


 「……」


 全く敵わないなぁ。


 「わかったよ」


 「ありがとう」


 こうして僕らの方向性は決まった。まずは喫茶ひだまりに行って最初の被害者の情報がないか探る。夜には勝ちゃんの家に行きお父さんに接触する。


 「じゃあ行こうか」


 「うん」


 僕らは素早く腰を上げて喫茶ひだまりに向かった。



 昼時に喫茶ひだまりに着いたが、賑わいはなく静かな空間が広がっていた。


 店内には客が2組いるだけだった。店員のアルバイトだと思われる若い女性は僕らの入店に気付くとニコニコと笑いながら「2名様ですか?」と聞いてきた。


 「あの、聞きたいことがあるんですけど」


 「え?」


 「この人、知りませんか?」


 僕はスマホで保育所時代の写真を見せた。焼死体で発見された被害者の市田敏郎の昔の写真だ。ここに来ていたときより若い写真だが、僕はこれしか写真を持っていなかった。


 「さあ? 存じ上げませんが」


 「えっと、僕たちこの子の知り合いで、この子とこの男がトラブルになっていたと聞いて……ちょっと調べてたんですけど」


 市田の写真は空振ったので今度はヒナちゃんの写真を見せる。すると店員さんは「ああ」とヒナちゃんの写真には反応した。


 「貴方、そういえばこの方と何回か来店してくださっていたお客様でしたね」


 「あ、はい。それでこの子がこの人とトラブルになってひだまりに来れなくなったって……それが心配で」


 「え? この子、昨日も来店してましたよ? 今度は違う男の子と来店してたなぁ」


 勝ちゃん、来てたのか……!


 しかも別の男と一緒だったらしい。別にそんなことはいいはずなんだけど、何だかヒナちゃんだと思うとモヤモヤしてしまう。ヒナちゃんが誰かに取られたような不満と、自分もファンだったはずなのに近づきすぎてしまった罪悪感が押し寄せた。


 いや、それよりも今はヒナちゃんこと勝ちゃんの情報が出たのだ。そこを深掘りしなくては!


 「どんな男性と一緒でした?」


 「そこまでは……あの、席にご案内してもよろしいでしょうか」


 「あ、すみません」


 せっかくの情報だったが店員さんはそれ以上は話さず、僕らを席へ案内した。僕も力も人気のパンケーキは甘すぎて得意ではないのでとりあえず珈琲を頼んだ。


 「勝ちゃん、まだここ来てるんだね」


 「……誰と来たんだろう。男鹿くんかな」


 確かに勝ちゃんと行動するなら男鹿くんの可能性が一番だろうが、でも『ヒナちゃん』として動いているのなら話は別だ。男鹿くんはヒナちゃんが誰なのか知らないのだ。


 となると、また僕のように声をかけてきたファンを捕まえたのだろうか……。


 「にしても、やっぱり僕らの聞き込みじゃだめだ。全く相手にされない」


 「いや、友ちゃん。あの店員さんはよく話してくれた方だと思うよ」


 「そうだけど、市田先生のことは全くわからないままだし……」


 先生のことを知ることはできるのだろうか。


 いや、ここでへこたれても仕方がない。次は勝ちゃんのお父さんだ。


 僕は届いた珈琲を一気に飲み干し、次のターゲットのことに思考を巡らませた。

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