19話 バイク乗って旅に出たい
次の週も学校行ってドラム、放課後帰ってドラム、バイト行っては頭の中でドラムだ。
さすがにバイク運転中だけはドラムの事を考えない様にしている。
その為、バイクを運転している時が楽しくてしょうがない。秋の涼しい風がちょっと肌寒いけど、上着を着れば快適だ。世の中のバイク乗りの人達もこの時期はきっと活気付いている事だろう。北海道のライダーハウスで会った皆さんや旅の途中で会ったライダーさん達、特にさすらいの純さんは元気にしているだろうか…。
あー、バイクで遠い所に行きたいなぁ。夏休みみたいにテント積んで、知らない道を走って、知らない景色を見て、温泉で一日の疲れを取って、自然の中で寝て…。
起きたらまた次の知らない風景を見に行くんだ。もし行った事がある場所だって季節が違えばまた違った景色のはずだ。秋なら例えば、青森の渓流や群馬の吾妻峡なんかはきっとこれから紅葉で見事な時期だろう。
バイクで外に飛び出せばそんな素敵な風景が待っているのを私は知っているのに、今の毎日はドラム、ドラム、ドラム、だ。あんな丸っこい物体の集合体を叩くだけなのになんで私はこんなに苦労しているんだろう…。
いや、やめよう。今のは良くない考えだった。私が悪かった。世の中のドラマーに対して失礼だった。申し訳ない。
…でも、早くドラム上手になって心の余裕を持ちたいなぁ…。今年の秋はバイクの椅子よりもドラムの椅子に座りっぱなしになる事になりそうだ。来年…、来年の秋は群馬とかにバイクで行きたい…。
友達付き合いや休みの日にバイクで見に行けたであろう素敵な風景を代償にしたドラム練習だ。満足の行く演奏にしなきゃ元が取れない。
練習を続けた結果、最初は無理と思った5曲目もバンドで通せるくらいの出来にはなった。人間、やれば出来る。成せば成る。努力努力。
投げやりな努力を重ねてきた私が生意気にも努力の事を語るのであれば、こう言おう。
努力はするものではない、自分に無理矢理させるものだと。
土日、5曲目を合わせる日がやってきた。
私の家に集まりみんな慣れた様子で楽器をセッティングしている。
なんとか通せるようになった5曲目だけど、バンドで合わすのは今回が初だ。
速い曲だからリズムが変に躓いたりしないか心配だ。
準備が終わり曲が始まる。この曲は2本のギターから始まる。カッティングを含む勢いのあるギターイントロだ。ギター1本ならその人にテンポを任してしまえばいいけど、ギター2本だとリズムを示して上げなければいけない。この曲のテンポってこれくらいだったよね、と頭の中で確認してからスティック同士を叩き曲の始まりをメンバーに伝える。カチカチカチカチ、と木で出来たスティック同士がぶつかる音が部屋に響く。
そうして、5曲目が始まった。優子とみずきちゃんが勢いのあるイントロを弾く。休符もぴったりで音が変に混じったりもしない。これだけで基礎練習をしっかりしているんだなと分かる。
3小節目からドラムとベースが入り4小節目にドラムのフィルが叩き、5小節目から歌い出しになる。サビと同じメロディが晶の口から歌われる。1コーラスサビが終わると楽器のリフに戻る。
ギターのタッピングフレーズを優子が奏でていく。タッピングはギターの弦をピックで弾くのではなく、指の腹で弦を押すことで弦を鳴らす奏法の事だ。右手はピックを持ったまま空いた指で弦を押したり、ピックが邪魔な場合はピックを口に咥えて右手をフリーにしてタッピングフレーズを弾く事もある。曲のフレーズ次第だとは思うが今回優子はピックを持ったままピッキングする方法を選んだようだ。
必死でドラムを叩きながらも一応周りを見る余裕は出来ている。いい傾向だ。メロはAメロに入る。Aメロの前半はドラムとベースとボーカルだけだ。ゆうきちゃんのどっしりとしたベースが演奏を支える。ピックを使わず指弾きだが、芯のある音だ。私のドラムの微妙なズレにもきっちり対応してくる。なんだか、私の動きが見透かされているみたいだ。Aメロの繰り返し部分はギターも入りバッキングが変わる。ギターのキレのある演奏が入り音に厚さが増す。ベースは16分音符を繰り返していく。というか、ゆうきちゃん、ベースで速いフレーズを弾く時スリーフィンガーになるんだ…。
私は少ししかベースを弾けないけど、ベースはピックで弾く方法と手の人差し指と中指を使って弾くフィンガーピッキングの二種類ある。
速い曲や硬い音色を出したい時はピックを使う事が多いが、中には人差し指と中指に加えて薬指を使って速いフレーズを弾く人もいる。
昔、お父さんに教えて貰って少しだけ挑戦した事があるけどこれがとても難しい。
ロックなどの曲は大体4拍子で速く弾くとフレーズは8分音符、16分音符と細かくなる。指を2本使う場合はそれぞれの指に拍のオモテとウラを担当させれば良いけど、指が3本になるとその順番がごちゃごちゃになってアクセントがとても付けづらくなる。それに薬指は手の中で一番力を入れづらい指と言われていて、薬指を使うと薬指で弾いた部分だけ音が弱々しくなったりリズムがずれてしまう。私は教わったその日のうちにスリーフィンガーで弾くのを諦めてピック弾きを選んだが、ゆうきちゃんは難なくスリーフィンガーで速い曲を弾いている。
普段黙々とバンドの音を支え続けてくれているけど、一番最初のセッションの時だって怒涛のスラップフレーズとか弾いていたもんな…。使う機会がなかったり前に出たがる性格じゃないだけで、ゆうきちゃんも優子やみずきちゃん同様すごい技術を持っている。そして何より、バンドの屋台骨として私のドラムがどんなに変になってもゆうきちゃんがすぐに合わせてくれるおかげでバンド全体の音が変にならないで済んでいる。きっと私は私が思っている以上にゆうきちゃんに助けられているんだろう。
曲はサビに入る。サビ前のフィルは気合いでミスらずに叩けた。サビのドラムはこの曲の中で一番簡単なドラムパターンだ。バスドラムを4つ打ちでウラでハイハットを叩く。
リードギターのみずきちゃんはオクターブ奏法でメロに彩りを加える。みずきちゃんのパートってこういうフレーズだったんだ…。ドラムの練習に必死すぎて他のパートがどんな事をしているかちゃんと聴く余裕が全く無かった。曲を合わせてみて初めて、ここってこのパートこんな事してるんだ…と気付く事が多い。これも私の心の余裕の無さの表れだろう。優子のギターはルートに5度の音を加えたパワーコードでしっかりと音の厚みを加えている。簡単なフレーズだが超集中してフレーズを弾いている。流石だ。
晶の声量があり迫力のあるボーカルがサビを歌い上げていく。今、すごくこのバンドの事をかっこいいと思った。サビで余裕あるドラムパターンだから周りの音をちゃんと聴けている。ちょっと鳥肌が立った。
曲はサビの後のメロディに移る。ここはボーカルがかっこいい箇所で原曲の絞り出すような歌い方がとてもかっこいい。晶もそこは完全再現だ。こういうフレーズを歌う時、肺活量と声量がないとしょぼくなってしまうけど、晶はそんな事が全然無い。晶は女性ボーカルの曲よりも男性ボーカルの曲を歌う方が似合うと思った。
これ、文化祭で晶はキャーキャー言われるだろうなぁ…。
最近学校の休み時間に私がドラム練習しかしていなくて暇してる晶を狙って色んな女の子が晶を訪ねてきているの知っている。優子はみずきちゃんとゆうきちゃんとで楽器トークしてるし。
晶と休み時間を過ごしたい女子達にとっては絶好のチャンスなのだろう。私もあんな風にモテてみたい…。
そんな事を考えているとメロの切り替わりの箇所に来た。スネアやタムを高速で叩く部分だ。今の所成功率は50%くらいだが今回は上手く叩けた。速いフレーズはもう、なんていうか、やけっぱちな感じでうおーって叩くと結構上手くいく。要は気合いだ。
そして、サビが来て、アウトロが来て、曲が終わった。
なんとか曲を通す事が出来た…。つ、疲れた…。
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