18話 努力ぅ…


オーディションも終わり、家に帰って文化祭に向けて5曲目のドラム練習に取り掛かる。

ゆうきちゃん提案の曲で最近のバンドの曲だ。正直、ドラムがアホかってくらい難しそうなのが聴いただけで分かる。いや、全パート万遍なく難しいんだけど、私の技術的に難しい所が多いと聴いて感じる。


だが、手を付けない事には始まらない。

前の曲同様、曲名とドラム、というキーワードを入れて動画サイトで検索すると実際に叩いている動画が表示された。

こんなに簡単にドラムを叩いている人の動画が見つかるなんて、世の中でドラム動画が上がっていない曲なんてないんじゃないかな…。


なんだか悔しくなって、ドラム動画とは縁の無さそうな曲名で調べてみた。『かえるのうた ドラム』っと…。


「出てくるじゃん」


普通に出てきた。幼稚園とか小学校で歌うかえるのうただ。

何故この曲をチョイスしたし…。動画を見てみたら普通に上手かった。なんだか悔しい。


気を取り直して演奏する予定の曲の動画を見る。とりあえず、今現在で叩けそうなフレーズはサビのバスドラムを4つ踏みながら裏でハイハットを鳴らすフレーズしか叩けない事が分かった。

イントロの速いタム回しのタカトコトトドド、みたいなフレーズとか腕がもつれそうだ。


もうすでにスマホを布団に投げつけたくなる衝動を抑えてじっと動画を見る。私だってこの1ヶ月半、死ぬ気で頑張ったんだ。実際バイクで転んで死にかけたし。いや、それは今あまり関係ないか。


動画をリピートして何回も見る。動画を見ながら動きを真似しようとしてもよく分からないフレーズが多くて身体が動かない。

うん…、うん…。


「出来るかぁ!」


スマホは高速で宙を舞い私の布団にボフっという音を立てて吸い込まれた。


「ふぅ…。さ、練習しよ…」


私だって成長したのだ。ここで不貞腐れても上手くならない事は学んだ。

スマホを拾い上げて動画を再生し直す。それでもよく分からない所があってどうしようと悩んでいたら動画サイトの機能で再生スピードをゆっくりに出来る機能があった。

これは、使える…。


スロー再生を駆使して一打、また一打と確かめるように練習する。

1小節分フレーズが分かったらその部分をゆっくりと、段々と速くしてみて身体に覚えさせていく。それを1曲丸々続けて、全部の小節を身体で覚えればこの曲は叩けるようになるはずだ。


…なんとも、気の長くなる話だ馬鹿馬鹿しい。と自分の冷めた部分が考える。しかし受験勉強も中学一年生後半くらいの所からやり直した教科もあるし、結局、出来ない事を出来るようになるには出来る所までさかのぼって、噛み砕いて、積み重ねて行くしかないのを私は知っている。

その積み重ねて行く最中はなんとも情けなく、むなしく、スカスカになった心に酸っぱい液体を延々と流し込まれるような苦しさがある。

それはとても嫌な感覚だ。出来る事ならこんな苦しさは味わいたくない。


よく、出来ない事を出来た時の達成感は何物にも代えられない、みたいな美辞麗句を聞くけど、私は出来る様になった瞬間に達成感を感じない。

ただただ、ああ、やっと終わった。とうんざりした気持ちがまず先に来る。そこには安心感や達成感は無い。

出来る様になって少し経ってうんざりした気持ちが薄れた後に、実際に再度出来るのを確認してからやっと達成感というものを感じられる。


努力。負けず嫌いで、かつ人にあまり迷惑を掛けたくないという性格だからこれまで頑張って来た事はそれなりにあるけど、努力という事が好きな訳では無いんだよな。

毎回、また一杯頑張らなきゃいけないのか、とうんざりした気持ちで努力している。


いやまぁ、楽しく感じる事もあるんだけども。でも、なんかネガティブな思考で今までの努力を振り返ると私の頑張りってそういう思考回路で行われているのかなって思う。

逆に、ポジティブな時に振り返れば私も、努力?達成感があって素敵だよね!とか同じ脳みそなのに思うのかもしれない。

私っていうのは本当に、その時の気分によって考える事が違う。そして、こういう事をつらつら考えている時は間違いなくネガティブモードだ。


やれば良いんでしょっ、馬鹿みたいに一個ずつっ、という投げやりな気持ちで怒りながらドラムを叩く。…努力って怒る力って書くな。案外、この努力って言葉を考えた人は、この投げやりでいらだちを感じながらも頑張る気持ちを努力と表現したのかも知れないな。そうだとしたら努力という言葉を考えた人とは仲良くなれそうだ。


さーて、努力努力。あーあ。どっからでもかかってこいやぁ。


苛立ちを大いに内包した気持ちでドラムを叩く、間違える度に口から自分でも聞くに堪えない言葉が飛び出す。

…今の状況、絶対誰にも見せられないなぁ…。


眉間に力が入り皺になっているのが触らなくても分かる。今私はとても不細工な顔をしている事だろう。


ご飯を食べている時くらいは取り繕ったけど、布団に入り寝る時まで同じ表情だったと思う。



翌日、学校行かずにドラム叩いていたい気持ちを抑えて学校に行き、帰って来て真っ先にドラムの前に座る。昨日に引き続き一打一打、亀の様な速度で覚えていく。いや、実際亀って本気出すと案外ガサガサと速く動くんだけども。昔学校近くの池で亀を捕まえた時に知った。

なので、亀以上の遅さでフレーズを覚えて行く。これは、次の土日には絶対に形にならないなぁ…。よし、土日は集まりを無しにしよう。


バンドのグループ連絡にドラムの個人練したいから土日練習無しでお願い、と送る。了解の返事がメンバーから返ってくる。文化祭の演奏時間長くなる件も断ろうと文章を考えていると、みずきちゃんからドラムに負担を掛けない方法で演奏時間使える方法を考えたので演奏時間長くしていいですか?と連絡が来た。

それならばまぁ、良いだろう。方法は今度土日集まった時に実践します、とみずきちゃんが言ったのでその時までお預けだ。


というか、みんなに気を遣われているのをひしひしと感じる…。出来るだけみんなの前では追い詰められている感を出さないようにしているんだけど、考えてみたら最近はずっと学校の休み時間はイヤホンして練習パット叩き続けてるもんな…。

今日とか絶対話しかけてくるなオーラ出てた。吹奏楽部のパーカッションの斎藤くん、あれから話しかけて来ないな…。彼だったらこの曲とかもすいすい叩けるのかな。でも自己擁護じゃないけど、この曲かなり難しいよ?もしすいすい叩かれたら斎藤君の事を嫉妬で嫌いになる自信がある。まぁ、元々ちゃんと話した事があまりないから好きも嫌いもないんだけど。


土曜日になって、朝起きたら朝ご飯食べてドラム、お昼ご飯食べてドラム、お夕飯食べてドラム動画見ながら練習パットで練習だ。夏にバイクに一日跨っていた時みたいにずっとドラムの椅子に座っていた。はっ…!バイクで旅をしている時、座りすぎて痔になりそうって心配していたけど、もしかしてドラムの人も練習し過ぎた人は痔になったりするのかな…。両足をバタバタさせるし、その衝撃は結構お尻に来るはずだ。

よし、ドラムが上手い人は全員痔だ。そして私はまだ痔になっていない。と言う事は、私は頑張りが足りないという事だな…?明日は日曜日だ。今日みたいに私のお尻をいじめ抜いてやろう。


日曜日、朝ご飯、ドラム、お昼ご飯、ドラム、お夕飯、ドラム、だ。なんで朝ご飯だけ、「お」が付かないんだろう。お朝ごはん。言っていてしっくりこないからかな。


この土日はドラムをかなり頑張ったけど、痔にはならなかった。これからも自分のお尻をいじめ続けていこうと投げやりな気持ちで思った。

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