第2章 わたしの世界?⑦
昼休みの教室。相変わらず誰とも会話せず給食を食べ終えたわたしは深いため息をついた。
あの日、追い出されるように草花菓子店から帰ってから店に行くことがないまま、あと数日で夏休みになろうとしている。
なぜ行くことができないかというと、期末テストの点数が思った以上に良くなかったから……いや、はっきり言おう。悪かったからだ。
「りぃちゃん? お母さんと約束したよね? 今まで赤点なんて取ったことなかったじゃない!」
シンとしたダイニングテーブルの上に29点、と書かれた国語のテストを挟んでお母さんとわたしは向かい合って座っていた。
「やっぱりお手伝いが負担になっているんじゃないの? 帰ってきてからいつもすぐ寝ちゃってるし……」
お母さんが「やっぱり鈴木さんに電話して」と口にした瞬間わたしは思わず話を遮った。
「っ、そんなことない‼今は体力ついてきたから全然寝てないもん!」
「そうだけど……」
今やめるわけにはいかない。わたしのプライド、生きる意味を失いたくなかったし、そして……あのまま睡と会えなくなるのはぜったいに嫌だった。
「ぜったいに次の中間テストは赤点なんて取らないから大丈夫だよ‼」
「……もし取ったら?」
お母さんがわたしの目をじっと見て言った。
「……そ、のときは、考える」
口ごもったわたしにお母さんはため息をついた。
「考える、ね。いい? 里依紗。あなたはお母さんと最初にした約束を一度破っているのは覚えておきなさい。それを踏まえたうえで次のテストの結が悪かったらどうするか、あなた自身で結論をだしなさい」
言外に次はない、と言っているその言葉をわたしはうつむいて聞くしかなかった。
「はぁー……」
わたしは頬杖をついたままふたたびため息をつく。
補習は夏休みの開始から5日間あるらしく、それが終わるまで草花菓子店に手伝いに行くことは禁止されてしまった。
「図書室行こ……」
最近は放課後お店に行ったらあれをしよう、これを話してみよう、というわくわくが頭のなかをずっと占めていたから図書室とはすっかり疎遠になっていたのだ。
昼休みがはじまったばかりの廊下は人通りが少なく、すこし湿気っぽい。
いつもどこからかひんやりとした冷気がただよっているけれど、これはいったいどこから来ているのだろうか。
そんなことを考えながら、2階の端っこにある図書室に向かう。
からから、とクリーム色の塗装をされた引き戸をスライドさせて室内に足を踏み入れると、教室や廊下と違って毛足の短い絨毯が足音を吸収した。
図書委員だろう生徒が2人、カウンターの前で暇そうに座っているのを横目に私は書架の林に紛れ込んだ。
わたしは迷うことなく料理やお菓子作りの本が並ぶ一角に足を向け、じっと背表紙を眺める。
(今日はどれにしよう……?)
指遊びのようにふらふらと手を動かしていると、とん、と手が誰かの手にぶつかった。
「えっ!?」
「ヒッ……!」
驚いて声を出すと、相手は喉の奥から絞り出すような悲鳴を上げた。
「あっ、すみません……! 気づかなくて……!」
わたしとぶつかったのは背が低い眼鏡の女生徒で……わたしに言われたくはないかもしれないけど、存在感が全然ない。
上履きのラインの色が緑色なのが目に入る。3年生だ。
「だ、だ、だい、じょじょうぶです……」
不思議なリフレインのある言葉にわたしは一瞬首を傾げる。
わたしの返事を待たずにその生徒……先輩はきびすをかえして立ち去ってしまった。
(あれ?)
足元に何かが落ちているのを見つけ、わたしはしゃがんで拾い上げる。
「……名刺?」
パステルカラーで印刷されたその小さな紙には【お菓子研究家 SNOW】 とかわいらしいフォントで印刷されており、裏面にはインスタグラムのQRコードが載っていた。
お菓子、という単語にときめいていると、昼休みの終わりを告げるチャイムの音が鳴り、わたしはあわてて図書室から教室へ戻った。
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