お嬢様の襲撃?

 原因を究明できたところで、わたしは一度お屋敷に戻り、それから馬車を出してもらって一度ライカ村まで送り届けてもらった。


 一度ここまで戻ってきたのは、素材を採取するためだ。治療薬に必要な素材は、魔力が汚染されたあの森では採れないから。


 それと、錬成に使う器具もお屋敷にあるものを借りて代用するのでは不十分だと思う。自分の工房に戻って、ちゃんとした器具を使って錬成したい。


 幸い、必要な素材は森ですぐに採取できた。

 というわけで、さっそく工房に帰って、お薬作り開始。


 薬草を煮出し、さっき森で出会ったクオーツラビットのツノを砕いて粉状にし。そして、鍋に入れて錬成。


「うまくいきますように、うまくいきますように……」


 必死に祈りを込めながら、きらきらと輝く鍋の中身を木ベラで混ぜていく。


 出来上がった魔法薬ポーションは、差し込む日差しに照らされてきらきらと乳白色の輝きを放っている。


「これで、元気になってくれたらいいんだけど……」


 いや、なってくれないと困る。これだけ待たせておいて効果がなかったら、申し訳が立たない。


 どうしよう、わたしの薬の効き目がダメすぎて全然治らなかったりしたら……。


 いや、今はそんなこと考えてる暇ないよね。薬が出来上がったんだから、早く持って行かなくちゃ。みんなが待ってるんだから。




「戻りました!」

 慌てて階段を駆け上り、ご令嬢のお部屋のドアをなりふり構わず開け放つ。


 わたしが戻ってきたのを目視するなり、ご令嬢の隣に座る夫人の表情が一変した。


「ああ、本当にありがとうございます、何とお礼を申したらいいのやら……」


 まだ何もしていないにも関わらず、感謝の言葉を述べられてしまった。


 周りの使用人さんたちの視線も熱い。気持ちはすごく分かるけど、こんな風に見つめられるとやっぱりプレッシャーが強い。


「え、ええと。このお薬を飲ませてあげれば元気になる……はずです」


 おずおずと夫人に魔法薬ポーションの瓶を渡すと、夫人は涙ながらに何度も感謝の言葉を述べながら、ご令嬢の口元に瓶を当てた。


「さ、アドリール。口をお開け、お薬よ」


 小さく開かれたご令嬢の口の中に、ゆっくりと魔法薬が入っていく。


 白い喉が小さく動き、少しずつ薬を飲みこんでいっているのが分かる。ああ、お願いだから効いて……!


 そう祈るわたしの目の前で、瓶の中の魔法薬は刻一刻と減り、やがて完全に空っぽになった。


「ど、どう、でしょうか……?」


 って、そんなにすぐには効いてこないと思うけど。ついそう尋ねてしまった。


「まぁ、何てこと……顔色がどんどんよくなっていきますわ……!」


「で、ですよね……」


 やっぱり、そんなにすぐ効き目が表れるわけ……って、えっ?


 今、“顔色がよくなっていく”って言われた⁉


 効き目、そんなに早く出ちゃったの⁉


「ア、アドリール! もう起き上がれるの⁉」


「お母、様……はい、お薬を飲ませていただいた途端、不思議と身体が一気に軽くなって」


 えっ? 起き上がった? ついさっきまで、あんなに辛そうにしてたのに。


 疑いつつ見ると、ご令嬢は先ほどの様子が嘘だったみたいに血色も良くなってる。


「これは、夢でしょうか……?」


 と、ご令嬢。いや、それはわたしが一番思ってます。


 娘が元気を取り戻した喜びのあまり、夫人はその場で泣き崩れてしまった。


「あらあら、お母様ったら。どうかそんなに泣かないでくださいまし」


「これが泣かずにいられると思って? 私たちがどれだけ心配したことか……」


「そ、それは……大変、ご迷惑をおかけしました。ところで、先ほどのお薬は一体?」


「ああ、それはこの方が作ってくださったのよ」


 夫人がわたしのことを示すと、ご令嬢の視線がこちらに向いた。


「あら、貴女様が?」


「はっ……はい!」


 思わず、声が上ずってしまった。


 深い青色をした双眸が、あまりにも澄んでいて綺麗で、驚いてしまって。


「えっと、錬金術師のルーカ……じゃなくて、エルライカ・アルトーです!」


 村でのクセでつい略称で名乗りかけ、咄嗟に目の前の相手が貴族だったのを思い出した。


 こういう場ではきっと、ちゃんと本名で名乗るべきだよね。


「まぁ、錬金術師さんだったのですね。この度は私を助けていただきまして、本当にありがとうございます」


「い、いえ、そんにゃっ、大したことは」


 噛んでしまった。こんなに綺麗で落ち着きがあってお上品な貴族令嬢の前で、噛んでしまった!


 わたしの人生の中でも五本の指に入るぐらい、恥ずかしい瞬間だった。



  

    ◇



 一時はどうなるかと思った緊急依頼だが、無事なんとか切り抜けることができた。


 にしても、あの薬の異様なまでの効き目の速さには、自分でも驚いた。


 あの後、鍋底に少しだけ残ってた薬を、改めて鑑定魔術でちゃんと見てみたところ。


 何だか、やたらといろんな効能がついていた。焦りすぎてて忘れてたけど、わたしが薬を作るといつもこうなるんだった。


 ご令嬢があんなにすぐ元気になったのも、使った素材の効能を最大限に引き出せたおかげかもしれない。


 学生時代には困らされてばかりだった不器用さがこうしてプラスに働いてくれたと思うと、感慨深いものだ。


 今のわたし、意外と錬金術師としてうまくやれてるのでは? わたしって、実は結構すごいのでは?


 ……なんて調子に乗ってると、いつか痛い目を見そうなので、調子乗りタイムはここまでにしておこう。やっぱり謙虚が一番だよね。


 ちなみに、魔力の汚染の影響で体調を崩した領主様や使用人さんたちにも、ご令嬢に処方したのと同じお薬を渡してある。


 体調が回復した後も、あれを飲み続けていれば再発することはないはず。


 素材もこの辺りでは簡単に手に入るものが多いので、作る側としても特に問題はない。


 そしてなんと、領主様から直々に報酬をいただけるらしい。


 お礼のために依頼を受けたわけじゃないけど、自分のしたことが形になって返ってくると思うと、やっぱり嬉しいものだ。


 といっても、報酬って一体何がもらえるんだろう。


「やっぱり、お金とか? あぁ、でもお菓子一年分とかだったら嬉しいなぁ……うへへ」


 このときのわたしは多分、とても人に見せられないような顔をしていたと思う。


 だから、急にお店のドアが開かれたときは、それはもうびっくりした。例えるなら、頭に雷が落ちてきたのと同じぐらい。


「あの……こちら、ライカ村の錬金術師様のお店で合っていますでしょうか?」


「はっ、はいっ! い、いらっしゃいませっ!」


 油断していたところに急にお客さんがやってきた驚きのあまり、声が上ずってしまった。


「あっ、そのお声は……やっぱり!」


 ドアの向こうの人物が、嬉しそうに言う。

 あれ? わたしもこの声、どこかで聞き覚えがあるような。


 なんて思っていたら、ドアの向こうから一人の少女が顔を出した。


 彼女を一目見て、わたしは思わず息を呑んでしまう。


 細長く尖った耳に、サファイア色の澄んだ瞳。

そう。彼女は、ついこの前助けたばかりの、領主様のご令嬢だったのだ。


「ええっ⁉ あ、あなたは……ど、どうしてここに⁉ しかも、お一人で!」


「ああ、やっぱり。エルライカ・アルトー様ですよね? 私、あなた様にずっとお会いしとうございました」


 彼女はわたしの質問には答えなかった。その代わりに、わたしの顔を一目見るなり、嬉しそうにこちらへと駆けよってくる。


「先ほどの特徴的なお声で、あなた様だと確信しました。まるで小鳥が首を捻られたような……ふふっ、やっぱりいつ聞いても可愛らしいお声です」


 う、うん?

 可愛いって言ってくれるのは嬉しいけど、それ普段のわたしの声じゃないんです。


 変な声で覚えられてたんだ、わたし。ちょっと、いやかなりショックだ。っていうか、小鳥が首を捻られたような声って可愛いの……?


「え、ええと……どうして、こちらに? あっ、もしかしてお薬が足りなくなっちゃったとか、ですか?」


 わたしが尋ねると、ご令嬢はふるふると首を横に振る。

 違う、ということは……どういうことだ?


 ——はっ。もしかしてこれって、『依頼の報酬にうちの娘をやろう』的なやつ……⁉


 ま、待って。そんなの心の準備が。それにいきなりそんな展開なんて困るよ、だってまだお互いのことだって何も知らないのに!


 ……で、でも。

 こんなに綺麗な人と結婚できるなんて、それはそれで悪くないのでは? いや、悪くないどころかすごく幸せなことかもしれない。


 金色の髪の毛はつやつやで綺麗だし、肌は雪みたいに白くてきめ細やかだし。


 それに、改めてよく見てみると、その……なかなかのプロポーションをお持ちのようで。


 こ、こんなに大きなものをさらけ出して、なんて大胆な服装なんだろう。いや、出そうとしてるんじゃなくて、ただ単に服に収まりきってないだけの可能性も……?


 うん。こんなに素敵な人が結婚してくれるというのなら、喜んで受けるべきだ。


 い、いや、でも。素敵な人だからこそ、やっぱりいきなりそういう関係になるのは恥ずかしいかも……っていうか、冷静に考えてみたら無理!


 こんなに綺麗な人と一つ屋根の下で新婚生活なんて、そんなの恥ずかしすぎて頭が真っ白になりそう——‼


「す、すみませんっ! そう言ってくださるのはすごく嬉しいのですが結婚とかそういうのはまだわたしには早いといいますか……ま、まずはお近づきからで!」


「結婚? あら、そんなこと言いましたっけ?」

「…………えっ?」


「ごめんなさい、そう聞き間違えるようなことを言ってしまったでしょうか。そうではなくて、あるお願いをしたくて参ったのです」


「あ……そ、そう、だったんですね。い、いえ、すみませんこちらこそ」


 穴があったら入りたいとは、まさにこういうことを言うんだろう。


 わたし、この人の前で恥ずかしいところを見せてばっかりだ。小鳥が首を捻られたみたいな変な声だったり、盛大に早とちりしちゃったり。


「と、ところでその、お願いって?」


「はい。私——アドリール・フィル・ド・シルヴァを、貴女様のお店で奉公人として使っていただきたいのです」


「…………ええっ?」


 わたしは、思わず自分の耳を疑った。

 高貴で気高いはずの貴族のお嬢様が、奉公人に? しかも、このお店で?


 いや、どういうこと?


「命を助けていただいたご恩に報いたいのです。それに、偉大な錬金術師様のおそばに置いていただければ、私も成長できるのではないかと……」


「えっ? そ、そんな、わたし、偉大とは正反対の落ちこぼれ錬金術師ですよ? わたしなんかよりも、もっと高名な錬金術師のところに行ったほうがはるかに身のためになるのでは……?」


 わたしがそう言うと、ご令嬢——アドリールさんは、わたしの手をぱっと取って。


「いいえ、そんなこと断じてありません!」


 と、強く言った。


「まだこんなに幼いにも関わらず、親元を離れてお一人でお店を経営していらして、しかもあれだけの腕をお持ちだなんて。


 恥ずかしながら私は生まれてこの方親元を離れて暮らしたことなんて一度もありませんし、何かに秀でているわけでもありません。ですから、貴女様の立派な背中を見ていろいろと学ばせていただきたいのです!」


 声の端々に、熱い視線に、強い感情が籠っていた。

 この人、かなりわたしのことを買ってくれているみたいだ。それは正直、すごく嬉しい。


 ただ、幼いって言われたのはちょっとショックだけど。わたしとこの人、そんなに年は離れてないように見えるんだけどな……。


「不束者ではありますが、精一杯お役に立てるように精進させていただきます。ですからどうか、こちらに置いてはいただけないでしょうか?」


 そう言って、アドリールさんはわたしに深く頭を下げてきた。


「あっ、えっ、あ、頭、あげて下さいっ!」


 貴族のお嬢様に深々と頭を下げられるなんて、畏れ多いにもほどがある。


「ええと……その、そう言っていただけるのはありがたいんですが、本当にいいんでしょうか? 領主様のお嬢様を奉公人にするだなんて……」


「あら。それに関しては問題ありませんわ、両親にも許可はとってありますので。それに、私が領主の娘だということは気にしないでください。私自身が、こちらで奉公させていただきたいと思って来たのですから」


 そう言って、アドリールさんは屈託のない笑みを見せる。


 そうは言われても、畏れ多いものは畏れ多い。……けど。


 これはひょっとしたら、新しい友達を作るチャンスなのでは?


 こんなに綺麗な女の子とお近づきになれるのは、嬉しいことこの上ない。


「で、では……それなら、大歓迎と言いますか……むしろ、こっちからお願いしたいぐらい、と言いますか」


「まぁ! 本当ですか? なんと嬉しいことでしょう……ありがとうございます!」


 アドリールさんはわたしの両手を握り、鼻と鼻がくっつきそうなぐらい間近に顔を寄せてきた。

 ち、近い! 綺麗な顔が近すぎて眩しい!


 アドリールさんって、もしかしなくてもパーソナルスペースが狭いタイプの子?

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