第4話 おっさん俺、JK勇者と共にユニークボスを撃破する

「いけ、次の攻撃までにもう1回だ!」


「はいっ!」


 後ろに退いて距離を開けたデスナイトに、アオイが突っ込んで追いつく。

 1回、2回、3回……ハイパーラッシュによってアオイの行動は連続攻撃と化す。

 本来の身体能力がスキルによって強化され、アオイはプロのバスケットボール選手のように小刻みに動けるようになっている。

 ナイフを振り下ろし、すぐさま斬り上げ、突きに代わる。

 そして、デスナイトへの攻撃のうち何回かは、命中箇所に小さな爆発を生じている。


 これは『魔法攻撃の追加発動』だ。


 レアドロップしたアイテムによってライトナイフに付けられたエンチャント効果で、装備している者の強さに関わらず、一定の破壊力を持つ魔法が発生する。

 俺は、レベルの低い者が遥かに格上の敵と戦うためには、レベルに左右されない攻撃が必要だと考えていた。

 そして、『魔法攻撃の追加発動』は必ず発生するわけではない。

 だから攻撃回数を増やすために、装備をライトナイフに切り替えて、アオイのハイパーラッシュと組み合わせていた。


「はあああっ!」


 アオイが再び連続攻撃を繰り出し、ズドドドドンと爆発音が続く。

 デスナイトの鎧が歪み、ひび割れて弾け飛んだ。


「セージさん、このまま倒せばいいんですか?」


「いや、油断するな、こいつは一定以上のダメージを与えると――」


「きゃっ!?」


「グオオオオ!」


 デスナイトが怒りの咆哮を上げた。全ての鎧が剥がれ、第2段階に移行したようだ。

 全身が赤い光に包まれ、不気味に輝いている。そして、今まで以上に素早い動きで巨大な剣を振り回していた。

 デスナイトの攻撃がアオイの腹に食い込んだ。たった一撃でHPが残り僅かになる。

 アオイはそのまま吹っ飛ばされて、地面を転がった。

 女子高生のか弱い胴体など真っ二つにしてしまいそうな攻撃だったが、ダンジョン内の戦闘ではHPが0になるまでは致命傷にならないようだ。


「うわ、うわわ……! セージさん、『ヒール!』で回復を!」


 立ち上がったアオイが焦って俺に回復を促す。

 モードチェンジしたデスナイトはその様子を見て、笑ったような気がした。


「グハハハハ!」


 デスナイトは俺たちに攻撃する代わりに、その場で儀式のように剣を振り回した。すると赤い色のオーラが足元から立ち上った。


「セージさん、あれは!?」


「攻撃力を大幅に増大させる、『アタックブースト』だ。倍くらいまで強化される」


 先ほどの攻撃では、アオイはHPを9割も減らされていた。当然、今のデスナイトの攻撃は1発でアオイのHPを消し飛ばせる。

 全ての攻撃が即死攻撃に変わったと言えるだろう。


「そ、そんなのアリですか!?」


「もっとレベルを上げなきゃだめだったってことだ。他の初心者、よくこんなのを突破してるな……」


 それとも、ここまで劣勢になるのはアオイが弱い勇者だからで、他の勇者ならなんとか倒してしまえるのだろうか。

 俺がそう考えたときに、アオイと目が合った。

 アオイは不安げな表情だ。自分自身のせいでこんなに苦戦しているのだろうと思っているのかもしれない。

 デスナイトの笑い声が響く。


「アオイ、デスナイトに攻撃だ」


「え……でも」


「俺たちはあいつを倒す。他の奴らもデスナイトを倒して初心者向けのダンジョンを攻略してるってなら、アオイなら勝てるってことだよ」


 何を言っているのか分からない、というアオイだったが、やぶれかぶれではないと気づいたのだろう。

 アオイは俺を見つめながら頷くとデスナイトの方を向き、ライトナイフを構えて駆けていく。


「はああああっ!」


「グオオオ!」


 デスナイトがアオイに向けて剣を振るう。当たれば死ぬ攻撃だ。

 俺はアオイに向けて、ここまで来る最中に取得したスキルを使う。


「『イージス』!」



 デスナイトの剣がアオイに当たるが、逆方向に弾かれてデスナイトが体制を崩す。

 アオイはノーダメージでデスナイトの懐に入り込み、連続攻撃をかける。


「グウォオオオ!」


 再び爆発が発生する。『イージス』は攻撃を一度だけ無効化するスキルだ。

 俺は攻撃に参加せずサポートに徹するしかなくなるが、デスナイトの攻撃に耐えるにはこの方法しかない。

 さらにアオイの攻撃でデスナイトに魔法ダメージが入る。

 だがデスナイトはまだ倒れずに、剣を振りかぶった。

 流石はユニークボス、圧倒的に高いHPだ。


「セージさん! 次は!?」


「デスナイトの方が早い! イージスは間に合わん」


 次にデスナイトの攻撃をくらったならアオイは一撃でやられる。それがアオイならば。


「アオイっ!」


 デスナイトの剣が、恐ろしい速さで横薙ぎに振られる。

 ザン!

 という命中音が聞こえる。

 デスナイトの攻撃が『俺』に命中する音。


「これがライフで受けるってやつだ!」


 俺はデスナイトとアオイの間に向かって走り、間に合ったのだ。

 アオイならばやられる。俺ならば僅かな差で耐えられる。


「アオイ、やれ!」


「はいっ!」


 デスナイトが破壊的な閃光に包まれる。


「ガア”ア”ア”ア”アァ!!」


 断末魔のような雄叫びを上げて、デスナイトがアオイを唐竹割りにすべく垂直に剣を振り下ろそうとする。


「……『イージス』!」


 だが一瞬早く、俺のスキルが間に合う。もちろん、ナイフを構えるアオイには傷1つない。

 直後、アオイの身体が翻り、とどめの連続攻撃と爆破が繰り出された。

 デスナイトの胸部が木炭のように割れて砕け散り、中から黒い霧のようなものが噴き出す。


「グアアアアア……」


 デスナイトの膝がゆっくりと地面に落ち、そのまま前に倒れ込んだ。巨体が地面に激突する音がボスの部屋に響く。

 しばらくして、デスナイトは光の粒子となって消えていった。


「やった……!」


 アオイが俺の方を振り向く。その顔は汗まみれだったが、達成感に満ちていた。きっと俺もまた同じような顔をしているのだろう。

 そして、アオイがこちらに向かってどどど、と駆けてくるのが分かった。

 勝ったという安心感からか、俺はぼけーっとその様子を眺めてしまった。


「やりましたよ! セージさん!」


「どわわ……! まてまて、抱き着くな!」


 全体的に柔らかなものがぶつかってくる。

 デスナイトとの戦いとは別な意味で心臓が跳ねてしまう。

 これを意識してるのは俺だけかよ! と思いながら、引き離して呼吸を整えた。


「あいつの次の攻撃は多分、暗黒波だった。2人まとめて攻撃されたらイージスでは守り切れなかったと思う」


 まさにギリギリだった。


「でも、やったな」


 俺は安堵のため息をついた。正直、途中でどうなることかと思ったが、デスナイトの強さは“記憶の通り”だ。


 部屋の出口を封じていた魔法の壁も消え、帰還ルートとばかりに地面の魔法陣が白い光を放つ。同時に、床には大量のアイテムと金貨が落ちていた。


「すごい量のドロップアイテムですね」


「ユニークボスだからな。レアアイテムも混ざってるはずだ」


 俺たちはアイテムを回収しながら、互いの健闘を讃えあった。


「でも、セージさん、なんで戦い方やデスナイトのことを知っているんですか……?」


「俺だって、自分の考えは半信半疑だった」


 俺は10年以上前、『ダークコンクエスト』というマイナーなネットゲームを熱心にプレイしていたことがある。

 その時は攻略法を調べ尽くし、データを分析し、自分で仮説を立て、マスクデータ(非公開の情報)の計算式や仕様まで把握していた。

 自分で言うのもなんだが、ゲーム内ではトップレベルのプレイヤーだったと思う。

 しかし、プレイヤーの数はそこそこいたものの、『ダークコンクエスト』の運営会社は新しい事業に手を出して大赤字を出し、ゲームが終わってしまった。

 それから長い年月が経った今ではもう、インターネットを検索しても全くと言っていいほど情報が出てこない。


「……“ダーコン”のことは、ほとんど忘れていたんだけどさ」


 俺は『ダークコンクエスト』のことをアオイに説明した。

 急な話題に、アオイはどんな関係があるのかを頭の中で整理しているような表情になった。


「アオイの初期ステータスの魔法防御7、それがきっかけで思い出したんだ」


「ステータスを見て分かったんですか?」


「他のステータスも見た。そしてら、“ダーコン”のキャラメイクで引き当てる理想の戦術ビルドの初期値だった」


 ダークコンクエストでは、キャラごとにステータスの成長やスキルポイントの獲得量が変わる。それはランダムに決まる初期のステータスで判断することができた。

 アオイの初期ステータスは、最初は雑魚に見えるがスキルポイントが豊富で、戦術を駆使して戦うことに優れていることを示していた。

 ゲーム内では高潜在ビルドができるプレイヤーと呼ばれている。

 レアな初期値で、ゲーム期間中に滅多に見かけたことがない。

 それゆえに、ほとんどのプレイヤーは最適なスキルを取ることも少なく、あまり活躍することが無かったのだけれど。


「イチかバチか賭けてみたんだ。ダンジョン探索を始めたら、取得できるスキルやモンスターの行動も、どういうわけか昔やったゲームと同じだ」


「じゃあ、私のステータスが、ただの偶然だったらどうするつもりだったんですか?」


「無策もいいとこ、頑張るくらいしかなかった。まあ、アオイが元の世界に帰されそうになってるのを、なんとかしたかったからな」


 仕事も全く見つからないまま失業手当も最後、未来に期待できないのであれば、誰かを助ける方が有意義に感じていたのだった。

 そんなことを考えていると、ふと気づいた。

 アオイと俺の距離が、いつの間にかかなり近くなっている。

 戦闘中の緊張で気づかなかったが、先ほど動き回った時の汗がアオイの首筋を覆い、微かにきらりと周囲の光を反射していることに、ふと目がいってしまう。


「セージさん? どうかしましたか?」


「いや、何でもない! 怪我もないようだな!」


 俺は慌てて、部屋を見渡す動きをした。


「あ、はい、何ともありません! あと……」


「あと?」


「セージさんと一緒なら、これからどんな敵でも倒せそうな気がします」


 アオイがにっこりと笑った。笑顔が眩しすぎるとは、このことか。

 俺はアオイをまじまじと見つめ……ないようにした。

 アオイは服装がそうであるだけとはいえ女子高生と全く変わらない。失業中の冴えないおっさんが長時間眺めていいものではないという気がしたからだ。


「そうだな。じゃあ、帰ろうか……」


 ボス部屋の魔法陣が白く輝いているなら、上に乗って転送で帰れるはずだ。

 初心者向けのダンジョンを突破した安心感と、強敵を倒した達成感。

 作戦が上手く決まるというのは、ダークコンクエストをプレイしていた時と同じく、気分がいい。

 危険が伴うとはいえ探索者になる者が多いことに納得しながら、俺はダンジョンを後にした。


 ◇ ◇ ◇


 俺たちはダンジョン最深部から管理局の帰還ルームに転送された。

 受付窓口に報告すると、管理局員とハローワークの職員がいて、幽霊でも見るような目を向けてきた。


「えっ!? なんで帰ってきてるんですか!?」


 何故か局員の声は大きかった。

 変なことを聞いてくるもんだなと思う。


「えっと、ダンジョンの出口に行くと転送されるんだろ?」


 と言うと、ハローワーク職員が、やはり大きな声で割り込んでくる。


「そ、そうか! ボス部屋に行く前に、帰還できる出口を見つけたのか!?」


「いや、あのダンジョンは初心者向きで、中間の帰還エリアなんかありませんよ!」


「じゃあ、脱出アイテムを持って、ピンチになったら帰って来たんですかね」


「購入した記録がないし、あのダンジョンで脱出アイテムを拾うことは無いはずですよ!」


「じゃあいったい、どうやって生きて帰って来たんだ!?」


 俺たちそっちのけで、局員とハローワーク職員が話し続けている。

 報告を済ませたいので、2人に手短に話すことにした。


「最後の部屋でデスナイトが出たから倒してきたんだ。ギリギリだったけどな」


「なっ!? そんなハズは……!」


 局員が窓口のカウンターにガタリと身を乗り出し、一方でハローワーク職員は力が抜けたようにへなへなと椅子に座った。

 俺は証拠のアイテムをカウンターに置いた。『死の鋼』という、ユニークボスを倒したときに入手できるレアアイテムだった。


「こ、このダンジョン、Aランクの探索者に討伐依頼を出していた場所なんですよ……?」


「初心者パーティが立て続けに全滅し、犠牲が大きいから慌てて閉鎖していたんだ」


 局員たちが困惑した表情で説明する。どうやら、俺たちは相当危険な場所に送り込まれていたらしい。

 俺たちは弱いけれど何とか倒してきたので、てっきり他のパーティも苦戦しながら成長しているものだと考えていたのだけれども。


「駆け出しでデスナイトを倒すダンジョン探索者なんて、初めてですよ」


「普通なら、パーティメンバーのレベルが20くらいは必要なんですが……」


 職員は俺たちのレベルを確認する。俺もアオイもレベル6だ。

 アオイも驚いた表情になっている。


「まあ、運が良かっただけだな。あと、チームワークが良かったってことで」


 俺はそう言って、局員たちを落ち着かせた。実際、ある程度は運もあったと思う。

 それに、アオイが俺の話をよく聞いてくれたのも良かった。


「ほ、報酬の計算をしますね。ユニークボス討伐の報奨金と、レアアイテムを見積もると……」


 提示されたのは、俺の元職場の月収程の金額だった。

 アオイとのサブスク契約の金額や、ダンジョン探索者としての登録料を考えればまだプラスにはなっていないが、幸先の良いスタートだ。

 俺は内心で、次のダンジョン探索にすぐ出ないといけないのではないか、と考えていた。

 今月の家賃がピンチだ。それにアオイは管理局の居留部屋から出なくてはならない。

 しかし、お金のことを考えていると察したらしい局員が説明してくる。


「えっと、勇者の住居を保証する制度がありますね。デスナイト討伐依頼を達成する水準の勇者には、この世界で暮らしていただくために、区から住居が貸し出されます」


「マジか、すごいな。活躍するとそんな制度が使えるのか」


「2階建ての家屋なので、パーティメンバーも滞在できますよ」


 アオイの暮らす場所を借りなくちゃならないのかと思っていたので、とても助かる。さらに俺の家賃の心配もなくなりそうだ。

 って、あれ?


「セージさん! 私のためにお金を沢山使ったと思うので、一緒に住んだほうがいいんじゃないですか?」


 あれ……? ちょっとまって、このJKそのもののアオイと一緒に住むのって、いいのか?


「というより、1人で生活するのは不安なので、暮らしてください」


 むしろアオイからお願いされてしまう。

 局員もまた、俺たちを見て言った。


「パーティを組んでいるのですし、ダンジョン探索者としてやっていくのであれば、ブリーフィングなどがしやすい方がいいですね」


 なんか、俺が別々な場所に住むなどと言い続ける方がおかしいような空気になってしまった……。


「セージさん、これからも一緒に冒険、いいですよね」


「あ、ああ……サブスク期間はお金、回収しないとだしな」


 それに、今日のダンジョン探索を乗り越えたとはいえ、アオイはまだステータスも低く、放っておいたり、他の人に任せたりしたら、危ないかもしれない。


「やった! じゃあ、セージさん、これからよろしくお願いします!」


 女の子と暮らしたことなんて当然ないぞ、と俺が密かに戸惑っていることなど知らずに、アオイは嬉しそうだった。

 こうしてダンジョン探索の日々と、JKの姿をした勇者との生活が始まろうとしていた。

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